6、闇を這う者達
「脇道だからほとんどこの道を通る車はいないと思うが、通行止めになってる道路じゃない。利用している地元の人は今でもいるかもしれん。
突然向こうから車がやって来るかもしれないからな。俺が先頭を歩くぞ」
自分から入って行こうとする麻由の前に立ち、頼りになる風貌で先にトンネルに入って行く吾郎。
トンネル内は想像以上に横幅が狭く、ギリギリ二台が通れるかどうかという道幅しかない。トンネルの奥から自動車が来ようものなら心臓が飛び出そうな程、驚かされることだろう。
「吾郎君、やる気満々だね」と笑って言う麻由。とても笑い返す事なんて出来ない状況だけど、僕から見ると柄にもなく吾郎が緊張しているのは丸分かりだった。
「何か変わったことはない?」
僕が確かめるように聞くと「ずっと誰かが呼んでる声が聞こえる」と麻由は返事を返した
ゾッとするような恐怖が身体を駆け巡るが、僕は必死に耐えてどんな声なのかさらに聞いた。
「ラーラ、ラーラって何度も歌ってる、若い女の人の声。
それに蒼い炎もユラユラと揺れて、私をこっちだよって導いてくれてるの」
奇怪千万、そんな言葉が不意に頭の中を横切った。
既に霊障が麻由を襲っているのかもしれない。
不可視の存在を認識していると感じる麻由の言葉から僕はそう感じた。
「吾郎が先で待ってるからこれから入るけど、些細な変化でも教えてね」
胸が苦しくなるほど心配になって来た僕は麻由に念押しした。
山全体から漂う何か妙な気味の悪さのようなものがトンネルからはより強く漂ってくる。
僕は恐怖に負けないよう、気を強く持って麻由と入って行った。
トンネルに入ると肌寒いようなピリピリとした感覚が伝わって来る。
湿気が強く、空気が薄く感じるトンネル内は、それだけでも居心地の悪さを感じるが、それ以上に異常なのは無数の落書きが壁一面に描かれている事だった。
「酷い落書きだね……」
「心霊スポットって言われてるくらいだからな……肝試しに来て悪戯半分で残していったんだろう……」
「地元住民からしたら、凄い迷惑な話だね……」
「観光客向けのガイドブックにも載ってるくらい、自然豊かな土地だからなぁ……地元の人からすれば、こんな不気味な場所があると、知られたくはないだろう」
「最もだね……観光に来たわけじゃない僕らが言えたことじゃないけど」
賑わっていると言えるほどではないが、近くには温泉があり、ハイキングコースが存在する。
ここにあるのは、裏の顔と言えるのかもしれない。
ほとんど人の姿を見掛けることのない山奥にも関わらず、ここには多くの人がやってきた痕跡が壁画となって残されている。
しかし、これは壁画と呼ぶにはあまりにも下劣で芸術性もなければ統一感もない、グラフィティアートとも呼べない見るに堪えない落書きだ。地元の人からすれば迷惑極まりないだろうことが容易に想像できる。
多くの落書きはスプレーで描かれているため、簡単に消せるような状態ではない。放置されてしまっているのも仕方ないと受け入れる他ないのだろう。
奥へと進んで行くと途中からカーブになっていて、出口も入口も見えない恐怖が襲いかかって来る。
段々と逃げ場のない洞窟に閉じ込められたような錯覚を覚えた。
手を繋いでいる麻由はじっと前の方を見ていて足を止める様子はない。
落ち着きなく僕が視線を壁に向けると、赤い絵の具で描かれた大きな目玉がじっとこちらを観察しているように感じた。
見る者を不快にさせる落書きに耐えながら、照明は付いているものの、懐中電灯を持って歩く吾郎の背中を追っていく。
薄暗いトンネルの中は妙に音が反響するため、つい敏感になって音に反応してしまう。本当に風が通り抜ける音に混じって女の声が聞えて来るようだ。
早くこの時間が終わってくれたらいいのに……そんなことを思いながら奥へと進んで行く。
「麻由?」
不意に麻由が僕の手を離した。
胸の鼓動がトクンと高鳴り、危険な予感を覚えてしまう。
咄嗟に「危ないよ」と声を掛けるが麻由からの返事はなく、手を離して歩き出してしまっていた。
僕の声が聞えないのだろうか。不思議に思い何とか制止させようと懸命に伸ばした腕は届くことなく、僕の両足は何者かに摑まれたように硬直して動かなくなった。
「吾郎……ダメだ! 足が動かない……」
両足に力を入れ、振り払うようにしても抵抗できない。
信じられない事に今、僕は金縛りに遭っている……。
麻由が離れて行ってしまう心細さと恐怖で嫌な汗が流れ出して来る。
頼れるのは吾郎しかいない。そう思って正面を向いて目を凝らすと、麻由は振り返る吾郎の存在を気にすることなく通り過ぎて行くのが見えた。
「くっ……俺も同じだ、両足を縛られてるみたいな感覚だ、全然動かねぇ。
麻由、行くんじゃねぇ!! 戻ってこい!!」
情けない声を上げた後に、吾郎は必死に麻由を引き留めようと大声を上げた。
だが、トンネルに響き渡るほどの吾郎の叫びも麻由には届かず、憑りつかれたように先へと進み、何かを見つけたのか唐突に足を止めた。




