ふてくされて家へ帰って
この日、僕は良い気分と悪い気分の間を何往復かして家に着いた。
だけど最終的にはあまり良い気分ではなかったし、それでユニフォームを脱いで普段着に着替えると、リビングのソファーで豪快にふて寝をする事にした。
実は僕、ふて寝が得意技なんだ。
だけど突然妹が友達をうじゃうじゃうじゃうじゃ連れてきて、玄関から入るとドタドタドタ階段を登り、二階の妹の部屋でぴいちくぱあちくと騒いだので、僕は得意のふて寝ができず、それで僕は「やかましいぃぃぃ~!」と怒鳴った。
すると少しは静かになったものの、秒で元のぴいちくぱあちくに戻り、それで僕はさらに気分が悪くなった。
でもしばらくすると友達がドヤドヤと帰り静かになったので、少しだけうつらうつらすると、今度は僕の家で飼っているペルシャ猫のぴゃーちゃんが「みゃー٩(♡ε♡ )۶」とかわいい声で僕を起こしたので、よしよしとなでていたら、台所の方からカウンター越しにカレーの匂いがしてきた。
やったぁ!
今夜はカレー♫
もちろん力いっぱい食べた。
明日からは夏休みだし、カレーだし。
で、僕はすっかりご機嫌に戻った。それで気分のいい僕はカレーを食べながら、その日の試合の話をした。
だけど少々尾ひれが付いてしまった。
「…それで僕ね、今日の試合ホームランを打ったんだ。それから、守備もさせてもらって、そしたらセカンドゴロダブルプレイ!」
お母さんや妹は訳も分からずに「凄いね!」と言ってくれた。
だけどお父さんは時々野球の練習に付き合ってくれていたから、黙ってにこにこしていたけれど、見え見えの嘘だって事に気付いていたみたい。
〈何がホームランだ。何がダブルプレイだ。大ファウルとダブルエラーじゃないか。ぶんぶん!〉
そういう訳で、無様な自分を隠して綺麗事を言う自分がすごく情けなかった。それで再び僕は、カンペキに嫌な気分に戻った。
だからやけ食いをする事に決めた。お母さんの忠告を無視し、カレーを三杯食べ苦々しげに野菜サラダを食べ、そして水をごくんごくんと飲んだ。
それから僕はお父さんとテレビでナイター中継を見る事にした。お母さんと妹はドラマが見たかったようだけど。
でも試合ではリリーフ投手の「俺たち」が炎上し、仕上げは豪快な満塁ホームランで、それを見たお父さんは「ゲろゲろゲ~!」と叫び、それから、「もう頭に来たもんね!」とわめいて、それから乱暴にリモコンを手に取ると豪快にテレビを消し、それからお父さんが手裏剣のように投げたリモコンはテーブルの上をワンバウンドしてから床に飛び、ぴゃーちゃんの目の前にどしゃんと着地した。
で、それを見たお母さんは嬉しそうにぴゃーちゃんの目の前のリモコンを床から拾うと、またテレビをつけ、チャンネルを変え、妹と一緒にドラマを途中から見始めた。
お父さんはというとそれからいそいそと台所へ行き、冷蔵庫を開け、中から缶ビールとつまみのからしれんを持って来て、プシューっと開けるとソファーで飲み始めた。
そしてそれを飲み終えると、今度は無理やりぴゃーちゃんを抱っこして「ぴゃー、こうなったらもう…、寝るぞ!」とかわめいて、迷惑そうなぴゃーちゃんを道連れにソファーでゴロンと横になり、そのままふて寝を始めた。
そういう訳で僕は、つまんないからお風呂に入った。そして僕は、お風呂でいろんな事を考え始めた。
〈野球なんかやめちゃおうかな…〉
実は僕、「ふて寝」と並んで「考え事」も得意技なんだ。
それはさておいて、野球をやめようとは思ったものの、いくら考えても他にする事が思い付かなかった。
〈僕はきっと足が不器用だからサッカーはボツ。テニスでホームランはNGだし。で、バレーは手が痛そう。そもそもバスケットは背が…〉
やはりどう考えても僕には野球しかなさそうだ。
それに野球の練習だって一生懸命やっているつもりだったから、こんなに野球が下手くそな自分が情けなかった。もっとも打つ方だけはそこそこ、っていうか、結構上手いつもりだったけれど♫
でも…、僕はオープンスタンスで打つから内角球がファウルになる。
そこが大問題だ。
これは監督からいつも言われている事だった。だけど僕が打った大ファウルの事をセリア君は褒めていたぞ。
「君の運命を変える大ファウルになるかもね!」とまで言い切ったし。
でもセリア君は時々とんでもない冗談を言う。
