⑩ 謎のお見合い相手
雪子が無事に雪村に再会して、所長代理の引継ぎを済ませ、自分の時間軸の「照和」に帰ったころ、村田京子にも人生の正念場が訪れようとしていた。
昭和63年4月10日の日曜日。
午前9時ごろ、今日も黄色いワンピースを着た京子は、京都駅前でタクシーに乗り込んだ。
目的地は祖母宅だ。
子どものころ迎えに来てくれた、お抱え運転手の小室さんは、高齢のため引退したらしい。まあ、タクシーを使った方が気楽でいいのだが…。
程なくしてクルマは、下鴨神社近くの祖母宅前に到着した。
「藤原」の表札も重々しい、いつもながら厳めしい門構えのお屋敷だ。
祖母のひととなりを知らなければ、誰もが入るのを躊躇うだろう。
呼び鈴を鳴らすと、使用人の坂本さんが門を開けてくれた。
「ようこそお越しくださいました、お嬢様。」
彼女はまだまだ元気のようで何よりだ。
京子が玄関までたどり着くと、例によって一枚板に彫られた龍の置物を背にして、祖母の藤原聖子が正座して待ち構えていた。
今日も濃緑色の留め袖が良く似合っている。
いつもの毅然とした表情だが、さすがに年齢を重ねた感は否めない。
「もう、お客様が来てお待ちですよ。」
祖母が口を開く。
気の早いことだ。約束は確か11時だったはず。
京子はそう思ったが黙っていた。例え細かいツッコミをしたくなっても、祖母には逆らわないことにしている。
祖母には、今までにとても世話になった。
折に触れ、父母に言えないようなことにも、良く相談に乗ってもらった。
そして何より、子どものころに最も悩んでいた、「チカラ」の使い方について、手取り足取り教えてくれた。
だから京子は、祖母からの頼みとあらば、断れないのだ。
それに今回のことは、祖母なりに京子のことを思いやってのことだと、分かっているのである。
「いつまでも同じ男性に執着するのは、もうやめなさい。オトコなんてこの世に何十億人と居るのです。まずは試しに、私が見つけてきた人物に会ってみなさい。」
祖母は京子にそんな風に誘ってくれた。
先日、こっぴどく雪村にフラれた後、正直、かなり凹んでいたので、京子は話に乗ってみてもいいかなと、最近やっと思えたのだった。
祖母直々の案内で奥の間の座敷に通されると、そこには床の間を背にして、グレーのタータンチェックのスリーピーススーツを着た男性が座っていた。
彼は静かに玉露を飲んでいた。
襖を開けて祖母と京子が部屋に入ると、彼はすぐにその場に立ち上がり、ペコリとお辞儀をして挨拶をした。
「ハジメマシテ。私はサン・ジェルマンといいます。今日はヨロシクお願いします。」
ええっ!?京子は心底驚いた。
祖母の紹介だから、てっきり京都の老舗企業の、社長の息子か何かだと勝手に想像していた。
それは碧眼、銀髪の、どこからどう見ても、白人男性だったのだ。




