第8話
阿鼻叫喚
それがこの町を言い表すのに最適と言える。家は燃え、破壊され、舗装されていたであろう道は所々抉れており、かつて人間だったであろう肉片が飛び散っている。
そして、そんな街のトップはというと.........
「やはりお前が一番いい。」
「アッ!♡う、うれしい、です......とても光栄です。殿下」
その光景はまさに猿のそれに等しい。
己の本能のまま腰を振る猿。外で起きている事態などこいつらは知る由もないだろう
(俺の知っているティアは死んだ。いや、自分の記憶を疑うレベルまで堕ちている。救う価値なしだ。)
ナーユは冷徹に評価を下す。そして、発動していた探索の魔法を解除する
「ね、ねぇ。大丈夫?」
隣にいるユグドラシルがナーユに尋ねる。その声は微かに震えている
「あぁ、大丈夫だ。少しゴミ掃除をしてくる。腐敗した大きなゴミをな」
そういって、ナーユは屋敷へと向かうべく歩み始める。しかし.......
「待って!」
それを止めるようにユグドラシルはナーユに抱き着く
「な、何のつもりだ?」
「大丈夫なんかじゃない!ほんとに大丈夫なら。私の旦那様はそんな顔をしない!」
「............」
その言葉にナーユは目を背ける
「否定できないでしょ!?だって、あなたの心、今はぐちゃぐちゃしてる!」
「何を言って........ッ!?」
そこから先の言葉は言えない。言わせない。言わせてもらえない。
ユグドラシルの唇が『これ以上は言わせない』というようにナーユの口を塞ぐ
「私はあなたを愛している。その心は絶対に変わらない。あの日、私をあの忌々しい封印から解放するためにダンジョン攻略を始めた時からあなたは私の英雄なの」
「ッ!..............あぁ」
小さく。短く。それでもその言葉に反応を返す。
先ほどまでの禍々しい、周囲の空間が悲鳴を上げるほど放出されていた魔力は消える。
「少し.....迷惑をかけてしまったな」
「ほんとよ!この貸しは高くつくわよ」
「お手柔らかに頼む」
「やることやって、しっかり帰ってきて。そして、今度は旦那様からしてちょうだい。それで勘弁してあげるわ!」
仁王立ちでナーユへ指をさし、面と向かってそう告げる。その顔は今にも火が出そうなほど赤く、熱くなっていた。
「恥ずかしいなら言うなよ.......まったく。了解した」
「うん♪」
♠ ♤ ♠ ♤ ♠ ♤ ♠ ♤
「聞いたよ、なんの攻撃性を持たないゴミ属性らしいじゃないか」
それは、あのダンジョンに投獄される前の出来事。
鉄格子の向こうから聞きなじみのある声が聞こえてくる。その声の元へ顔を向けると余程気分がいいのか生まれて十数年見たこともない程のいい笑顔をした腹違いの弟がたっていた
「なんだ......うれしそうだな。何かいいことでもあったか?」
これは精一杯の皮肉だ。
「フンッ。いい気味だ。あの神童も得た属性がゴミじゃあその膨大な魔力も形無しだね。その魔力私の実験に有効活用してあげようか?そうすればあのダンジョンに投獄されることはないよ。まぁ、私の実験材料になるんだ。とことん使いつぶしてあげるからどちらにせよ地獄なんだろうけどね」
そういって下品な高笑いをする
「実験だと?」
思わず眉間に力が入る
「モルモットになれって言ってるんだよ。」
「ハッ!寝言は寝て言え」
そういって、唾を飛ばす
「........はぁ、所詮ゴミはゴミか。じゃあね、地獄でこの選択を間違えたことを後悔しなよ」
・・・・・・・・
ドンドンドンッ!!
「お嬢様!申し訳ございません。至急お伝えせねばならないことがあります!」
扉の向こうで衛兵が何か騒いでいる。しかし、この男に今はそんなこと気にしている余裕はない
「あ、殿下......こ、声が聞こえてしまいます」
「いいじゃないか。聞かせてあげようじゃないか。どうせ私たちの逢瀬を邪魔する愚か者だ。後ほど処刑するのだから構うまい」
「ひゃ、ひゃい♥........殿下」
そういって、何事もなかったように再び盛りだす二人
「はぁ........俺も少し前までこいつらと同じ種族だったことが悍ましくなってきた」
そういって、ドアを思い切り蹴る。その衝撃でドアの蝶番は破壊され、空中を直線を描くように飛ぶ
「な、何事だ!?」
突然の出来事に殿下と呼ばれた男........すなわちナーユの元弟は音の発信源に視線を向ける
「アルベーユ。久しいな。実に6年ぶりといったところか。それにティアも。久しぶり」
「「?...........ッ!?」」
一瞬『誰だこいつ』という視線を向けるが少し遅れてそれが誰か理解する。そこで、二人の反応は分かれる
「お、お前は.......死んだはず。それに、その姿!?......いや、そんなことより今更亡霊が何をしに来た!」
「い、いやッ!違うの........わ、私は?!」
方や俺の生存と姿に驚き、もう片方は何かを否定しようとしている。
「ハハハッ!何をそんなに驚いてるんだよ。それにお前ら猿かよ。こんな真昼間から盛りやがって」
それを見てあざ笑う
「さ、さる?」
「あぁ、この世界の生き物で例えるなら........差し詰めゴブリンだな!お前ら本当に最高のエンターテイナーだぜ。アッ!そういえばお前成人の儀迎えたんだろ?属性は何になった?」
まくしたてるようにアルベーユへ問いかける
「ふ、フンッ!そんなことを聞くためにわざわざ死界から舞い戻ってきたのか。本当に救えないな。いいだろう冥途の土産だ。私は光属性(SS)と風。火がともに(A)だ。」
「...........」
「どうだ、悔しいか?貴様が欲してやまない最高クラスの属性魔法だ。貴様は出来損ないだが。私はそうではない。私は神に愛された存在なんだ!」
滑稽。それが今のアルベーユの言葉を聞いたナーユの気持ちだった。何故ならナーユはその神様の使徒なのだから
「だったら、やってみろよ。そのご自慢の属性魔法で俺を今一度殺してみろ」
聖剣をアルベーユへ向け言い放つ。
そして、戦いの火蓋は開かれた。