2、同じ歩幅なのに離れていくもの
「いっぱい歩きたいかぁ……また大きくなったねケンタ、おやつもあるから一緒に食べよう」
何が年相応かなんて分からないけど、彼女は周りの視線をまるで気にすることなくケンタに話しかける。返事がなくても何度も気にせず陽気に話しかけるのだ。
僕は愛想笑いを浮かべるけれど、後ろからボディーガードのように付いて来る吾郎は表情を崩さず、反応を窺うように真剣な眼差しを向けていた。
それは憐れむような眼差しではない、自分が守らなければと責任感を抱いた目だ。僕はそれほどまでに深刻に考えてもいないし、心配もしていない。どちらかというと今日を楽しみにしていたくらいだ。
彼女は控え目にいって可愛い、外見を重視して鑑みれば世に言う大和撫子のようだ。着物を着て茶道を学べば、よりお淑やかさが際立って、今とは全く違った雰囲気を纏った少女になるだろう。
でも、僕が思う彼女の真なる可愛さというのは、童心を持った変化に取り残されたような麗しさで、庭先を彩る花の様に可憐なのだ。
まるでそう……身体は成長していくのに、彼女の精神だけは大人へと向かって進んでいないような、進むことを拒んでいるような、そんな純真可憐なあどけなさを残しているのだ。
それを僕は尊いと感じている。でも吾郎はそれを不幸な事だと、悲観した目で見ている。
僕はそれを分かっていながら、彼女の楽しい時間を、僕の楽しい時間を壊さないように、いつもそうしているように彼女に合わせて隣を追い掛けていった。
散歩コースは先頭を歩く麻由次第になることが多い。
暑さが和らぎ、ようやく散歩を再開できることを一番望んでいたのは麻由だったから今日は麻由に任せた。
最初に到着した場所は神社だった。
長い石段が続き、角度のある急斜面となっている坂道を上る前に愛犬のリードを木に結び、お座りをさせる。
ここから先は愛犬を連れて行くのは難しい、賢明な判断だった。
麻由はスキップするように先頭を歩き、五十段以上ある石段を軽快に上っていく。
今のところ体調の変化はない。
僕は何事もなく無事に散歩が終わることを願いながら続いて石段を上った。
麻由も僕もまだ汗を掻くほどではなかったけど、最後尾から付いて来る吾郎は既に額に汗を滲ませ、無駄に気を張っていたせいか見るからに疲れた表情をしていた。
「馬鹿みてぇに暑いな……もう流石に夏は終わってもいいだろ」
「今年は特に暑いね。本当に残念だけど地球温暖化でどんどん暑さは増していくみたいだけど」
蝉の声はもう随分前に消えてなくなった後なのに、天から降り注ぐ熱射は実に眩しい。暑がりの吾郎はTシャツ一枚でも大粒の汗を掻き、タオルで汗を拭いながら天から降り注ぐ太陽光線に耐えていた。
手水舎で手と口を澄み切った清水で清め、真っ直ぐに拝殿へと向かっていく涼しい顔をした麻由。
麻由は一度決めた一連の動作を守りたがる。僕が麻由に倣って同じ動作をすると麻由はそれが嬉しかったのか眩しい笑顔を見せた。
こうして何年も同じことを続けている僕はとっくの昔に彼女の虜になっているのかもしれない。いつまでも同じ日常を続ける事なんて出来ないと分かっているのに、望んでしまっているのはきっと僕の方なのだろう。
賽銭箱の前に立ち、ポーチの中をゴソゴソと漁り、がま口の付いた小銭入れを取り出した。そして、がま口をパカッと開き一生懸命に十円玉を取り出して微笑むと、ポイっと放り投げるように賽銭箱に投げ入れた。
不意に黒い髪が僕のすぐ横でふわりと靡く。
一瞬、見惚れていた僕は瞳を閉じ、手を合わせて祈りを捧げる麻由の横で賽銭箱にポケットから取り出した十円玉を静かに入れた。
目元に付いたホクロが特徴的で身長は僕とほとんど変わらない麻由。
胸の膨らみや曲線的なボディラインが顕著に表れ、丸みを帯びたヒップが目に入る。ここ数年で随分と女性らしい身体つきになり、心と体のギャップが広がっている事を強く感じる。
気付けば僕の横で背筋を伸ばした吾郎も同じように立っていた。
目を閉じてみて僕は余計に分かった。
恋なんてしない方がいいのに、胸がドキドキしている。
隣に立つ麻由の事ばかりを追い掛けてる自分に罪悪感すら覚えた。
僕は無垢なまま成長しない麻由の心の動きよりもずっと、その成長したアンバランスな身体に見惚れしてしまい、溺れているのだ。これが罪でないはずがなかった。
いつか僕が欲望に負けてしまった時、麻由は失望するだろう。
男という生き物を信じられなくなるだろう。
愚かな僕という人間を拒絶して、自分の殻に閉じ籠ってしまうだろう。
僕はこの関係が長続きしないものであると分かりつつ、神に懺悔した。
このあまりある欲情は罪深いものだと。
僕は最後に麻由が変わらず元気であることを願って、瞳を開けた。




