第32話 第三階層
タワーマンションのエントランスからエレベーターホールに入り、残った六人がエレベーターに乗る。
六十階建てのマンションの最上階の一つ下、五十九階のボタンが最初から点灯していた。
乗った直後にアオイが何かに気付いた。
「罠だこれ」
「どういうことだ」
グリムゲルデがすかさず反応するもドアは閉じ、エレベーターは上昇を始める。
「このエレベーター、第一階層か第二階層。どっちかの勝負がつかないと開かないかも」
「そうか」
それだけ言うとグリムゲルデが流れるような動きで抜剣し、ドアを斬りつける。
想像したような金属音はしなかった。
「何かに弾かれたような。が、それに何の意味がある」
「わっかんない。でもこれ、いつまで経っても五十九階には着かないよ。輪みたいな空間にエレベーターごと転移させられてずっとそこを昇り続けてるのさ。でもこのエレベーターに仕掛けられた術式の解除方法ならわかる。わかるんだけど……こっちからはできないんだ」
「もったいぶってないで続きを言えよ。ミズ・シュタウフェンベルク」
椿がアオイの古傷をほじくりながら続きを促す。
「解除のトリガーはゲーム参加者の死と一定の時間経過かな。クロウリー氏のCの魔術記号もしっかりと刻まれてる」
「へえ。こんな場所で仲間割れでもさせる気か? 外で勝負がつかなければずっとこの中だな」
椿の今の発言で一矢の脳裏に一つの考えが閃いた。
「これもゲームの一環なんじゃないですか? ゲームの死者の数? 死に方? とにかく第一階層と第二階層勝負のの勝負の結果で何かが変わるような……」
「アマガセくん、鋭いね。キミは。そしてシュタウフェンベルクさん。そう簡単に僕の魔術を見破られては少し自信をなくすというものですよ」
エレベーターのスピーカーから声が聞こえる。若い男の声。
「第三階層『シェリダー』。守護者ジョシュア・クロウリー。僕は第一、第二の連中のように過激な条件を指定する気はないよ」
「君かあ。現代最高の魔術師というのは。まず私のことはアオイ先輩と呼びたまえ。長ったらしいアレは忘れろ」
「ではそうしましょう。僕自身が現代最高などと名乗ったつもりはありませんが。そう呼ぶ人も少なくありません。ただ僕からすればアオイ先輩のような才能の持ち主が世にまだ隠れていたことが驚きですよ」
ジョシュア・クロウリーという男の物言いは物腰柔らかではあったが、隠し切れないプライドの高さがにじみ出ていた。
「それで後輩くん。これは何のゲームなんだい? エレベーターに閉じ込められても面白くないんだけどね」
「焦らないでください。アオイ先輩。皆さんに課す勝利条件は至極単純です。五十九階のフロアを通り抜けて最上階へ行くだけ。ただ一つ、条件として第一階層の戦闘開始から一定時間内に死んだ死神の数だけ難易度を高くします。無論そちら側のね」
グリムゲルデは戦っている死神たちに交信を試みる。ベルリヒンゲンはまだ戦闘中なのか、一方的に考えが流れ込んでくるだけで応答がない。
アルベールとライヒハートは既に反応がない。
オフィツィアとは繋がったが怯え、怒りといった原始的感情だけが流れ込んでくる。
彼女はヴァルキリーの権能を行使し、オフィツィアの魔眼と自身の視界を繋ぐ。
魔眼を起動しているようで視界は紫色に染まっている。抵抗空しく異能者の男のナイフが突き立てられ、それで彼の視覚を通じて得た映像は途切れた。
「こちら側が三人死んだ。ここから出せ」
手駒が死んだというのに彼女の感情が動いた様子はない。
「異能者連中も存外やりますね。三人となると守護者権限で難易度をそれなりに上げさせていただきますよ」
「パンパカパ~ン! 第二階層『エーイーリー』の勝負はヴァルキリー側のまっけー! それでは首領! どこを燃やしますか~?」
二人の会話に割り込むようにスピーカーから大音量でセクレタリーの声がエレベーター内に反響する。
「ふむふむ……なるほど! 東京タワー! それでは東京タワーを丸々巨大なトーチにしてしまいまSHOW!」
(東京を燃やすというのはやっぱり脅しじゃないのか。俺はレックスの獲物だとあの異能者は言っていた。責任重大だぞ、俺!)
