7、夢の彼方へ
「そうなんだ、ずっとここで暮らしてるんだね。
不思議な気持ち……初めて会うのに懐かしい心地がする。
私の事を、歓迎してくれてるみたい」
まるで会いたかった人にやっと会えたような、歓喜に満ちた声が響く。
こんな不気味な環境下で明るく声を発すること自体、俄かに信じ難い状況。
一体、喜びを表現する麻由には何が視えているのだろうか?
このトンネルに潜む霊が麻由の身体の周囲に集まっているのだろうか?
表情は視えず、黒のスカートを履いた長い髪をした麻由の背中だけが視界に映る僕にはまるで分からない。
だけど、麻由にしか視えない何かがこの場にいる事だけは何となく気配で分かった。
「ダメだ! 麻由、引き返してっ!」
トンネルは異界への門として語られる逸話は数多くある。
僕は麻由が意識を乗っ取られつつあり、何処かに連れ去られてしまうような嫌な予感を覚え、必死に声を張り上げていた。
「信じたくないが……足が震えて動かん……麻由、こっちを向いてくれ!」
苦しげな表情で必死に麻由に訴えかける吾郎。
そして、気付けば麻由は手の届かない遠くで何かを見つめていた。
「光が溢れて、綺麗だね。まるで夢を見ているみたい。
弘人君、吾郎君、ここまで連れてきてくれてありがとう。
私、やっと見つけたよ。とっても綺麗な景色を……」
トンネル内で反響する麻由の言葉の後に、激しい頭痛が襲い掛かり、空間が歪曲するようにグニャグニャと視界が揺れた。
この現実として見える視界を維持しようと、自我を保とうとすればするほど強い抵抗を浴びる。殆ど霊感がない僕にも一瞬、光が点滅するのが見えた。
異常な状況化で、時間の感覚がないまま、不審な挙動を取り続ける麻由の姿だけが辛うじて視界に映る。吾郎も何かに耐えているばかりで麻由を止めることが出来ない。
やがて、アトラクションが終わったかのように身体が自由になると、麻由は糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。
現実感のないまま吾郎と同時に駆け寄り、冷たい地面の上で倒れる麻由の身体を起こすが、元々、白い肌をした麻由の身体はさらに白さを増し、血の気が引いた姿のまま目覚める様子がなかった。
ここに留まる続けるのは危険だ。
そう吾郎に訴えかけようとすると、考えていたことが同じだったのだろう。
見つめ合った瞬間、吾郎は頷き、麻由の身体を楽々背中に背負って「引き返そう」と疲れた声で言い放った。
トンネルを出てすぐ大きく息を吸って酸素を補給する。
やっと自分が現実の世界に生きていることを実感した。
車に麻由を乗せ、容体を診てもらったが気絶しているのか意識のないままだった。
麻由がトンネルの中で一体何を視て、何と出会ったのか。
僕にも吾郎にも分からなかった。
ただ、強い霊感を持つ麻由は心霊体験によって意識を奪われ、昏睡状態に陥っている。それが現状であり、否定できない恐ろしい現実だった。
大量の落書きがトンネルを通過するものを出迎えるこのトンネルの気味の悪さは異常だが、それだけではない古くから住み着いている何かの気配がこのトンネルにはある。
麻由の願いを叶えることが出来たものの、ここまで麻由を連れてきてしまった後悔を抱えながら、帰路へと向かう僕達。
夏が終わり、ようやく平穏が戻り始める中、麻由は夢の彼方へ旅立ってしまった。彼女の脆い精神はそこで永遠の迷路に導かれ、肉体から切り離されてしまったのだ。




