⑯ 効果と副作用
突然、目の前が暗くなった。
何だか足元もおぼつかない。瓦礫の上のようだ。
あれっ、私、座敷で正座していたはずなのに?
京子は疑問に思いつつも、慎重に足を一歩ずつ進める。
いつの間にか夜になってしまったのか。
場所も祖母宅ではないようだ。
目の前に建築資材が積んであるのが見える。
何かの解体現場らしい。
私はここに来たことがある。
京子は思い出した。
ここは光陽高校の旧校舎だ。
今から自分の左右両側に白い雪子と黒い雪子が現れる。
来た!二人で言い争いを始めた。
私が止めなくっちゃ。
京子は強力な冷気を出しつつ、今すぐ争いをやめるよう二人に警告する。
彼女はややハッタリめいた言葉を使ったが、二人は信じたようだった。
やがて二人の雪子は、融合して一人に戻り、やけに素直に去って行った。
それはまるで、何もかもお見通しであるかのようだった。
京子は思い出して、またイラっとしてしまった。
その後、近くに隠れていた雪村を見つけて、彼の手を取る。
彼と一緒に喋りながら、朝日が昇る中を、楽しく地下鉄荒羽田駅まで歩く。
そこまで見たところで、目の前が明るくなった。
京子は相変わらず、祖母宅の座敷に居た。
目の前にはサン・ジェルマンがニコニコ笑って座っている。
「しばらく眠っていましたね。何か変化はありましたか?」
「…いや、夢を見ていたようです。それも過去の印象深い場面の…。」
「それは夢では無くて、実際に貴女の精神が飛んで行ったのです。」
「それは一体どういう…。」
「貴女は先ほど、私の血の付いたナイフで切った、人魚の肉を食べたのです。ですからそういう効果が期待できます。」
「…私を実験台にしたの?」
「そういうわけでは…でもいずれ私のパートーナーになるお方になら、必要な能力かなと。それに先ほどうかがった、貴女のライバルと相対する時にも、有効なチカラですよね?」
まったく、食えない男だ。
京子はあきれた。
でもこれで、不老不死の身体と、自分の時間軸内を観測する能力は得たことになる。それでも恐らく、あの真田雪子の足元にも及ばないだろうが…。
「今日のところは、これで帰ります。一週間後、名護屋テレビ塔の下で会いましょう。時刻はそう…午前10時でいかがですか?」
「…いいですよ。」
「ではそれで。ぜひ私のパートナーに。良いお返事を期待してますよ。」
祖母とともに門まで送ると、時間指定でハイヤーが既に呼んであり、彼はそれに乗って帰って行った。
全ては彼の計画通りというわけか。
そして彼は例の箱を置いて行った。
それにはこんな手紙がついていた。
村田京子様
初対面での数々の無礼を、どうかお許しください。
さてこの箱は、貴女の御先祖から120年ほど前に預かった物です。
元々私の目的が達成されたら返却するつもりでした。
その目的とは、私自身と私のパートナーの不老不死化。
京子さん以外に食べさせる気は無いので、目的達成です。
これを今後どうするかは、貴女にお任せします。
くれぐれも、容量用法に気をつけご使用くださいね。
あなたのベストパートナー
サン・ジェルマン伯爵
追伸 テレビ塔での再会を楽しみにしております。
…日本語をしゃべるだけではなく、書くのも堪能だったというわけか。
さすがは人生100周目の男だわ。
私の人生のパートーナーにふさわしいのかもね。
京子はそう思った。




