第21話 覚醒する二人
一矢は暗い山道の中で自分がどれだけ場違いであるかを自覚していた。
(借金返済のために戦う相手にしてはレベルが違いすぎるぞ……)
彼の中で暴力の象徴であるレッドフード。
その彼女を一方的に打ち破った“英雄”レックス。
そしてヴァルキリー・グリムゲルデと対等に戦っていた道士・娘々。そしてただならぬ気配を纏った異能者の男。
グリムゲルデは娘々攻略にあたり、ひょっこりと帰ってきていたヘンゼルとグレーテルを指名した。
彼らの権能が娘々のような対術師向きだからである。だが彼らは条件として一矢の同行を提示した。
興味を持った対象への悪ふざけ、嫌がらせの類である。
死神がヴァルキリーに取引を持ちかけるなど、よほどの命知らずでないとできない。
が、自分たちの利用価値をチラつかせることでヘンゼルとグレーテルはその条件を通させた。
もっともロスヴァイセ軍に編成されてもおかしくないくらいの新米死神など、グリムゲルデにとっては失っても痛くも痒くもない。
故に一矢はヘンゼルとグレーテルと共に追跡部隊の下へと転移させられたのだ。
一矢がまず対峙したのは、追跡部隊を阻む魔術師ヴィクター・フランケンシュタインの創造物である腐乱死。
兄妹の対術師の権能により腐乱死は顕著に弱体化し、それをカバーすべく戦い抜いた闘牛士風の死神も健闘及ばず、仮面兵たちによって殺された。
その後も追跡部隊に同行し、山林を突っ切りカタストロフィたちより先回りして待ち構えていたのである。
カタストロフィたちの乗っていた車は運転手が代わり、戦いが始まる前に後退していく。
「レッドフード。今度は権能を存分に使っていい。相手が相手だからね」
「そうよ。一度負けてるんだから本気で相手しないと。わたしたちは巻き込まれないようにするから」
レッドフードに言い聞かせるように兄妹が言う。
駐車場での戦いは意図的に力を抑えさせていたということなのかと一矢は推測する。
そうであれば再びレックスに彼女をぶつけるヘンゼルの判断に一矢でも納得がいった。
既に金髪の兄妹は仮面兵を引き連れ、娘々と向かい合っている。対術師の権能を用いて仮面兵にバックアップさせるつもりらしい。
「お前の相手は……俺だ」
マチェーテを構えた異能者の男が一矢に向き直る。
今まで人間を撃ったことがないために一瞬発砲を躊躇ってしまう一矢。
その隙に男は一気に距離を詰め、一矢に斬りかかる。遅れて銃声が響く。
これが開戦の合図となった。
咄嗟に一矢が撃った弾は全て男の山刀に叩き落とされる。
(速い! 近接戦特化の異能者か……!?)
咄嗟に一矢は拳銃を片手に持ち替え、空いた手でサバイバルナイフを構えた。
以前戦った異能者とは全く違う質の高さを感じ取る。
付近でレックスとレッドフードの切り結ぶ音が聞こえてくる。
一矢よりやや前方で娘々とヘンゼル、グレーテルが何かを言い合っている。
男の二撃目が迫る。
一矢はナイフでそれを受け止め、容赦なく頭部目がけて発砲する。
(やらなきゃやられる……! 悪いが手加減はできないぞ!)
男は咄嗟に膝を折り体勢を崩して銃弾を回避する。発砲を確認してからの動作だった。
そのまま後ろに倒れ込むと思いきや、男は跳ねるように起き上がり次の斬撃を繰り出す。
なんとか受け止め弾き返す一矢。
「とても人間とは思えないな!」
「お前こそとても死神とは思えないくらい、弱い」
「そうかよ!」
一矢は椿に叩き込まれた戦闘術のうちの一つ、霊力強化をナイフに施す。
文字通り自らの霊力を武器に流し込み強化する技だ。
通常の死神であれば武器を手にしているだけである程度の強化はされるものだが、椿や一矢のような非力な死神は戦況に応じて出力を増加させる必要があった。
鋭く踏み込み、男にナイフを突き出す一矢。
男はその攻撃に何かを感じ取ったのか山刀では受けずに、警官から奪った閃光弾を炸裂させる。
末端とはいえ一矢は死神である。視覚や聴覚に訴える攻撃は通常兵器では効果はない。だが人間のときの癖で思わず咄嗟に距離を取ってしまう。
一矢は飛びのくと同時に次々と発砲する。
けれどそのいずれも避けられるか、叩き落とされるかで敵に銃弾が当たることはない。
すぐ横ではレッドフードが鬼気迫る表情で大バサミを振り回しているが、レックスがやや優勢のようだ。
“番狂わせ”という二つ名の由来でもある「相手が格上であるほど強くなる」という彼女の権能をもってしても手に負えない相手ということか。
「アマガセ、今だ!」
ヘンゼルの合図が前方から聞こえる。
一矢は拳銃を放り捨て、懐から取り出した手榴弾のピンを抜き、衝撃に備える。相対していた男も距離を取った。
それは原初の炎“プロメテウスの火”を再現した聖火の込められた爆弾。
そしてその炎は霊力の高い死神を優先的に襲うように調整されている。
すなわち娘々、レックス、レッドフードの三人を。
次の瞬間、それまで姿を消していた椿が赤口を手にレックス目掛け背後から飛び掛かる。
が、渾身の一撃はコートを翻し炎を振り払ったレックスに難なく一蹴された。それまで彼を何とか抑え込んでいたレッドフードは聖火に苛まれている。
「ヘンゼル! 話が違うぞ!」
作戦立案のヘンゼルの話では聖火はレックスへの有効打となり、レッドフードには炎から身を守る術があるはずだった。
ただ娘々にとっては強力な一撃となったのは確かなようで、ヘンゼルとグレーテルはちらりと一矢を見て笑みを浮かべた。
そこで一矢は気付いた。
ヘンゼルとグレーテルはレックスに勝つつもりがない、いや最初から勝つことを諦めていたということを。
仲間を使い潰して娘々が倒せればグリムゲルデに言い訳がつくという算段だった。
レックスに蹴り飛ばされ木に激突し、起きあがろうとする椿とそこへ悠然と歩み寄るレックス。
「椿さん!」
よそ見をしている一矢に闇に煌めく一撃が迫る。それを無我夢中で振り払う一矢。
山刀が折れ、その勢いで異能者の男の胸が切り裂かれうめき声を上げる。
一矢の持つナイフは刀身が伸び、赤黒いオーラに覆われていた。そう、かつてスペクトルに突き立てた赤口のように。
一矢は自分に何が起こっているかなど理解していなかった。ただ椿を守るという一心でレックスへと飛び掛かる。
レックスは油断していたわけではない。
一矢の戦力を冷静に分析し、異能者であるリーダーでも十分戦える相手だと考えていたのだ。
そもそも権能に目覚めていない未知数の死神の潜在力を戦力として正確に判断するなど土台無理な話だった。
一矢の手にした赤口が、振り返ろうとするレックスの背に深々と突き刺さる。純白のコートが赤く染まる。
その日、一矢は死神として覚醒した。




