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素敵なおじさま

作者: 国産うな重

 自称「素敵なおじさま」は、ここのところ、サマータイム制を導入していた。今年の夏(2025年)は特に暑く、英断というよりは、なし崩し的、だった。新制度導入の関係で、朝はお昼すぎに目をさます。ときに、午後2時すぎということもあったりする。

 「素敵なおじさま」は、ベットから下りる前に、ずいぶんと横になりつつ、スマホで時事ネタ動画をチェックして、かなり時間を経ている。階下へ下りて、お茶を飲み、コンビニの冷し中華を食べると、居間に置いてある別のベットで昼寝。1時間ほどで起きると、テーブルで読書。英和辞典を虫メガネで読んでは、戸越銀座商店街の百均で3本110円で買った中国製の、途中でインクの出がなぜだか止まる黒ボールペンを使って、大学ノートに一語一語書き写す。まるで写経だ。

 本人としては、昼の日中からパソコンで「素人 身バレ 無料エロ動画」を観るよりいいだろう、くらいの感覚である。もちろん、勉強しているのだから、との気持ちも免罪符に使っていた。

 これが毎日の話である。幸い、といったほうがいいのだろう。我らが「素敵なおじさま」はあくせくと食い扶持だけを稼ぐ必要がなかった。お天道様と米の飯がついてくる運命だったのである。つまり、1年365日、一日たりともお金のために働く必要がなかった。カッコよく言えば「Fire」といえなくもない。

 しかし、ほんとのところでは、「Fire」という現象がメジャーになる前の、1990年の後半、年齢でいえば、30手前の段階で、新卒で入った印刷会社からお払い箱になったのだ。わずか6年足らずの間に、社内で3か所も部署をたらい回しにされて。キャリア官僚じゃないんだから・・・

 すでに50半ばすぎだから、「Fire」などとうそぶいていられるが、実際のところ、30手前で、「Fired」だったのだ。”You are fired!"

 そろそろ、午後の情報番組が始まる。ひいきのアナウンサーがMCをつとめていた。ただ残念なのは、指輪をしていないから独身だとばかり思っていたのが、あにはからんや、こぶつきだったことがわかったことだった。

 テレビに背を向け、辞書も読む、テレビも聴く。これだと落ち着かない。結局、一度テレビを消す。が、集中できず、またつける。中継をやっている。海沿いの町でミッションをクリアーする企画らしい。最近、このテレビ局も、ずいぶんと軟化してきた。なにも内容をおちゃらけなくてもいいのに、中身はかたいままでも、迎合主義じゃなくてもいいのに。そう、気の毒になるのだが、まあ、自業自得なんだろう。

 これまで、このテレビ局は、身持ちの堅さが売りだったのだが、ある時を境にスキャンダルが噴出し始めて、また、それが止まらなくなってしまった。不倫、W不倫、ホステス同伴旅行、青かん、NTR,会議室内不純異性交遊などなど。とにかく、下半身にまつわる問題が次から次へと週刊誌はじめ、ネットを賑わわせ、さすがのコアなファンたちも、いいかげん愛想を尽かしてしまった。

(あの局もいいけど、年中つるんでるからなあ)

 いつの間にか、ちまたでは、そんな陰口が叩かれるようになった。

 自称「素敵なおじさま」は相変わらず、辞書とにらめっこしている。なんとなく開いた「J]のページを読んでみた。

 jaundice 名詞 黄疸

 黄疸? なんだっけ? 歩行者横断? そんなわけないか。湯水のごとく湧いてくる、一銭にもならないだじゃれに自ら向き合いつつ、黄疸ってなんだっけと思いめぐらす。しかし答えは出ない。体のことは何一つ知らないまま大人になった「素敵なおじさん」。出ないまま、次へ。

 jaundiced 形容詞 1.ひがんだ、偏見を持った 2.黄疸にかかった

 人間、ひがみもあるよな・・そう、おのれに当てはめてみる。テレビ局の人たちなんて、おつむよくて、家柄よくて、顔もよくて、アレも・・ コンプレックスのかたまりであった自称「素敵なおじさま」の手にかかると、次から次へと、いくらでも不平不満が出てくるのだ。

 jaunt 名詞 外出、小旅行

 見たことないなあ、こんな単語。

 jauntily 副詞 さっそうと

 小旅行だから、さっそうと、か。まあ、それもいいだろう。こせこせ、貧乏旅行じゃつまんないもんね。

 jaunty 名詞 快活

 javelin 名詞 やり

 これって、ウクライナの兵器じゃなかったっけ?

 辞書はつくづく、貧乏人のひまつぶしにはもってこいかもしれない。ひとり、テーブルに向かって、ひとりで突っ込んでいれば解決するのだから。

 30分くらいやっているとすぐに疲れてくる「素敵なおじさま」。元祖・素敵なおじ様だった亡き俳優の児玉清は本好きで有名で、ブックレビュー番組の司会も好評だった。インテリの気品が顔から体からあふれ出ていて、英語の小説も原書で読むというから驚きだった。少しでも近づきたい、というわけでもないのだが、おじさまは、頑張って、今日も辞書を読んでいる。

 週末がやってきた。9月だというのに、相変わらず暑い。ただ、あまりの暑さに、雷様もいいかげん、うんざりしているのだろう。外では雷がゴロゴロ鳴り出したのだ。

(冷房代もバカにならないじゃないか)

 きっと、そう考えたに違いない。一年中、黄色と黒の縞のパンツ一枚で生活していても、この暑さで冷房なしではかなわないということか。

 素敵なおじさまは、週の初めに野暮用で外出してからというもの、新聞を取りに出る以外、週末まで一度も外出しなかった。ほぼひきこもりの仙人暮らし。雷様と同じく、洗いざらしのグンゼの白ブリーフ一枚で生活している。こちらは、かつての平成の御三家の一人、吉田栄作を気取って、あらいざらしの白を纏っているのかもしれない。衣装代が一切かからないという点では、非常に合理的と言える。

 いきなり、電話が鳴った。びくっとした素敵なおじさま。雷とセッションでもするつもりなのか。どうせ、インチキな振り込め詐欺か、不動産営業に違いない。電話機のディスプレイをたしかめると、なるほど、見たことのない番号だ。

「ただいま、留守にしております。ご用件のある方は・・」

 女性のナレーションの途中で、案の定、ボツっ、と切れた。

 時計の針は、すでに午後3時を指しているではないか。あっ、いつもの、情報番組が始まる。人妻に会わなくちゃ。

 よこしまな妄想でおつむが占拠されている素敵なおじさまは、性懲りもなく、リモコンのボタンを押したのだ。

(了) 

 



 





 

 

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