表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/50

いきなり宇宙旅行ってか

〈あわわ、これはもうパジャマなんか着ている場合じゃない。宇宙服を着なきゃ! でもうちにそんなものある訳がない。だったら最低でも服を…、それに靴も!〉

 僕は半ばパニックだった。

 だいたい、いきなり友達が「宇宙旅行へ行こう」とか言って、夜中に二階の僕の部屋の窓まで迎えに来たんだよ。

 それで、ともかく僕はセリア君をそのまま待たせ、服や靴を取りに一階へと階段を降りた。

 多分服は一階の和室の箪笥の中。もちろん靴は玄関だ。

 でも僕が階段を降りると、スポーツニュースのアナウンサーの景気のいい声が聞こえてきた。

 どうやら例のナイターは、お父さんがふて寝をしている間にまたまた逆転満塁ホームランが飛び出し、奇跡の逆転勝ちをしているようだった。

 僕がそぉ~っとリビングを覗くと、お父さんはソファーに座って片手にリモコン、もう一方の手に(多分二本目の)缶ビールを持ち、嬉しそうにテレビのスポーツニュースを「はしご」しているらしかった。

 多分つまみはからしれんこんの残りだろう。

 お父さんと一緒に強制的にふて寝をさせられていたぴゃーちゃんもすでに解放されていて、ソファーの背もたれの上で優雅に毛づくろいをしていた。

 時計を見ると十一時過ぎだった。

 ところで、こんなとき僕がリビングをうろうろしていたら、

「おい、お祝いだ。まあここに座れ。お前もビール、いやいや、ジュースくらい飲め!」だとか言うに決まっているし、まして服や靴を持って二階へ上がろうとしたら、

「服に着替えて何をするんだ?」とか、

「靴を履いて今頃どこへ行くんだ?」とか、

「まさか、二階の窓から外へ出て行くつもりじゃないだろうな」とか、ごちゃごちゃ言いそうだった。

 だいたいお父さんはごちゃごちゃうるさいし、洞察力が凄いから油断大敵だ。

 だから僕は、お父さんに気付かれないうちにその場でくるりとUターンし、それから音をたてないよう四足動物になって、そろりそろりと階段を上り、自分の部屋に戻った。

 ジュースくらいなら一緒に飲んであげても良かったのだけど。

 いずれにしても僕は、実に情けない事に、パジャマ姿のまま、この記念すべき初宇宙旅行へと出発する以外にないようだった。

 しかも裸足! 

 でも、最近買ってもらった新しいスパイクが、運良く二階に置いてあったのを思い出したので、箱から出した。ソックスがないから少しぶかぶかだろうけれど。

 そして宇宙旅行の為の荷物や夏休みの宿題やお気に入りのグローブなんかを手早くそろえ、これまたお気に入りの緑のナップサックに詰め込んだ。

 そしてそれらを抱え、よっこらしょと二階の窓に登り、サッシのレールに腰掛けるとスパイクを履いた。

 それから一階の屋根の上にスパイクでカチャリと降りて、静かに網戸を閉めた。

 夜露にぬれた屋根の上だったけれど、スパイクは滑らなくて助かった。

 それはともかく、僕が前を見ると、屋根の上にはイカしたスポーツカーがドカンと停めてあったので僕は腰を抜かしそうになった。危うく屋根から滑り落ちるところだ。

 だけどスパイクだから助かった。

 お父さんの洞察力に感謝。

 靴だったらもしかしてスッテンコロリン…

 それはいいけれど、考えてみるとそこにあったのがスポーツカーの訳がなかった。

 宇宙船のはずだ。

 そもそも宇宙旅行なんだから!

 で、確かによく見ると後ろの方に巨大なラッパという感じのロケットエンジンみたいな物体が二つドカンドカンと付いていたし、タイヤは付いていないようだった。

 いやタイヤは格納されているのかも。

 ちなみに色は深みのある青。

 僕の家の屋根瓦とそっくりの色だ。それが家の近くの街灯に照らされ、鈍く光っていた。

 それと空を飛ぶのなら翼は要らないのかな? だけど屋根のすぐ上ですでにふわふわと浮かんでいたから、翼が無くても飛びそうだった。

 とにかく飛行機みたく滑走路を加速して飛び立つ…、なんて真似は必要ないみたい。

 で、とにかくこれは、イカした宇宙船に間違いなかった。

 それで僕は確信した。〈やっぱりセリア君は、本当に宇宙人だったんだ!〉と。

 それとこの乗り物は確かに宇宙船だろうけれど、スポーツカーのようなイメージだから、セリア君が「僕は空飛ぶ自動車を持っているんだ」って言っていたのも、あながち冗談じゃなかったという事になる。

 つまりセリア君が言っていた「宇宙人」の話も、「空飛ぶ自動車」の話も、本当だったという事になる。

 やっぱりセリア君は、そんなに安易に冗談や嘘なんか言わないはずだもん。

 で、そうすると僕のバッティングの話も本当かな?

