僕のバッティングを披露
セリア君のドンの衝撃に押された勢いで僕は歩き始め、とことことベンチ前まで行くと、ストレッチをしたりして、それから待ち構えていたバナナ監督はにやりと笑ってから僕にバットのような物体を手渡した。
その物体を持って僕は何度か素振りをした。その物体は、地球のバットとはずいぶん形は違っていたけれど、「これはバットだ(きりっ)」っていうオーラが十分に感じられた。そして僕は張り切っていた。
しばらくすると新人の入団テストだと察した他の選手たちも集まり、何人かは守備についてくれ、残りの選手は興味津々に僕を見守った。
だけどがぜん注目を集めた、張り切っていた僕は、突然不安に襲われてしまった。
それからセリア君の御指名で、若手の左ピッチャーがマウンドで投球練習を始めた。
そのピッチャーは僕みたいにずんぐりしていて丸い顔だった。だけどその丸い顔を真っ赤にしながら、やけに速い球を投げ始めた。
それはどこかの惑星の、補欠の左ピッチャーの球とは大違いだ。それを見た僕は、ますます不安になった。
〈本当に僕は、セリア君が地球で言っていたように「本当は凄いバッター」なのだろうか? 本当は「やっぱり大した事ないバッター」だったらどうしよう。困った困った…〉
バット(のような物体)を持つ手が震え始めた。
僕は半ばパニックになって、いじいじとそんな事を考え始めていたんだ。
だけど冷静に考えてみると、ごちゃごちゃ考えても仕方がないという事に気が付いた。
だって「本当は大した事ないバッター」なら、地球の監督に怒られた時みたいにそれを受け入れるしかない。そして、カシの木の散歩道をのろのろと歩いて家へ帰ったように、今度はアクエリアスで地球へ帰れば良い。
〈でも地球へ帰る前に、一週間くらいはこの星の観光旅行に行きたいな。「この星のエベレスト」がいい。そんなのがあればだけど。アクエリアスなら簡単に行けるのでは?〉
ともかく僕がそんなふうに心の整理をすると、いつしか〈やるだけやってみようじゃないか!〉という勇気がぼこぼこと湧いた。
〈どうせダメ元だ。大ファウルでも何でも、打ってやる!〉
そういういきさつを経て、僕は思い切り吹っ切れた気持ちでバット(のような細長い物体)を抱え、打席に向かう事が出来たんだ。
それから僕は「よろしくおねがいしま~す!」と、元気に挨拶して打席に立った。
「さあ来い!」
守備についた選手たちの声がグラウンドに響いた。
そして僕はホームベースの位置を確認する為に足元を見た。
すると何故かホームベースが「お星様」の形だった。
だけどここの野球ではそうなのだろうと、そのときは深く考ず、僕は打席で構えた。
それから「内角来い。内角来い」と、今度はそう念仏をとなえながら、僕は投球を待った。
でも「子供」ばかりの惑星とはいえ、さすがにプロの投手だ。打席で見ると凄く速い球だった。
それで僕はまたまた不安になりそうだったけれど、「ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元ダメ元…」と、再び自分に延々と言い聞かせて、それから冷静にその「いい球」を打席でじっくりと観察した。
そして何球目だったか、僕が待ちに待ったその内角球が来た。
それで僕は〈やった!〉と思ってその内角球を打った。
ばこぉ~~~ん!
十分な手応えだった。
ボールを見るとレフトへぐんぐん伸びていた。
だけどこれは、何だかやけに見覚えのある光景でもあった。僕の記憶によると、この後ボールはどんどん左に切れていく予定だったのだ。
これは地球での「何とかの大ファウル」を、デジャブみたく正確にリプレー検証するような打球だったんだ。
とにかく僕は一瞬にして奈落の底に叩き落とされた気分だった。
いずれにしても僕は、地球ばかりではなく、この惑星でさえも、「本当は、たいした事ないバッター」である事が明確に判明したのである!
だけど打った瞬間にファウルになると、どうして分かったかって? そんなもん野球を何年もやっていれば分かる!
それはともかく、僕は地球の監督さんが宇宙一偉い気がしてきた。何たって僕が他の惑星でも大ファウルを打つ事を予言していたのだから。
(あんなオープンスタンスで打ったらどこで打ってもファウルになるのは当たり前だのクラッカー…)
それで僕は、最初は絶望的だったけれど、でも途中からまた吹っ切れた気持ちになり、この惑星のエベレストを想像した。〈アクエリアスから綺麗な雪山でも見て地球へ帰ろう…〉
そうは思ったけれど、僕は未練がましく打球の行方を追った。「万が一」という事もあるし。
ところでボールはまだ空中にあった。そしてそのまま順調に飛行を続け、どういう訳かレフトのポールを巻いて外野フェンスの向こうに消えた。
(どうして??)
