⑥ 裁きは保留
「正直に言うとね…。」
雪村の中の4次元人が黙り込んでいるので、雪子が話を続ける。
「私、始めから分かってたのよ。初対面の雪村は大学2年生だった。つまり、幼少期からの数々の危機を、私の助けを借りずに自分で乗り越えて、そこまで成長できていたってわけ。」
『…。』
「それなのに私は、過去の彼の危機に何度も立ち合い、助けずには居られなかった。だってそうでしょう?もし、階段の上から赤ちゃんが落ちてきたら、誰だって受け止めるじゃない?」
『…。』
「最初から違和感を感じていたからこそ、用心のために、私はこの❝昭和❞に前哨基地としての二つ目の研究所を建てたの。」
『…。』
「何度過去をいじっても、リセットされているこの研究所と雪村。ここはアナタたちの作った、言わば❝箱庭❞なのね?」
そこまで雪子が話すと、久しぶりに雪村の中の4次元人が口を開いた。
『放っておくと、キミは無限に時間軸の枝葉を増やしてしまう。特にこの❝昭和❞はキミの❝照和❞と紐づけされ過ぎた。このままだと時空のバランスが崩れてしまう。我々はそれを危険視した。』
「だからこの❝閉じた昭和❞を作って、私をここより先に進めないつもりなのね?」
『それについては、我々の方で協議をした。結論的には、一度キミを解放してみることになった。キミが今後の活動を自重するなら、それでいい。』
「私もこれ以上、雪村の人生にちょっかい出す気は無いわ。まあ、たまには顔ぐらい見に来るかもだけど。何しろ広い時空にたった一人の弟ですものね。」
『了解した。しかしもしもう一度、高次の存在に見咎められるようなキミの行動を、我々がキャッチした場合は…。』
「…2次元空間の牢獄行きかしら?そこも脱出してみせるけど。」
そう言うと雪子は不敵に笑った。
「ああ、それから…。」
雪子は付け加えた。
「監視したければいつでもどうぞ。そのために研究所の隣に監察局を作ったの。好きな時にフラッと来て、職員の誰にでも憑依するといいわ。」
目の前の雪村の中の気配が消えた。
すると、雪村はその場に崩れ落ちた。
「あれっ?僕はここで…何を?」
四つん這いになったまま呟く彼の傍らに寄り添い、雪子が声を掛けた。
「おかえり、私の雪村。」
「あっ、雪子さん、お久しぶりです。高一の春休み以来ですか?いや、その後、大学でも会ったっけ?あれっ?」
どうやら❝色々な昭和❞が統合されたようだ。
研究所も無事に残されている。
さすがは4次元人の仕業だ。
私にはこんな芸当はできないな、と雪子は思った。




