9、大切な人、忘れられない人
麻由がこの世を去ってすぐに通夜が執り行われた。
僕と吾郎は罪の意識に苛まれたまま、連絡を受けて麻由と対面した。
棺の中に入れられ、色とりどりの草花に囲まれながら物言わぬ姿となった麻由。
その死相は想像していたよりもずっと美しく、今にも起き上がって愛しい声を聞かせてくれるんじゃないかと、辛い錯覚を覚える程だった。
麻由が高校に来れなくなってから今日までの間、僕は生きている実感のない日々を過ごしていた。
精神的なものであるということ以外、麻由の死の真相は知らされていない。
医学的に分からないこともあったのかもしれない。
でも、死因が分かったからといって納得できることでもなかった。
「麻由はあの時、どんな顔をしていたと思う?」
吾郎は食事が喉を通らない様子で、正座をしたまま僕の隣で言った。
棺が置かれた和室には誰の姿もない。
来ていた来客は皆、悲しげに家路へと帰って行った後だった。
「笑っていたと思うよ、それはもうキラキラした瞳で。
だって、もう何も悩まなくても済むんだから」
僕は吾郎の問いに答えた。
トンネルの奥深く、辿り着いた麻由が見た光景。
それは霊感の強い麻由にしか分からない事だけど、僕は本能的に麻由は望んでいたのだと思う、あの場所に辿り着くことを。
「都合のいい想像だが、そう……かもしれないな」
都合のいい想像、その通りだ。僕は自分に嘘を付いて吾郎に伝えた。
死んだ麻由に悔いがあったと思いたくなかったからだ。
吾郎は麻由に語り掛ける言葉が見つからない様子で今も項垂れていた。
「俺は……麻由をこの残酷な世界から解放してやりたかったのかもな」
「そんなの……後付けに過ぎないじゃないか」
「でも、あんな場所に麻由を連れ出すのは良くない事だと、誰もが分かっていたことだろう。麻由が霊を取り憑かれやすいことは知っていたんだから」
また始まってしまった。こうして何度も吾郎は後悔を口にする。
麻由に詫びの言葉を続けてしまうのだ。
こうして麻由に別れを告げようとしても、気持ちの整理は付かない。
今でも麻由の魂をあのトンネルまで行って取り戻せば、この身体が目を覚ますのではないか、そんな有り得ない妄想を考えてしまう。
麻由はこれから火葬され、灰となってこの世界の一部になる。
そうなれば、僕らだって嫌でも諦めが付くだろう。
大好きだった麻由。
眩しい笑顔で僕らを包み込んでくれた麻由。
この世に一人しかいない、無邪気で優しい生身の身体を持った麻由。
これからも一緒に歩んでいく未来を想像していたのに僕らは大切な人を亡くしてしまった。
「今もまだ、夢の中で麻由が出て来るんだ……何度も何度も声を掛けて来るんだ。一緒に散歩に行こうって、こんな辛い目に遭ったのに言ってくるんだ。
全然、忘れさせてくれないんだよ、弘人……」
「うん、僕も同じだよ、吾郎。
麻由を忘れることなんて絶対に出来ないよ……」
僕らの中に未だ息づいている、心を締め付ける少女の残像。
ずっと、今も夢の中で残響が聞こえるという吾郎。
麻由がまだ、たとえ夢の中でも僕らと一緒にいてくれるんだと思うと、僕は涙が止まらなくなって、また悲しみが溢れ出してしまうのだった。