僕は自分の目を疑った。
これは間違いなく、その「万が一」じゃん!
「ナイスホームラン!」
それからバナナ監督が声をあげた。
信じられない事にその「何とかの大ファウル」が、この惑星では「ホームラン」だったんだ。
だけど僕は直感的に〈もしかしてグラウンドに何か秘密があるのでは?〉という疑問を持ち、辺りを見渡した。
すると左右のファウルラインがやけに広い。
九十度より広いのだ。
それに内野を見ると一塁、二塁、三塁、四塁! とベースがある。
そういえばホームベースがお星様だった。
ただし天辺はキャッチャーの方を向いていた。つまり内野の「ダイヤモンド」が正五角形だったということ。
そのとき僕はセリア君が(本当は凄いバッター)だと言った理由が分かった。
この惑星ではフェアゾーンが広いので、僕の内角打ちはホームランになる!
地球の野球だとフェアゾーンは九十度だけど、この惑星ではそれが百八度だから。
〈にゃるほどそういう事か!〉
そういう訳で、それから僕は気分良くポかンポかンと打った。
(パジャマの袖が少しじゃまだったけれど…)
そしてグラウンドには「ナイスバッティング」という声が何度も響いた。
とにかく僕は、本当に「本当に凄いバッター」だったようだ。この惑星限定だけど。
そんな僕を見ながら、セリア君とバナナ監督は何やら話をしていた。
バナナ監督はにこにこしていた。
「最終的には球団の偉い人たちが決める事だけど、君の入団はほぼ間違いないからね」
ご機嫌なバナナ監督を第二球場に残し、僕とセリア君はそこからさらに奥へと続く小道を歩きながら話をしていた。
「だけど、球団の偉い人たちが豪快に、ばっさりとダメ出ししたら?」
「あ、でも僕、その偉い人の一人だから」
「セリア君ってそんなに偉かったの?」
「いいからいいから」
「まあいいよ。ところでさあ、最初にバナナ監督に言っていたサボテンリーグって?」
「独立リーグだ」
「じゃ、例の『左ピッチャー』って?」
「例の左? ああ、大犬シリウスのエースさ」
「そのピッチャー、セリア君より凄いの?」
「うーん。微妙…、かなぁ」
「それは物凄いピッチャーだね!」
「どうだろうね。そんな事より選手寮へ案内する。入団は確実だし、いろいろする事もあるだろうし」
「でも僕、バッティングでフルパワー出したから、とても腹へった!」
「そういえば朝飯まだだったね」
それで選手寮へ向かう途中、球団の食堂へ寄り、僕らは朝飯に昼飯を食べた。
(セリア君はハンバーグカレー、僕は大盛りかつカレー)
そして食堂を出て少し歩くと本球場があった。
黄金の屋根を持ったドーム球場だ。
凄い球場なんだけど、見ようによっては巨大なだんご虫が丸まっているようでおかしくて、僕はけげんな顔のセリア君をよそに、一人で笑い転げてしまった。
それはさておき、そこを通り抜けると選手寮があった。
寮に着くと、セリア君は僕を寮にいた人たちに紹介してくれた。
それから部屋に案内され、管理人にエアコンの使い方とかいろいろと説明を受けた。
地球の僕の部屋にはエアコンが無かったので、これには感激だった!
だけど僕がエアコンに痛く感激していると、突然セリア君が、
〈明日は街で買い物や市役所で転入の手続きをしろ。手続きは窓口で「プロキオンズ新人選手のダイスケです。寮に住んでいます」と言えば十分。それと、出かけるときはパジャマで構わないが、スパイクはやめておけ。スニーカーにしろ。自分は今から国家事業がなんたらかんたらでとても忙しいので付いていってやれないから全部自分でやれ!〉というような意味の事をまくしたててから、さささっと商店街と市役所の地図をとても乱暴に書くと僕に渡し、それから、「そうそうお金お金」と言って僕に幾らかのお金を手渡すと、コメット250であっという間に黄金マンションへと風のように帰っていった。
出て行く直前、「君の入団はあさって正式に決まるから」と言い残した。
つづく