 そう思うと、僕にじわじわと希望の光が見えてきた。


 それからセリア君がテレビのリモコンみたいなものを操作すると、宇宙船のドアが両方ともウィーンと縦に開き、一方からセリア君が乗り込んだので、反対側から僕も乗り込んだ。

 するとドアがウィーンと自動的に降りて来て、すこんという感じで静かに閉まった。

 なんでもこの宇宙船は「アクエリアス」というらしい。

 中は二人乗りのこぢんまりとしたコックピットで、計器盤にはオレンジやグリーンで照明されたメーターやいろいろなツマミやレバーがずらりと並んでいた。

 僕は何故、船体がふわふわと浮いているのかとセリア君に訊いたら、反重力装置の作用だと説明してくれた。

 だだし反重力装置がどういうものかは教えてくれなかった。

 だけどややこしい理屈はさておき、そのおかげで船体は浮かび、翼は要らないらしい。

 それとタイヤは付いているが、今は格納されているらしかった。


 それからセリア君に促され、僕はシートベルトを締めた。

 セリア君もシートベルトを締めてから、コックピットのいろいろなスイッチを操作し、そして最後に「テイクオフ!」と言って、飛行機のスロットルレバーのようなものを少しだけ前へ動かした。

 すると後ろの方でシュウィーンという、電気掃除機みたいなエンジン音が聞えた。

 何だか僕は緊張した。

「僕は宇宙飛行士だ!」

 そう思うと、期待に僕の胸は膨らんだ。

 そしてふと僕は自分の部屋の窓を見た。

 すると網戸の向こうには、いつのまにかぴゃーちゃんがちょこんと座っていた。

 さっきまではお父さんと一緒にリビングにいたのに、わざわざ二階までお見送りに来てくれているようだった。

 それを見た僕は何だかとても嬉しくなり、ぴゃーちゃんに心の中で「行ってくるね」と言ってから小さく手を振った。

 アクエリアスのランプに照らされたぴゃーちゃんは僕を見て、少しだけシッポを動かした。

 そしてアクエリアスは滑るように動き始めた。

 僕が振り返るとぴゃーちゃんはどんどん小さくなっていった。

 僕はもう一度「行ってくるね」と心の中でぴゃーちゃんに言った。

 ちょっぴり寂しい気持ちになった。


 それからセリア君はエンジンのパワーを上げ、アクエリアスはぐんぐん速度を上げた。同時に高度も上がり、景色もどんどん速くなり、そして小さくなった。

 カシの木のある公園も、僕が今日野球をやったグラウンドも、あっという間に闇の中に消えた。

 それから僕が前を見ると、キャノピー(宇宙船のフロントガラス)の向こうには、例の酔っ払った赤い月があった。

 だけどアクエリアスがどんどん高度を上げるにつれ、赤い月はみるみるうちに普通の白い月へと変わっていった。

 それと同時に、僕のそれまでの少し寂しい気持も、「宇宙旅行の期待」へと、みるみるうちに変わっていった。

 ぴゃーちゃんのキャットフードは妹かお母さんがあげてくれるだろう…


 それから少ししてセリア君が「マックスパワー」と言ってスロットルレバーを全開まで動かした。

 すると後ろのエンジンが「キーン」という物凄い音に変わり、「ゴー」という音も聞こえ始め、アクエリアスは弾かれたように速度を上げた。

 加速で体がシートに押し付けられ、僕は身動きが出来なくなった。

 とんでもない勢いで高度も上がり始めた。

 これが宇宙船のパワーなんだと、そのとき僕は初めて実感した。

 それから三回くらい雲を突き抜けると、目の前に信じられないような星空が広がった。

 月も僕らを追いかけるように、ぐんぐん高度を上げた。

 地上では次から次に遠くの地平線が見え、やがて月に照らされた海も見えた。

 もう物凄く高く飛んでいるはずだ。

 僕は闇の中に日本列島の形が見えるような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