5、心霊隧道
週末、快く道案内を引き受けてくれた吾郎の兄が運転するワゴン車に乗り込み、山奥にあるという隧道を目指す。
運送会社に勤め、大型トラック運転手を普段している吾郎の兄は吾郎と対称的に陽気な性格の男性だ。
麻由の母親とは学生時代に付き合っていた過去があり、今でも交流があって何かと頼りにされている。色んな方面の武勇伝を聞かされてきた事もあって僕としては心配でならないけど、人付き合いが上手で運転技術に優れている事に関しては信頼している。
目的地であるトンネルの前で止めてくれる約束で、中に入って行くのは僕ら三人だけという事になっている。
ただ一人の成人男性として責任を負ってくれて、水先案内人を引き受けてくれた事に感謝をして、僕は麻由を絶対に守らなければならないと誓った。
麻由の母親を心配させないよう、家に帰す役目を全うする覚悟を持って到着の時を待つ。
窓から外の景色を眺めるケンタの横で、僕はひっそりと握り拳を作っていた。
目的地に向かって真っすぐ走るワゴン車は泉佐野市に入り、府道62号線を通ってカーブが多い山道をひたすら走っていく。
紅葉が見頃になった山々の自然の景観は美しく目を見張るものがあるが、僕にとっては樹海へと向かって吸い込まれていくような心地だった。
近くに四つ星ホテルがある七鵬温泉へ向かう途中にある、細い山道を進むとロクに舗装されていない砂利道が続き、アップダウンを繰り返して車がガタガタと音を立てて揺れた。
「わっ!!」と驚いた様子の麻由が不安定に身体を揺らし僕の膝に倒れ込んだ。
反射的に僕は麻由の身体にもたれかかるように身を挺して守った。
「大丈夫か?」と口にして一旦、車を停車した吾郎の兄が後部座席にいる僕達を覗き込む。
どうにか顔を上げた麻由は「すっごい揺れたね」と驚いた様子で言い。僕は無事であることを確かめて安堵した。
怖がるところなのに、まるで気にする様子のない麻由に僕が「平気みたいです」と苦笑いで告げると吾郎の兄はニヤリと口元を歪ませ、再度ハンドル握って走行を再開した。
「少し前に土砂崩れでもあったのかもな。ちと不安定な道が続くから気を付けろよ」
まるで動揺していない慣れた様子で吾郎の兄は言って、安定したドライブテクニックで連続してカーブが続く山道を徐行しながら進んで行った。
そうしてついに到着した怪談好きの間で有名な心霊スポット、七鵬山トンネル。
到着した途端、不気味な気配を感じ取ったが、麻由がいる前で脅かすような言動は控えた。
「昔からあるトンネルみたいだが、こりゃ……随分、雰囲気があるな。
携帯電話も電波が入んねぇみたいだし。
二人とも、俺はここで待ってるから麻由ちゃんを守ってやれよ。
満足したら、近くの温泉でも寄って家に帰ろうぜ」
この先は三人で気を付けて進むよう、言い放つ吾郎の兄。
ついでにこの辺りの幽霊も退治して欲しいくらいだけど、陰陽師でもなければ無理だろう。
もうここまで来た以上、引き返すことは出来ない。
「ここは自然が豊かですから、温泉は魅力的ですね。
責任を持って、行ってきます」
「頼むぜ、吾郎は女心が分かんねぇ奴だからな。
弘人が守ってやんな」
吾郎の兄と言葉を交わし、余計な雑念を振り払う。
トンネルに入ってしまったら、大声を出しても外には届かないだろう。
自分が守る立場にいることを僕は自覚した。
車から降りる前に僕は夢で見た光景に間違いないか聞いて確かめた。
麻由はたぶんとだけ答えて、引き寄せられるようにじっとトンネルの方を見つめていた。
もう既に何か視えない存在が麻由には見えているのだろうか。
麻由ほど強い霊感のない僕には分からなかった。
一体、この先何が待っているのだろう。そんな不安ばかりが募って来る。
僕達は三人でワゴン車が降り、慎重に森の中に潜む、薄暗い雰囲気を纏ったトンネルまで足を動かした。
夢で見たというトンネルの場所を特定するため、インターネットを駆使して探した日。僕は二人が帰った後、心配になって2chまで調べてどんな場所なのか詳細を探ってみた。それで心霊スポットとして様々な噂や目撃情報が飛び交っているのがよく分かった。
後ろから追いかけて来る老婆の霊やバックミラーに映る白装束の女性。
録音した音声に紛れ込む女性の声や突然、撮影機材の電源が落ちて付かなくなる現象まで、真実は定かではないが数々の恐怖体験が寄せられていた。
真実かどうかも分からない情報を調べる危険性が分からないわけではない。
著しく精神を不安にさせる心霊体験の数々は僕の心の中で留めておいた方がいい。ここには肝試しにやって来たわけではないのだから。
そう考えて僕は二人に脅かすような真似をしないよう努めて一緒に歩いた。
「鳥肌が立ってるよ」とトンネルに入ろうとする麻由に声を掛け、手を僕が掴むと、麻由は真剣な表情を崩して「本当だ……ありがとう」と手を握り返した。
こんなに素直でいい子を怖い目に遭わせるわけには行かない。僕は自分は男なんだからと言い聞かせて心を強く持つと、出来る限り離れないよう手を繋ぎ麻由と歩幅を合わせた。




