第7話
二人は気が付くと木々が鬱蒼と生い茂る森の中にいた。
「ここがダンジョンの外......久しぶりだぁ~~!!」
「ここは....どこだ?」
数百年の時をダンジョンに封印されていたユグドラシルは久々の外の世界に心を躍らせ、一方でナーユは現状の位置を把握するため50階層の超面倒くさい迷路から得た経験で考案した探索魔法で周囲を探る。その距離ナーユを中心に半径約53km
「あぁ、この森ってアベスティア王国に隣接する魔物が蔓延る魔の森だな」
「え?わかるの?」
「見覚えのある形の都市があった。確かだろう」
・・・・・・・・・
10歩歩けば確実に魔物とエンカウントする魔の森をわざわざ真面目に歩くのも面倒なので飛行魔法を使用し、空を駆けることにした
空の旅をすること約1時間。空中を移動する姿を見られて騒ぎになるのだけは避けたかったので少し離れた人気のない所に着陸する
「ここからは歩きにしよう。ある程度まで騒ぎは避けたい」
「どうして?滅ぼすんじゃないの?」
首をこてんと傾げ、純粋な目でナーユに問いかける
「どうせするならまずは頂点から切り崩したい。これは完全な私情だから気に食わないならここからでもいいんだが........」
「............いいよ。ナーユのやりたいようにやっちゃいなよ」
そう言うとユグドラシルは両手をナーユの左腕に巻き付け密着する
「私は君の歩む道を共に歩こうじゃないか」
そう語るユグドラシルの表情は恍惚としていた。
・・・・・・・・・
「おい!止まれそこの者らよ!」
「身分証を呈示せよ。なければ銀貨3枚を払え!」
槍を持った二人の衛兵がユグドラシルとナーユの行く手を阻む
「え?銀貨?」
(やっべぇ~交通量とか取るのかよ......)
「なんだ?払えないのか?」
「だったら、そこの女を一晩貸せよ。それでチャラにしてやる」
ぐへへへッ!と品のない笑い方をする。ナーユは自分の中でスゥーっと何かが引いていくのを感じる
「あぁ、銀貨ですね。えぇっと.....あ!あったあったはい銀貨」
そういって衛兵に渡したのは石ころだった。
「はぁ!?お前俺たちをバカにしているだろ!」
と、当然の反応が返ってくる。そして槍構え戦闘態勢に入る
「あたりまえじゃない。あんなバカみたいな嘘通じるわけないわ」
隣ではユグドラシルすらもあきれ顔をしている
「まぁ、まぁ..........惑わせ『認識操作』」
小さく呟く
「よく見てくださいよ、それ金貨じゃないですか。ホラァー」
「また、訳の分からないことを.........」
そう言ってユグドラシルはあきれ顔をする。衛兵も話を聞く必要なしと槍を構えるがナーユがあまりにも見るように促すのでもう一度確認すると確かにそこには金貨が握られていた
「あ、あれ?さっきまで小石じゃ......」
「そんなわけないじゃないですかぁ~」
アハハと笑いながらその場をあとにした
・・・・・・・・・・・
「それで、あの衛兵さんたちになにをしたのかしら?」
「え?何って?」
「とぼけないで。衛兵には金貨に見えたみたいだけど私にはアレはただの石ころに見えたわ」
そう言いながら愉快そうに笑う。
そう、確かに衛兵に渡したものは道端に落ちているそこら辺の石ころだ。ならなんであの門を通ることが出来たのか。それは.....
