宇宙のサービスエリアで
それからアクエリアスは格納していたタイヤを出して、その駐機場にふわりと着地し、今度は自動車みたいに駐機場内を少し走り、そして一つの駐車枠のような所に駐車(駐機)した。それから二つのドアがウィーンと縦に開いた。
気分最悪な僕はコックピットから転がり出て、へなへなと地面に座り込んだ。僕の顔は涙と鼻水とゲロでドロドロ。頭は痛いし気分は悪いし。でも胃の中は空っぽで、「おえ~」と言っても何も出てこなかった。
そんな僕をちらりと見て、セリア君はアクエリアスのどこかにあった小物入れからタオル二枚と袋を取り出し、僕がコックピットにぶちまけたカレーなんかを、そのタオルで要領よく拭き取り、そのまま袋に入れた。
ちなみにオーラム星のタオルって凄く良く拭き取れるみたいだけど、その時の僕にはそんなことどうでも良かったので、それについてはよく分からん。そして、もう一つのタオルをポイと僕に手渡した。
それからセリア君は「ちょっと待っててね」と言って僕のゲロの入った袋をぶら下げ、小走りにどこかへ行ってしまった。
僕は少しだけ「薄情な奴」と思いながら、そのタオルで顔を拭き鼻をかんだ。たしかにオーラム星のタオルは優秀で、鼻水もゲロもきれいに拭き取れた。
それはいいけれど、それから少しして、セリア君は飲み物らしい容器を抱えて帰ってきた。そして僕が顔を拭いたタオルと交換に、それを僕に手渡した。
よく見るとその容器はやたらと輝いていたのだけど、そんな事より、容器の中には緑色でどろどろとした気持ちの悪そうな液体がどっさり入っていて、ラベルにはめちゃくちゃな絵というか、もう訳の分からないぐちゃぐちゃな文字が殴り書きしてあった。
しかもセリア君は僕に「これを飲め!」と言ったのだ。
僕はその恐ろしい容器の様子と気持ち悪い中身を見て、しばらくためらっていたけれど、セリア君が、「飲めと言ったら飲まんか!」と僕に怒鳴ったので、僕は恐る恐るキャップを開け、意を決して、鼻をつまんで、そのどろどろとした液体を胃の中に流し込んだ。〈どうせ気分最悪だ。毒でも何でも、飲んでる!〉
僕はそう思ったのだけど、一口飲んで驚いた。
とても美味しかったのだ。
メロン味のミルクシェイク?
それだけじゃなかった。
飲み始めるとすぐに体中が炭酸ソーダみたいにジョワーっとなって、吐き気も頭痛も一瞬にして、魔法のようにばりばりばりっと消えてしまったのだ。
とにかくそういう訳で、訳のわからないうちに僕は別人のように気分が良くなっていた。
しかも、宇宙旅行で何十年も掛かり、おじいさんになる心配も無ければ、お父さんやお母さんが警察に捜索願を出す心配も無く、再び「宇宙旅行への期待に胸を膨らます人」となり、僕はとても晴れやかな気分だった。
そんな僕をちらりと見て、セリア君はおもむろにポケットからとてもかっこいいメガネと、耳栓のようなものと、ガムを取り出し、僕に手渡した。
メガネはセリア君が掛けているのと似ていた。
僕が不思議そうな顔でそれらを見ていると、セリア君は僕にこう言った。
「これからは君がこれを使うといい」
これらは「通訳セット」といい「通訳メガネ」「通訳耳栓」「通訳ガム」からなっていた。
これらはありとあらゆる言語の通訳が出来るという凄い機械らしい。ガムは食べ物だけど。
とにかくこれを使うと、僕はオーラム星の言語が不自由なく理解出来るようになるというのだ。つまり「読める」、「聞き取れる」、「話せる」という訳だ。
タイムマシンがあるような凄い文明の星だから、こんな凄い機械も発明されていたらしい。
もちろんセリア君はこの機械で地球人の言葉が分かるという事だったようだ。だからセリア君が僕らのグラウンドにやって来た時、かっこいいメガネを掛け、ガムを噛んでいたのだ。きっと耳栓も付けていたに違いない。
それで僕はメガネを掛け、耳栓をして、ガムを噛む事にした。ちなみにガムは九時間くらい効果があるらしいから、一日二回も噛めば充分だった。
そういう訳で、ここからの僕はオーラム星の言葉に不自由する事がなくなったんだ。
ちなみに、僕が通訳セットを使い始めると、セリア君はメガネや耳栓を外し、「消しガム」という、消しゴムみたいなガムを噛んだ。
これは通訳ガムの効果を消す為のガムなのだそうだ。何だかややこしい。いずれにしても僕らはこういう方法でコミュニケーションを取ったんだ。いちいち書かないから(時々書くけれど)そういうつもりで読んでいって欲しい。
それで、ここからの会話はオーラム星の言葉になる。だけど通訳セットを使っている僕には普通の日本語に感じられた。
何だか不思議な感じ。
それから僕は早速、手に持っていた例の緑色の液体の入った容器のラベルを見た。
そこにはもはや凶暴な殴り書きはなく、で、そこには「アルロイド製薬の強力ネオ宇宙酔いバスター」と書いてあるのが分かった。
なるほど強烈な効き目のはずだ。
そして気分が良くなり、言葉の不自由も無くなった僕は、改めて辺りを見渡した。
駐機場にはアクエリアスの他に、観光バスのような大型の宇宙船も何機か止めてあった。スポーツカーのような宇宙船はアクエリアスだけのようだった。
それから僕はうきうきとした気分で、セリア君と一緒に広いレンガ色の駐機場を颯爽と歩き始めた。
そんな僕は、歩きながら妙な事に気付いた。重力がある!
