運命を変える大ファウル
小学校六年生の頃、僕はばりばり野球に夢中だった。だからこの話は野球の事から始まる。
それは七月二十日。
一学期の終業式で学校は午前中で終わり、午後からは野球の練習試合があった。
それで、学校から帰った僕は昼ご飯を食べるとユニフォームに着替え、野球の道具を持ってグラウンドへと歩いた。
といっても、歩いたのには深い理由があった訳じゃない。
自転車で行く程の距離ではなかったという事もあるし、お父さんが歩くのは健康にいいと言う事もあったんだ。
それで、僕の家から少し歩くと公園があった。
そこにはカシの木の生えた涼しげな散歩コースがあり、僕はそこを歩くのが好きだった。クワガタを捕まえるのにも丁度いい場所だ。そしてその散歩コースを少し歩くとグラウンドがあった。
僕がフェンスの隙間から中に入ると、そこには強い日差しが照り付け、すでに何人かの子が来ていて、ランニングなんかをやっていた。
見上げると気持ちのいい真夏の青空。セミが鳴き、遠くの空には入道雲が見えていた。
そしてその日、僕にとって画期的な出来事があった。
僕はその試合で大ファウルを打ったんだ!
僕の名前は鈴木大介。
その時の僕は小学六年生だったけれど、少年野球チームではおもいきり補欠だった。
僕はあまり背が高くなかったし、ずんぐりしていたし、足も遅かったし、その上守備がとても下手だった。あと顔が丸いのだけれど、それはあまり関係ない。
とにかく、僕の守備が下手くそだという事は、チームのみんなの間ではばりばりの常識だった。
だけど…、それでも僕はプロ野球選手になりたかった。
これはバッチリ矛盾しているようだけど、僕はそうとは限らないと思っていた。
僕には一つだけ得意な事があったからだ。
それはバッティング。特に左ピッチャーが…
で、その理由は僕のお父さんと関係ある。
お父さんは時々、バッティングピッチャーをやってくれたのだけど、お父さんは左利きだ。それで僕は、小さい頃から左ピッチャーにばっちり慣れていた。
ともかくそういう特別な事情で僕は、チームでは、「対左ピッチャーのスペシャリスト」として活躍するという、思い切り変わった補欠だったんだ。
ちなみに僕は右バッターだ。
いずれにしても自分としては、バッティングにだけは自信があるつもりだった。
さて、それからグラウンドにみんなが集まり、監督も来て、で、試合前の守備練習なんかも始まった。
もちろん僕もノックを受けた。
僕も〈今日こそは!〉と張り切ってノックを受けたんだ。
だけど残念ながら、デジャブのようないつもどおりの「とても下手くそ」だった。
それで僕は、いつもどおりのベンチスタート(補欠)のようだった。
そして試合が始まり、僕らのチームの先発はエースのセリア君だった。だからお約束どおり、その試合は楽勝の展開となった。
セリア君というのは少し前に僕らのチームに入った子だ。
それは梅雨の初め頃のある日の事。
その日、グラウンドがじめじめしていて、その上急に雨が降り出した。それで僕らは練習を中断してグラウンドの端っこに集まり、長く伸びたカシの木の枝で雨宿りをしていた。
そしたらどこからともなく現れたセリア君は、僕のお気に入りの、例の散歩コースをすたすたと歩いて来て、それから「ひょろり」という感じでフェンスの隙間からグラウンドへ入って来た。
どうして「ひょろり」という感じで入って来たかというと、セリア君は僕と違いとても背が高く、その上スリムだったからだ。
それにセリア君は、日本人離れしているというか、かと言って外国人みたいな風でもなく、何とも表現のしようのない不思議な雰囲気の子だった。
それに僕らが見た事もないような野球帽をかぶり、おしゃれなメガネを掛け、そしてガムを噛んでいた。
だから僕はセリア君の事を、〈ちょっとキザな奴〉と、最初は思った。
それからセリア君は僕らに近づくと、帽子を取って律儀な感じに「こんにちはぁ♫」と言ってにこりとしてから、「ええとぉ、監督はどの人ですか?」と、たまたま近くにいた僕にきいたので教えてあげると、今度はにこにこしながら監督に歩み寄り、また帽子を取ってぺこりとすると、何やら話を始めた。
それで僕も監督に近寄り、興味津々でその話を聞いた。
で、その話によると最近どこからか引っ越して来たらしい。それと、ピッチャーをやるらしかった。
実はその頃、僕らのチームのエースは怪我をしていたんだ。
だから監督にとっては、願ってもないような話だった。
こういうの、渡りに船ともいうんだ。
それで、しばらく話してから雨も上がり、セリア君は実際に投げるところを見せてくれた。
右投げで、柔らかくてダイナミックなフォームだった。
長い腕を上手に使い、とても伸びのあるストレートを投げた。それは六年生のレギュラーキャッチャーが、恐々と受ける程の凄い球だった。
みんな息を飲んだ。
「あいつは宇宙人だんべぇ!」なんて言う子もいた。
もちろん監督は、速攻でセリア君をチームに入れる事にした。
それにしても監督は、セリア君の投げる球を見てよほど興奮していたのだと思う。セリア君が何年生で、どこの小学校かという事さえも、訊き忘れていたのだから。
それから、最初に話をした縁というか成り行きというか、いつのまにか僕はセリア君の「世話役」みたいな感じになって、それでチームのみんなの名前やら、練習時間やらをセリア君に教えてあげた。
そうしているうちに、僕とセリア君はどんどん仲良しになった。
じっくり話してみると、セリア君は少しもキザではなかった。優しくて頭が良くて、それに何といっても僕とセリア君は気が合ったのだと思う。
何故だか分らないけれど…
それで、セリア君と出会った話はそのくらいにして、僕が大ファウルを打った試合の話の続きだ。