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俺は貴女を愛さない  作者: はな
空っぽ姫の章
5/18

第5話

「はぁ……っ、はぁ……」

 アニカは息を切らして、納骨堂までの道をゆっくりゆっくりと歩いていた。

「お辛そうですね」

 傍らを歩くリグリスが冷たい口調で言う。

 アニカは無言で首を振った。

 高熱で身体中が焼けそうだ。だが、彼の腕だけはなんとしても神の御許で安らがせたい。重くて、自分では運べなくて、リグリスに運んでもらっているけれど……。

「何が違うのですか? 結局腕を持ち帰ったのは俺、こうして納骨堂に運んでいるのも俺なのです。貴方がしていることは自己満足にすぎません」

「それでもいい……です……」

 アニカは息を弾ませて言い、そこで言葉を切った。肺が苦しくて声が出なかったからだ。

「何がいいんです?」

 明らかにむっとしたリグリスに、アニカは途切れ途切れに答える。

「彼が……神の御許に……行ければ……私がどんなに、愚かで情けなくても……かまい、ません」

 アニカの答えに、リグリスは目を見開いた。

「納骨堂に埋葬すれば神の御許に行けるとでも?」

 こく、とよわよわしく頷くと、リグリスが不愉快そうに足を止めた。

「馬鹿らしい。盲目的な信仰ですね」

「身体を回収するのも……埋葬する、のも、誠意……です……彼の知り合いだった私の……誠意……です……」

 アニカはそこで激しく咳き込む。

 リグリスは不機嫌そうに息を吐き出すと、空いた片手でアニカの背を乱暴に撫でた。

 そしてギョッとしたように手を止める。

「背中の骨が浮いていますが……食事はなさっていないんですか?」

 アニカは朦朧とする意識の中で、リグリスの問いの答えを考える。

 馬車の中ではもう発熱していたから、ずっと食べていない。いつから食べていないのだろう。

 でも、食べないなんて日常だった。

 王妃の逆鱗に触れれば、食事など与えられなかったのだから。たまに許された食事のほうが、よほど特別だった。

「ごめんなさい……五日……くらい……」

 蚊の鳴くような声で謝ると、リグリスがアニカの腕をぐいと引いた。

「貴女がまともに歩けない理由が分かりました」

 アニカはたまらずに、リグリスの身体に倒れ込む。リグリスの年齢は、アニカと同じ十八だと聞いている。

 だが彼の身体はたくましく、少年らしい線の細さはまるで感じられなかった。

「これを持っていてください」

 アニカの手に、栗色の髪の護衛の腕が投げ渡される。両腕でなんとかそれを抱きしめると、アニカの身体がひょいと持ち上げられた。

「納骨堂に行って、これを納めたら、貴女は大人しく薬を呑んで食事を摂るのですね?」

「いえ……眠っていれば、治ります……それに、歩けます……から……」

「時間の無駄だ。病人ののろのろ歩きに何時間付き合えばいいと?」

 相変わらず不機嫌な顔で言うと、リグリスはアニカを抱いてスタスタと歩き出す。

 納骨堂は、まだ遠いようだ。アニカは青ざめながら首を横に振る。

「重いです……から、下ろして、くださいませ」

「いいえ、重くなんてない。俺を舐めないでください。こう見えても俺はアステリオ辺境伯家の直系です。白魔狩りの一隊を率いる戦士なのですから」

「白魔……狩り……?」

「そんなことも知らずに俺に嫁いできたんですか?」

 リグリスの言葉はもっともだ。申し訳なくて口をつぐむと、リグリスは露骨なため息をつきつつ説明してくれた。

「白魔は知っていますよね」

「は、はい……人も動物も、何でも食らう化物、と……」

「あいつらを魔銃で仕留めるのが俺たち『白魔狩り』の仕事なのですよ。辺境伯家の男は、全員狩りに出ます。例外はない。この土地を守るのは俺たちの血筋に課せられた責務です」

「責務……?」

「ええ、幼い頃に母を亡くしても、父が喰われて帰らなくても、例外にはならなかった」

 血なまぐさい話を語っていても、リグリスは淡々としていた。その冷たい声を聞きながら、アニカの意識が遠ざかっていく。

「……」

「聞いていますか? アニカ殿?」

 アニカは頷こうとした。だが、もう、身体にはそれっぽっちの力も残っていなかった。

 意識が闇に沈む瞬間、アニカの唇が微かに動いた。

 声にはならなかったが、祈るように『どうか、神の御許へ』と。

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