トンネル内は無重力だったのに。何故?
その事をセリア君に訊いたら、サービスエリア内だけは重力発生装置とかいう機械でオーラム星と同じくらいの重力にしてあると説明してくれた。
でないとみんな宇宙遊泳だ。トイレでおしっこしたら大変だ!
つまり歩けるのは重力のおかげだという事になる。
それで僕らがその重力のおかげで再び颯爽と歩いていると、沢山の子供たちとすれ違った。
修学旅行生だろうか?
僕が振り返って見てみると、とても珍しそうにアクエリアスを眺めている子もいた。そのアクエリアスを見ると、何故かレンガ色をしていた。
僕は宇宙酔いで気分が悪くて気付かなかったけれど、アクエリアスの色が変わっていたのだ。
駐機場の地面と同じ、レンガ色に!
たしか僕の家の屋根の上では、アクエリアスは「深みのある青」だった。
それはそうと僕は家を出たときから、パジャマ姿でスパイクを履いている。かっこ悪い。
通訳メガネはかっこいいけれど。
とにかく気分が良くなるといろんな事に気が回る。
「ええと、アクエリアスは偵察機だから、周囲と同じ色になるように出来ているんだ。保護色というか迷彩色というか、つまり『カメレオンカラー』だね。それから念のため言っておくけど、君のパジャマ姿はオーラム星ではそんなに変な格好じゃないからね。メガネも似合っているぜ」
セリア君のそんな話にすっかり安心した僕は、再び再び、颯爽と歩き始めた。
駐機場から連なる小道を抜けるとちょっとした広場があり、お店が幾つか並んでいて、多分自動販売機だろうという感じの機械も幾つか置いてあった。
とても楽しそうな場所だ♫
周囲には見た事もないような不思議な形の植物もいっぱい植えてあった。
ブロッコリーを巨大化したようなのもあったし、サボテンみたいなのもあった。サボテンにはきゅうすのような形の薄茶色の実がなっていた。
それにどの植物も、何故か赤っぽい色をしていた。
お店はハンバーガー屋、ドーナツ屋、フライドチキン、エクレアの店、それに土産物屋さんもあった。看板のいろんな文字もよく分かった。通訳メガネのおかげだ。
その土産物屋で目についたのは、太陽系のいろいろな惑星の形をしたおもちゃだ。
地球はもちろん、土星、木星、火星もあった。だけど特に人気なのは地球と土星だそうだ。
土星は麦わら帽子のようになっていて、大きいものは何と、かぶる事も出来るんだ。そういえば、さっき見た修学旅行生たちの中にも、土星をかぶっている子もいた。
ただし土星はトンネル出口からはとても遠く、容易には行けないので、観光客たちは観光バス型の宇宙船に備え付けてある、口径四十センチの、RCカセグレン式望遠鏡で眺めるのだそうだ。木星とか火星とかも見せてもらえるらしい。
宇宙から見ると、大気の影響がないので物凄く鮮明に見えるらしい。そして観光客たちは月を経由して地球へ向かう事になっているそうだ。
それから土星と同様、地球形のおもちゃも人気だった。いうなれば「地球儀」だ。
いろんなサイズが置いてあった。キーホルダーくらいのもあったし、バレーボールくらいで月とペアになったのもあった。
そしてその店の入り口には「サファイア球大売出し!」と書いた紙が置いてあるのも分かった。
(これも通訳メガネのおかげ♪)
「僕らは地球の事を、『サファイア星』と呼んでいるんだ。ちなみに土星は、『麦わら星』だ。オーラム星人が勝手に付けた名前だけどね」
「へぇー、で、地球はサファイア星?」
「そうだ。サファイアみたいな色だから。で、そのおもちゃはサファイア球さ」
それからセリア君が自動販売機でジュースを買い、広場の中央にイカした宇宙的なテーブルとイスがいくつかあったので、僕らはそこに座った。
セリア君はメロンソーダ。僕はグレープジュース。
そして僕が「カレーの逆噴射のおかげでおなかが減った」と言ったら、セリア君はまたまたお店へ行き、ハンバーガーを買って来てくれた。
とにかくあの緑色のゲロゲロ(強力ネオ宇宙酔いバスター)の効果はスゴイ!