「精神操作魔法.....『認識交換』だ」
その効果は任意の相手に対して、対象の存在を他の何かと入れ替える魔法だ。
つまり、あの衛兵二人には石ころが金貨に金貨は石ころに見えるわけだ。想像しただけで笑いが止まらない
「まぁ、とっても悪い顔」
「当然だ。俺は人種を滅ぼす魔王なんだから。それにどうせすぐ金貨に価値なんかなくなる」
だって滅びるんだからと言葉を付け加える
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ナーユとユグドラシルが訪れたのはこの町で一番大きないわゆる屋敷と言われる建物。そこに住まうは世界有数の実力者と名高いヴェリアルイン伯爵。
そして、今回ナーユの目的はその娘アーナーティアである。
彼女もまたヴェリアルイン伯爵の地を色濃く継いだ猛者である。この国の『強者こそ正義』ということもあって彼女とは幼い頃に婚約者となった。
それもあって、昔からよく彼女と一緒にいた。そして、彼女はこの国の王子にではなく、俺自身にその身と心を捧げると、そう誓ってくれた。
そして今。もし、あの頃のままなら、王子ではなくなってしまったけれど。それでも彼女だけは......
そんな期待を胸に抱きながらナーユは屋敷の衛兵に尋ねる。
「すまない、ティアに会いたいのだが」
「はぁ?どこのだれか知らんが貴様のような平民にお嬢様がお会いするはずがないだろう。それに今お嬢様はご多忙の最中でこの屋敷にはいない。とっととこの場を去れ!下郎が」
そういうと威嚇するようにこちらへ持っている槍を構える。
「..........そうか。」
少し考えたのち来た道を引き返す
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ように見せかけて衛兵に見つからない場所まで移動する。
「ここなら見つからないだろう」
周囲を確認しつつ、探索の魔法を発動する
「ねぇ、旦那様はその女の子のことが好きなの?」
「え?」
探索の魔法によって脳内に溢れる無数の人の魔力と空間の情報に集中していると背後から思わぬ問いが飛んでくる。突然の問いに発動させた探索魔法が中止される
「だってそうじゃない。あなたがそうまでしてその女に会いたいんでしょ?嫁の前で堂々と浮気?」
そういうとムスッと顔を膨らませ禍々しい魔力が体外に放出され始める。
「ちょっ、待った待った!そもそも俺シルさんと結婚した覚えないんですけど.......」
「そんなッ!ひどい!あんなに濃厚なキッスをしておいて今更そんなことをいうだなんて」
目端にうっすらと涙を浮かべる。そして、そこから発せられる言葉にナーユは謎のダメージを受けるのだった。
「ま、まぁ。それについては追々話そう。今はティアだ。」
そういって再度探索の魔法を発動させる。しばらくして一つの部屋に覚えのある魔力が二つ引っかかった
「いた。ティアだ。それと.......この魔力」
「ッ!?」
その瞬間、ユグドラシルはナーユから距離をとる。そして、ナーユから発せられる魔力に気圧され、手が震える
「作戦変更だ。今ここから始めよう」
「え........」
「まずはこの都市から陥落する」
静かに発せられたその声には、一般人なら聞いた瞬間卒倒するレベルの魔力が乗っていた。
「えぇ、私はあなたに着いて行くわ。.......どこまでもね」
「..............ありがとう」
小さく一言。そう呟くとナーユは怒りによって無意識にも出していた魔力を今度は意識して体外に放出し、体に纏わせる。そして、何もない空間に手を伸ばし歪を発生させる
「出ろ、お前たち。出番だぞ」
その号令に呼応するように続々と歪から魔物があふれ出す。
「魔物進行の始まりだ!」
魔物は一般市民のいる町へと進行を始める。
突然町中に現れた魔物に人はパニックを起こし、逃げ惑う。衛兵は町民を守るでも、魔物に攻撃するでもなく、いの一番に逃走する。
「所詮この程度か。哀れだな」
そう呟くナーユの目には光はなく、その光景を嘲笑する
「ここから始まるのね。ここから......私たちの復讐が」
「一か月だ。その間にこの国を復興不可能レベルまで追い込む」
「あら?根絶やしにはしないの?」
その言葉にナーユはユグドラシルを一瞥して答える
「簡単に絶滅してもらっては困る。最後の最後まで希望をもって抗う人間を俺がへし折って殺すんだ。最凶の魔王になるならそれくらいやらないとな」
「..........」
その言葉を聞き、ユグドラシルは否定するでも肯定するでもなく、ただただナーユに寄り添うのだった。