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七月一日金曜日 ③

「は?雑用してくれ?」

「面倒なんですよねぇ・・・」


 放課後。ミイカの部活が終わるまで、ダンス部についての情報でも探そうと図書館で学校新聞を読んでた俺へ、鈴街カオリは気だるげそうにお願いしてきた。

 ・・本を片手で開きながら言うそれは、お願いする態度じゃないと思うんですが?


 静かな怒りを燃やす目先の存在に興味がないというようにページを捲り、気力のないフニャフニャな猫耳をぺたんと伏せたまま彼女は言葉を・・。いや、脅迫を紡いだ。


「前、テスト範囲の要復習範囲教えてあげたよねぇ・・。もう教えてあげないよぉ?」

「・・・」


 思いっきり嫌な顔をすれば、気だるげであることには変わりないが彼女はニヤリと嫌に笑う。

 意地が悪い。

 それを言われれば、こっちが絶対にノーと言えないことをわかってやってやがる。

 ・・・しかしながらどんなに突っ張って嫌だと言いたくても、テストの点数を犠牲にしたくはなく、その要求を飲む以外に選択肢がないのだからもう潔く、そうするほかあるまい。


「わかった。わかった。時間あるしやってやるよ」

「物わかりがいい人は嫌いじゃないよぉ」


「で、何やればいいんだ」

「空き教室の掃除道具入れに、掃除道具が残ってないか確認して欲しいの」

「なにそれ」

鬼山(おにやま)小弐地(おにじ)先生、知ってるぅ?鬼の獣人の先生。あの人、結構大雑把な人だから五階の空き教室に一本ぐらい回収し忘れありそうなんだって。それの確認頼まれた、ってこと。頼むねぇ」


「わかったけど。なんか、中抜きするために使う仲介業者の様な利用のされ方されてる気がする」

「これで私はぁ、先生から信頼と好感度を稼げて君は私から勉強を教えてもらえる。うん、じつにうぃんうぃん。ほら、いったいったぁ」

 彼女の黒の瞳は眼鏡越しの活字を追うのに忙しいようで、俺を見もせず手を払うジェスチャーで話は打ち切られた。

 □□□□

「ここも、何もなし、と」

 放課後であり、空き教室しかない五階に人の影はない。まだまだ赤くもない明るい夕焼けが窓ごしに明るさを提供していた。

 その明るさ満ちる廊下を歩いて、教室の中に入っては掃除道具入れの空っぽを確認し、次の教室、次の教室と足を進めていく。


 なんとなく、窓から見えるビルが聳え立つ風景を見た。

 通りを車が走り、空を龍と飛行機が飛んでいって、その二度目の世界の風景を見て・・不安が積もり始める。

 考えるだけ無駄な不安だ、どうしたってその不安を解決することはできないし、どうしたってそれを誰かに話すこともできない。それでも膨れ上がる不安にため息を吐き、ぼやく。

「俺、今最善を取れているのかな」


 同じ世界を見るのは、これまで幾度もあってこれが初めてではない。


 しかし、だけれども、この不安は拭えたことはない。

 誰かが同じ行動しているのを見るたびに、今行っている行動が最善なのかわからなくなる。

「死にたくない。月姫に殺されたくない」


 最善でなければ、最適解を引けなければおのずと死ぬ回数は増える。

 いつもの月姫雪菜に殺される。

 日常を過ごす存在が、急に理解できない冷酷で純粋な殺意を持って無慈悲な殺人鬼になる。


 それが恐怖を作り出し、トラウマを心身に刻んで、月姫を恐怖の対象にゆっくりと仕立て上げていくのだ。


 それが嫌だった。


 我ながらおかしい話だが、月姫雪菜を自分は恐れたくないのだ。

 この高校生生活を終えれば関係が終わるのだから、彼女の目からしたら、これまで身バレを防いできたおかげで、自分は殺意の対象ではない。だから、自分も彼女に恐怖を覚えたくない。


 お互い、ただの脇役の幼馴染という平凡な役柄で認識を終わらせたいのだ。


 なんとも言えないわだかまりを吹き飛ばすように、次の扉を乱暴に力強く開いて・・


「え?」

「・・・え?」


 ズレたタイミング、違う声、同じ混乱の言葉それらがその二人の間で交換される。


 目を疑った。


 黒いゴシック調の赤いレースが散りばめられたドレスを着ようとしている下着姿の月姫雪菜がそこに、いたから。


 窓から差し込む光が彼女を照らす。柔らかな四肢に、程よい肉付きのあるその体は色気と淫靡、健康美と美しさを兼ね備えていた。



「・・・変態?」

 着替えを急に見られて困惑してるのか、キョトンとする月姫からあまりにも真っ当であまりにも誤解が過ぎて、社会的にやばい言葉がでてくる。


 え、俺・・物理的に殺されてるのに次は社会的に殺されるのか?

 ・・・いや、達観してる場合じゃないだろ!?


「ご、誤解だ!!」

「・・・?・・・何が?」


 ・・・・・・・あぁ!反論できねぇ!!

「とりあえず外に出て欲しい、かな?」

「わかった!!わかったから、社会的に殺すのだけはやめてください!!」

「????・・・わかった?」


 不思議そうに首を傾げた。納得してくれたのかそれともただ切羽詰まる気迫に押されたのかわからないが、それでもOKはいただけた。


 すぐさま、教室から飛び出て息を撫で下ろして・・・

「いぃいいいいい!!!月姫!月姫ちゃんはどこですのぉおお!?」


「ヒッ」

 魔獣のようなエグい遠吠えが近づいてるのに気づいた。

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