ええと、それからセリア君は自分の大好物のエクレアも。
その間、僕はテーブルの周囲にあった木を眺めていた。それはあまりに不思議な形で、説明のしようがない。これにはトランペットのような花が咲いていた。そして店から戻ってきたセリア君は話を続けた。
「このトンネルが出来て以来、オーラム星のお金持ちの間で地球旅行がブームなんだ」
「じゃ、サファイア星旅行だね!」
「バイパスで二、三時間で行けるしね。ちなみに観光客を受け入れているのはトンネルの経費の一部をまかなう目的もあるからさ。財政問題というのは、オーラム星にも無い訳じゃない。まあ、いろいろと大人の事情がある」
「そうなんだ。で、オーラム星にも大人はいるんだね」
「ええと、その件についてはいずれ詳しく話す」
「いずれ詳しく?」
「まあいいじゃん。それで、ええと、オーラム星から来た観光客だけど、一般の人たちは地球の表面に下りる事は出来ないんだ。地球の回りを人工衛星軌道で遊覧飛行するだけだ」
「へぇ~」
「というのは、地球に知的生命がいるという事は、一般のオーラム星人には、まだ知らされていないからさ。青くて綺麗な星として有名なだけさ」
僕らがそんな話している間も、駐機場の辺りで見かけた例の修学旅行生たちが行き来していた。
セリア君はそれを気にも掛けずに話を続けた。
「それで、地球が青いのは硫酸銅の海のせいだとみんな思わされている。さもないとオーラム星人が勝手に地球に降りていったら、大混乱が起こるだろう」
「ふーん」
「それと、大混乱が予想される理由の一つには、地球の政治がまだ不安定だという事もあるんだ」
「地球の政治が不安定?」
「まあこれにもいろいろ事情があるんだ。とにかく地球には百年前かぁ? とか思いたくなるような戦争マニアとかミサイルマニアがいるしね」
「う~ん…」
「ええと、だけどいつか、オーラム星と地球の政府がきちんと交流を持てる日が来ると信じてるよ。そしたらオーラム星人と地球人も当たり前みたく交流出来るようになると思うんだ。だけどその為には、しなければいけない事がたくさんある…」
そう言うとセリア君の顔が少し凛々しくなった。
で、しばらく話をして、ハンバーガーとエクレアを食べ終えた僕らは出発する事にした。
出発前に「ケンタウルスのフライドチキン」のお店でフライドチキンを二人分買った。僕と同じくらいの年頃の女の子が袋に入れてくれた。
だけどそのとき、僕はまたまた重大な問題に気付いた。
修学旅行生ばかりで引率の先生がいないのは一体何故?
そういえばおもちゃ屋さんも店員はみな子供だった。フライドチキン屋さんも。
それに、トンネルの入り口にあった料金所の宇宙ステーションだってそうだ。
とにかく子供ばかりじゃないか!
これってオーラム星の大人の事情?
それとも子供の事情?
「ねえセリア君。大人はどこへ行っちゃったの?」
僕はフライドチキンを食べながら、さっきまでいたサービスエリアで気付いた「大人の事情」というか「子供の事情」というか、とにかくそれはどんな事情なのかをセリア君にきいてみた。
アクエリアスは再びトンネルの中を光の速さで飛んでいた。
トンネルのランプに顔を照らされたセリア君は、一瞬ためらってから、でもはっきりと僕にこう答えた。
「僕ら…、これで大人なんだ」
「えっ?」
「ともかく、とっととオーラム星へ行くぞ」