① 魔女の誕生
真田雪子の「不老不死編」の始まりです。
「照和57年」2月11日。
真田雪子は17歳の誕生日を迎えてしまった。
これまでずっと迷ってきたことがある彼女にとって、ついに決断の日である。
以前の超時空ジャンプで出会った、「正和」の雪子のパートナー、サン・ジェルマン。彼から学んだ不老不死になる手段を、自分に施すかどうか決めるのだ。
どうせやるなら永遠の17歳でいたいのだ。
みんなだってきっとそうでしょ?って誰に訊いてるんだアタシは。
そんな感じでいささか混乱しつつ、考える雪子である。
彼女はただでさえ、天才物理学者で、念動力の持ち主で、時の旅人なのである。その時点でもういいかげんチートな存在なのだ。
これ以上「人としてのスペック」を上げてどうする、とも思った。
しかし今後も心身ともに元気に時空探索をするなら、今の肉体年齢は維持しておきたい。え~い、やっちゃうか。
さんざん迷ったあげく、最後はいつもこんな感じだな。そう自分でも思う雪子であった。
ここは「昭和」の時間軸の、彼女の私設研究所の地下2階。
緊急時以外は誰も入って来られない、プライベートフロアだ。
最も信頼している、副所長の杉浦鷹志だけは別だが。
彼女は白いバスローブを着て青いソファーに腰かけていた。
目の前のテーブルには、もうそのための準備ができていた。
用意されたそれは、ワクチンのようなものだった。
その特殊なワクチンの成分データは、サン・ジェルマンから聞いて解っていたが、実際に生成するためには、杉浦鷹志の知識と技能が必須だった。
白状すると、これも彼を研究所に引き入れた動機の一つではある。
「…さて。」
グズグズしてても仕方がない。
サクッと注射しますか。
雪子は決断した。
まず、左の二の腕にチューブを巻き、静脈がよく見えるようにする。
そして、右手で注射器を持つ。
彼女は、まるでカブトガニの血液のような、ブルーの液体が入ったアンプルを左手に取ると、そのままガラスの首を折る。
注射器を使って薬剤を吸い上げると、針先から一滴出して確かめる。
「さあ、やるわよ。」
さすがの彼女もそうやって口に出さないと、決意が揺らぎそうだった。
針を左腕の静脈に確実に刺す。そしてゆっくりとワクチンを注入した。
やがて目まいが始まった。
部屋の天井がグルグル回っている。
そう言えば、このワクチンの成分って何だっけ?確かミトコンドリアの…環状DNAを分析して作った…テロメーゼ遺伝子を…増殖する効果のあるものだって…鷹志君が言ってたなあ…。
今さらのようにそんなことを思い出しながら、ソファーの上で気を失ってしまう雪子であった。