一矢はレックスとの決戦を想像し、鳥肌が立つのを感じる。
ただ、東京を守るというという思いより、レックスと決着をつけたいという思いが先立つのは彼が人間という存在から離れつつある証拠なのか。
「うるさいな、セクレタリー。第一階層の勝負は当分続きそうなので三人死亡ということで難易度を調整をして……それでは魔術師迷宮・第三階層『シェリダー』をお楽しみください」
エレベーターのドアが開く。六人がエレベーターを降りる。
「待って」
先導しようとするティルヴィングをアオイが引き止めた。
高級ホテルのような内装の通路が先へと続いている。一体いくら払えばこれだけの建造物に居を構えることができるのか。借金生活の一矢には想像もつかない
「罠だらけだ。ご丁寧にどれもこれもCの魔術記号が刻まれてる」
「制限時間は、残り、五、分、です」
機械音声のようなアナウンスが流れる。
五分以内に罠だらけのこの階層を突破しろという意味なのか。アオイは苦い顔をしている。
「僕なら大抵の魔術には耐えられる。グリムゲルデ、どうする」
「いーや。必要ない」
ティルヴィングの申し出を一蹴するとアオイは振り向いてエレベーターのドアに向き合う。
「君は最初から真っ当に私たちと勝負する気はなかった。そうだね?」
「制限時間は、残り、四、分、です」
彼女はドアに手を当て、目を閉じ何かを念じる。するとエレベーターのドアが爆発し吹き飛んだ。
「これは勘がいいってだけじゃ済まされないな。いつから気付いていたんです?」
ドアの中に広がっているのはエレベーターではなかった。
タワーマンション本来の広々とした居室が広がり、中心部に眼鏡をかけた車椅子の男が佇んでいる。部屋の奥には最上階へと繋がっていると思われる階段があった。
「最初からだよ。ヴァルキリーを閉じ込めるほどの結界を一介の魔術師が簡単に張れるものか。最初から私たちのすぐ近くで監視してたんだろ。一応私も出方を伺ってたんだけど」
「なーんだ。ヴァルキリーにも通じる罠も用意していましたが、期待していた僕が馬鹿みたいですね。でも、忘れていませんか? 僕が悪魔と契約した魔術師だってことを」
次第にクロウリーの足が太くなっていく。履いているスラックスが裂ける。
彼の両脚が人間の足から甲殻類のような刺々しいフォルムに形状が変形していく。
「僕は両脚を悪魔に捧げたんです。おかげで普段は車椅子生活ですがね。けれどこうやって僕の身体を依り代に召喚すれば……死神とだって戦える!」
アオイが張った防壁がクロウリーの鋭い蹴りを防ぐ。
「勝利条件は『五十九階のフロアを通り抜けて最上階へ行くだけ』じゃなかったのかい?」
「僕自身の妨害がないとは言っていない……けどな!」
クロウリーの足から放たれる霊力による汚染がアオイの防壁を浸食していく。
アオイが自ら防壁を破り攻撃へと移ろうとする。
「悪手だな、先輩!」
クロウリーが一気に距離を詰め、アオイの白衣の襟を掴むと強引に引き倒す。
そして悪魔の足で彼女を踏みつけ始めた。
再び防壁を張ろうとする間もなくアオイの肉が、骨が、臓器が裂け、折れ、潰れていく。
「ハハハ! 魔術戦は知識だけじゃない。詰まるところ暴力だよ、アオイ先輩!」
何もない床を踏み鳴らすクロウリーを尻目に最上階への階段に足をかけるヴァルキリー陣営。
「しばらく私の幻影と遊んでいるといいさ」
「なあアオイ。いつからあいつに幻術を仕掛けたんだ?」
「最初からだよ。私の姿を見た瞬間。彼は油断しきっていて認識阻害への備えを怠ってたのさ」
そう言うとアオイは白衣をはためかせ階段を上がっていくのだった。




