第33話 第四階層
グリムゲルデたち六人が階段を上がるとマンションの部屋のドアで行き止まった。
六十階の部屋のドアをティルヴィングが先導して開ける。
クロウリーの魔術による空間改変だろうか。内装は先ほどのクロウリーのいた部屋と変わりないが、広さが倍ほどになっている。
その中心部に一人の男が立っている。白いコートに刀を手にした男。
様々な死神と因縁を持つその男は敵対者たちの侵入まで閉じていたその目を開けた。
「第四階層『アディシェス』。守護者レックス」
「ようやく貴様か。貴様が出てきたからにはカグツチはすぐそこということだな」
「俺とお前たち、どちらかが滅びるまで一対一を続ける。生き残った者がいれば次の階層に進むといい」
ティルヴィングとメイジーが一歩前に出る。
「僕が戦おう。これ以上犠牲を出すのは嫌なんだ」
「いいえ! わたしよ! この方には二回も負けているの! 今回こそは勝つわ!」
「違う。アマガセ・カズヤ、俺はお前と決着をつけたい」
レックスは白い刀身の切っ先を一矢に向けてそう告げた。
「俺もそう思ってた。アンタに勝ちたいって」
一矢はメイジーの肩をポンと叩き、さらにその前に出た。震える手で刀を抜く。
「いい刀だ。なんという」
「空亡。アンタのは」
「白鴉」
次の瞬間には二人は刀を打ち合わせていた。二撃、三撃と果敢に攻める一矢の攻撃を軽くいなすレックス。
(このアマガセという男。ここまでやれるやつだったのか)
次々と繰り出される攻撃を受け流しながら、一矢の踏み込みの際のスピードや撃ち込む力を冷静に分析するレックス。
太刀筋は拙いものだが、確かに一矢の身体能力は格段に向上していた。
一矢自身もその事実に気付いている。
それをメイジーの格上相手に強くなる権能を借り受けている状態であると理解し、攻撃を続行する。
一矢が横薙ぎに空亡を振るう。それをジャンプして躱すレックス。
そして自身のいた場所を通過する空亡を宙で踏みつけ彼はさらに跳んだ。突然剣先に体重がかかり体勢を崩す一矢。
そして空中からの蹴りが一矢の頭部に直撃する。
一矢は数歩よろめくが、空亡から手を離した左手がその足首を掴んでいた。
レックスは不安定な体勢ながらも白鴉を一矢に向け振るうが、それよりも速く一矢がレックスを床に叩きつける。
レックスは追撃を回避すべく床をゴロゴロと転がり距離を取る。
一矢はあえて追撃はせず頭部に受けた強烈な一撃によるめまいを軽減させようと頭を叩く。
レックスは跳ね起きると足に霊力を流した。
(ヤバイのが来るぞ!)
一矢はレックスの繰り出す突撃を予備動作から理解できた。
次の瞬間にはレックスの右腕が突き出した白鴉が一矢の耳の付け根を切り裂いていた。
レックスの動きに対して直感的に頭を動かしていなかったら一矢の脳漿は床にぶちまけられていただろう。
対するレックスは一矢の空亡によって右胸を貫かれていた。
すぐに一矢は違和感に気付く。不自然なまでに手応えがない。
その瞬間彼はある事実に気付く。
空亡を引き抜くか、そのまま傷口を広げるか。
一矢の中で一瞬の迷いが生まれた瞬間、レックスの左拳が彼の頭部を思い切り殴り付けた。
吹き飛ばされ調度品の机などを壊しながら壁に叩きつけられる一矢。
空亡はレックスに突き刺さったままだ。二度の頭部への攻撃で一矢の視界は乱れに乱れている。
揺れる視界の中で立ち上がろうとする一矢。
朦朧としながら一矢は先ほど気付いた事実を反芻する。
レックスは以前山道で一矢の赤口に貫かれた傷を治療していなかった。
彼はあえて一矢の空亡に貫かれるように突撃し、一矢の武器を封じた上で渾身の一撃を叩き込んだのだ。
身を起こそうとしても起き上がれない一矢は、這いながらもレックスに立ち向かおうとする。
レックスは空亡を引き抜き放り捨てると、一歩ずつ確実に一矢に向かってくる。
たまらずメイジーが駆けだそうとするが、椿が引き止める。
「それ以上進めば条件放棄とみなし、東京が燃えることになるがいいか?」
「……ならない。ここで、お前が負けるからだ」
一矢はようやく壁を背もたれにするように座り込み、レックスに視線を合わせる。
レックスは言葉を返さない。ただ一矢の目の前で白鴉を振りかぶるだけだ。
一矢はレックスの権能を借りることにだけ集中する。権能を捨てたはずのラグナロクの死神ではあるが、確かに彼からは権能の気配がした。
だが、どうやるかまではわからない。だがそうしなければ一矢は殺される。
ベストは白鴉を奪えること。
次点で白鴉の複製を手に入れられれば即死は免れられる。
彼の強さの仕組みは常に手にしている白鴉にあるものだと一矢は確信していた。
レックスにそれ以外の死神らしい力を使っている気配がなかったからだ。
「……白鴉。借りるぞ」
だが、言い終えるや否や一矢の肩から腹までが勢いよく切り裂かれる。
レックスの権能は白鴉ではなかった。ただ刀として逸品だから霊力強化して使っているだけだ。
彼に与えられた権能は身体強化。
人間の時点で強すぎた彼はヴァルキリーに警戒され、それだけの権能しか与えられなかったのだ。
身体強化の副産物。治癒能力を右胸の傷に集中させ塞ぐ。
一矢を倒すまであえて塞いでいなかった傷。
だがそれを付けた者も倒した。
「次の者。出ろ」
「まだ勝負はついていないようだが」
その椿の台詞からは嘘を感じなかった。咄嗟に振り向こうとするレックス。
その右目に折れた机の足が突き立てられる。霊力強化されたものだ。
「諦めの悪いやつだ」
椿は笑い。メイジーは安堵する。アオイは目を丸くしてその光景を見守る。
一矢が立っている。出血が酷く床を汚すが、確かに立っていた。
「アンタ、こんな権能で今まで戦ってきたのか」
「悪いか」
潰れた右目から血を流しレックスが答える。
「いや、感心してるんだ。アンタほどの人がどうしてラグナロクにいるのか不思議だよ」
意識が途切れる瞬間。レックスが傷を治している様子を見て一矢は全力で霊力を回した。
その時はまだレックスの権能の真実には気付いていなかった。
神頼み。悪あがき。最後の希望。言い方は様々あるがそういった類のものだった。
すると想定より早く傷が治っていったのだ。
内部はぐちゃぐちゃだったが、表面はすぐさまくっついた。
そして動けるようになる瞬間まで治癒に集中した。
その最中に気付いた。
一矢はメイジーの権能を借り受けていたのではなく、レックスの権能で強化されていたのだと。
そしてレックスは身体強化だけで今まで千年級の死神を圧倒していたのだと。
後は治癒から少しだけ、拾った机の足に霊力を回しいつでも奇襲をかけられるようにしていた。
そして椿がきっかけを作ってくれたおかげで右目を奪えた。
「アマガセ。またしてもお前を見くびった。改めて謝罪しよう」
拾った空亡を投げて寄越しながらレックスが謝罪する。本心から出た言葉だった。
「別に謝ることないさ。勝たせてくれればそれでいい」
一矢は受け取った空亡を構えて不敵な笑みを浮かべた。




