教会学校
誕生日を迎えて、俺はついに九歳になった。
(いやー、ここまで無事に生き延びた俺、偉い!)
季節はもうすぐ冬。朝は鼻がつーんとするくらい冷えてて、畑の水たまりなんか、うっすら凍ってたりする。
で、教会への寄付な。ちゃんと大銀貨十枚、持ってったよ。ガロンおじさんの言った通り、名前も書いてもらった。
そして、俺はついに――教会学校に通うことになった!
(魔法! 魔法だよ! やっと魔法が覚えられるかもしれないッ!)
(火を出したり、風を操ったり、光ったり爆発したり――全部アリだろ!?)
(俺の欲望は、止まるところを知らないのだッ!!)
テンション爆上がりのまま、朝から口元がゆるみっぱなしだった。
レティといつものように薬草を摘んでたら、となりでしゃがんでたレティが、ジト目でこっちを見てきた。
「……ねえ、なんでニヤニヤしてるの?」
「ん? ああ、ちょっといいことあってな」
「ふぅん? なに?」
ニヤニヤを倍にして、得意げに言ってやった。
「来週から教会学校に通うことになったんだよ。授業受けてみたくてさ」
「……えっ」
レティの目がぱちくりして、そのあと、ふわっと笑って――
「じゃあ、わたしも行く♪」
「え、なんで?」
「……なに、わたしに来てほしくないの?」
にこにこしてた顔が、スンッと真顔に変わる。圧、つよ。
「い、いやそういうわけじゃないんだけどさ」
俺はちょっと肩すくめて、へらっと笑ってごまかす。
「行くって言ったら行くの。だって……楽しそうじゃない?」
ちょっとだけ顔を赤らめて、口を尖らせながらそう言った。
(なんだよその言い方。ちょっとかわいかったじゃねぇか)
「でもさ、レティって行けたっけ? 学校」
「お布施は払ってるよ。行ったこともあるし」
「へー、意外だな」
って思ったら、レティがちょっと気まずそうに言葉を継いだ。
「……初日に突っかかってきた男の子、ぶっ飛ばしちゃって」
「それからちょっと、気まずくて……行ってない」
(あー……レティならやりかねない)
って思った瞬間、思い出した。初めて会った日、顔面に一発もらったな。俺が約束を忘れていたのが悪かったんだけどさ。
うん、納得。
「平和って、拳から生まれると思ってるタイプだよなお前」
「……なにそれ、皮肉?」
レティがじと目になった瞬間――パシッ!と肩に一撃。
「いてっ!」
「そういうとこだよっ」
口を尖らせてぷんすかしてるその姿が、なんかもういつも通りで、思わず笑ってしまった。
「じゃあ、いっしょに行くか」
「……うんっ!」
ぱっと花が咲いたみたいに笑って、レティはまた薬草を籠に入れた。
……ま、楽しくなりそうだし、いっか。
◇
教会学校に通うことは、ちゃんと事前に話を通しておいた。
「レティちゃんのことも、よろしくね」
って言われた時は、(お目付け役……ってことか?)ってちょっとだけ思ったけど、まあ納得ではある。
学校は普段、午後から。みんな午前中は家の手伝いがあるからな。
でも冬は暇なやつが多いから、朝の10時くらいからになる。
時間は教会の時計と鐘の音が頼り。
今日はレティと教会前で待ち合わせ。
「ルクスーっ!」
元気よく走ってきたレティが、笑顔で手を振ってくる。
「おはようっ!」
「おう、楽しそうだな」
「だって、いっしょに行けるんだもん」
可愛いやつめと思いながら教会裏の教室の扉を開けた。
「行くか」
「うんっ!」
授業内容は、読み書きに算術、歴史と地理、それに魔術の基礎。
(しっかり学んで、生き残る力にしてやる)
◇
キィ……と扉を開けた瞬間、ほんのり冷たい空気が中から流れてきた。
奥の方には数人の子どもたちが、長机を囲むようにして座っている。
ちらちらと視線が集まるけど、まあこれは仕方ない。初登校だ。
と、その中に。
(……あ)
星ような澄んだ銀髪が腰まである、まっすぐで艶のある髪。
少し離れた位置からでも、空気がふわっと柔らかくなるような存在感。
その子が、こちらを見て――
「……ルクスくん。来てくれたんですね」
優しく、静かに、でも確かに嬉しそうな声。
ふわりと浮かぶ笑顔が、やけに心に刺さった。
「あ……うん。来た」
言いながら、自分でも声が上ずってるのがわかった。
そしてそのまま、完全に表情がゆるむ。
(やべぇ……可愛いよ、可愛すぎるよ)
傍から見たら、完全に鼻の下が伸びたアホ面であった。
「司祭様から伺ってました。今日から一緒に……ふふっ、嬉しいです」
フェリスは見習いシスターの白い服のまま、長机のそばに立っていた。どうやら手伝いも兼ねてるらしい。
その優しい声と微笑みだけで、俺の脳がぽわんと浮いてた――まさにその瞬間。
ぴたり、と左側に気配。
レティが、無言で距離ゼロまで詰めてきていた。
そして――
「……誰?」
レティだった。
俺の左側にぴったりついて、フェリスを真正面から見つめる。
「えっと……この子は」
「フェリス、と申します。教会では時々、授業のお手伝いをしながら、一緒に学ばせていただいているんです」
フェリスは一歩前に出て、小さく頭を下げる。
動作がいちいち丁寧で、やたらと品がある。ついでに笑顔がやわらかい。
そのやり取りを見ていたレティが、ふいに口を開いた。
「……で、どういう関係なの?」
「えっ、関係?」
「ルクスと。初対面って感じじゃなかったけど」
「えっと……教会で、何度か顔を合わせてました。少しだけ、お話したりも」
淡々と、でも柔らかく答えるフェリス。
声に揺らぎはないけど、ほんの少しだけ、頬が赤くなってた……気がする。
レティがその説明を聞いたあと、ゆっくりと俺に視線を移した。
そして――なんとも言えない顔。
「ふーん……」
(なんかすみません! 俺が悪いんですかこれ!?)
でも、次の瞬間には表情が切り替わっていた。
「まあ、いっか」
ふっと肩の力を抜くと、レティは軽く手を伸ばした。
「わたしはレティシア。よろしくね、フェリス」
フェリスは、変わらず穏やかに、手を取り返して優しく微笑んだ。
「はい。よろしくお願いします、レティシア」
(なんだったんだ?という気持ちでいっぱいなルクスであった)