「僕、本当は宇宙人なんだ」とか、「僕は空飛ぶ自動車を持っているんだ」とか。
だからセリア君が本当に宇宙人でもない限り、僕の「運命の大ファウル」の話だって冗談だろうなと思えてきた。
〈でもまあいいか…〉
盛大な長湯での考え事の結論はその辺だったみたいだけど、そうこうしているうちにドラマを見終わったらしいお母さんの、「いつまでお風呂に入っているの?」という声がしたので、僕はお風呂から上がり、パジャマに着替えた。
これがパジャマじゃなくってプロ野球のユニフォームだったらなあと、そのとき僕は思った。
それから僕は二階の自分の部屋へ行き、蒸し暑かったから窓を開け網戸にすると、それ以上何もする気にはなれなかったので、ベッドに入って大の字になった。
ところで窓を開け網戸にしたのは、お父さんが「体に悪いから」とか何とかいう理由で、僕の部屋にエアコンを付けてくれないという事情もあったんだ。
だけどその夜は時々ひんやりとした風が入って心地よかったので、僕はそのまま寝る事にした。
だけど僕の脳みそが、またまた「考え事」を始めてしまった。
〈僕は野球が大好きで…、だけど下手くそで…、セリア君なんかたいして練習もしないのに物凄く速い球を投げるし走るのも速い。セリア君がうらやましいなぁ……〉
後から考えると、セリア君がたいして練習もしないのに野球が上手な根拠なんてどこにも無かったのだけど、いじけた僕は勝手にそんな風に考えていたんだ。
それから僕は運動神経が悪いからだとか、ずんぐりしているからだとか、自分が下手くそな理由を一通りあぶりだして、最後は「仕方がないよな…」という事で、僕の「脳内会議」は終了した。
そしていよいよ僕は眠くなった。
だから自分の脳みそに「おやすみ」と言って、僕は眠る事にした。
何だか僕はほっとした気分になった。
それから僕はじっと目をつぶって何も考えなかった。
だけどその時、開けた窓の方角から、かすかな声が聞こえてきたんだ。
「ダイスケクン」
僕は夢か現実か、訳が分からなくなっていたのだろうと思った。多分このまま眠りに落ちていくのだろうとも思っていた。
でもやっぱり声が聞こえた。もう少しはっきり。
「ダイスケ君」
それにどうやらセリア君の声だ。
僕は起きて行かなきゃと思った。だけどもう眠かった。
それに僕の部屋は二階にある。
いくらセリア君の背が高いからといったって、二階の窓まで背が届く訳が…でも僕がごちゃごちゃ変な事を考えて、なかなか出て行かないものだから、とうとうセリア君の大声が僕の部屋に響いた。
「ダイスケ君!!」
僕はベッドから飛び起きた。
そして窓の所へ行き、網戸を開けるとやっぱりセリア君らしい人影が…
それで僕は、その人影に向かってひそひそとこう言った。
「何だい、こんな夜中に大声」
僕が窓の外をよく見ると、そこにはのっぽのセリア君のシルエットがあり、その後ろには満月から少し欠けた、酔っ払ったような赤い月が東の空低く昇っていた。
そのシルエットから、セリア君の申し訳なさそうな声がした。
「ごめん。もう寝ていた?」
「いや、いいよ。全然大丈夫。でもどうして今ごろ。それにどうやってこんなとこまで登って来たの?」
そのとき僕は、セリア君がどうやってここまで登って来て、何を言いたかったのか、見当もつかなかったのだけど、セリア君は突然、意外な事を言い出した。
「君を…、迎えに来たんだ」
「え?」
「いっしょに来てくれるだろう?」
「一体どこへ?」
「プロ野球の球団事務所!」
「何だって?」
「プロ野球選手になりたいって、言っていたじゃないか!」
「でも、そんなの無理だよ」
「無理じゃないよ」
「どうして?」
「君は、本当は凄いバッターなんだぜ!」
「凄いバッター? だけど僕のバッティングはオープンスタンスで、しかも守備はバッタ…」
「バッタの守備の事はさておいてさ。君は今日『運命を変える大ファウル』を打っただろう?」
「運命を変える?」
「自分に自信を持てよ!」
「自信?」
「対左ピッチャーのスペシャリストだろう? そういうの、とても貴重なんだぜ!」
「本当?」
「良かったら監督に話してみるけど」
「どこのチームの?」
「アルファセンタウリAの第三惑星さ」
「アルフ…」
「そこはオーラム星で、その星のプロ野球チームなんだ」