七月一日 金曜日 ②
「マナ、カラッカラ・・」
「カイ、お疲れ。」
体育館から帰ってきた教室で、水を飲みながらげっそりしているカイに声をかける。
初手でつまずき魔術という魔術を使っていない自分とあともう少しで失敗し続けていたカイ。そのマナ消費の差は目に見えて明らかだった。
それぐらいカイはぐったりしている。
「秘織、次の授業なんだっけ・・・」
「確か・・・論理魔語だったか?」
「その次は?」
「魔獣講座。5.6時間目は基礎武術と進路学習だったかな」
「あーね。この後の授業が、羊人の先生の授業とか終わってる」
「あの先生、声が変に綺麗だから聞いてたら眠くなるんだよね」
カイの愚痴に頷きと共感をしながら、自分も水を飲む。
「なぁ、カイ。」
「なんだ。」
「お前、魔法って使えるのか?」
「は?使えるわけねぇよ。魔法って数万人に一人しか使えなくて、尚且つ意味がある魔法はその三千人に一人だぞ。俺が使えるわけねぇだろ。」
そうなのだ。
魔法は世界に二つとない特別で固有なものであり、限られた存在だけが使える術。そのため使える人間は非常に少ない。
だからこそ、その『魔法』は幻想のようなあり得ない現象を現実にする力がある。
(・・死に戻りは、多分『魔法』だな。)
はっきりと断言はできないし確かめようもないのだが、やはりこの結論に落ち着く。
だが、不可解な点もある。
俺のマナ量は、魔術適性が低いからか一般人より少ないぐらいなのだ。
魔法を使える存在の中には、その魔法が大きく世界に干渉するあまり、当人のマナ量が足りなくて使えず宝の持ち腐れになる者もいる。
世界を巻き戻すなんて、そんな多きく干渉する魔法がこんなチンケなマナ量の俺に使えるのか?
「うん、わからんわやっぱり。」
「なんだ秘織、独り言はやめとけよ。」
なんだこいつという、怪訝な視線をもらいながら思考を放棄した。
ただの『魔法』ならともかく世界を巻き戻す『死に戻り』を可能にする『魔法』。そんなものが知られれば魔法、魔術を研究する特務機関の魔導院が黙っているわけがない。
モルモットになる気はしないし、害が発生するまではこの秘密を墓場まで持っていくことにしよう。
「はぁ〜い!現代魔語のお時間ですよ〜。お教科書を開いてくださいねぇ〜。」
そんなふうに思考にふけっていれば、頭に巻き角を生やしたおっとり系おねえさんみたいな羊人の亜人の先生がやって来る。
さぁ、マナ欠乏からくる眠気に耐えながら昼休みまで、がんばりますか。
□□□□□
「ひ、昼休みだぁあ」
「秘織ぃ~、学食行こうぜ」
眠気に耐えながら3時間目と4時間目をどうにかやり過ごし、大きなあくびをしながら学食へ続く学生の波に乗っていく。
昨日普通にバレそうになったし、というかもうすでに一回は見ているのだから、月姫のダンスレッスンは今日は見に行くのはやめよう。
さて、前回のこの日はカツ丼食べてたから、カレーでも食べようか。
長蛇の列に並んで、食券機に使うワンコインを手の中で弄り、これから食べる食事に思いを馳せ空腹をごまかす。
と、その時だった。スピーカーから流れる軽やかな音楽と共に元気で綺麗な声が耳に優しく響いた。
『毎度恒例、放送部からのお昼の放送始めるよ!。ゲストわぁ、そう!三年生という後輩どもの先輩☆。学園の三代目歌姫こと竜人系亜人ドラゴン娘のアカミちゃん、とー?』
『ち、中等部3年、鳥人族のハーピーのモミジです』
「あ、モミジってなんか聞き覚えあると思ったら・・なるほど、放送部の子だったのか」
「ん、知り合い?」
「後輩の友達」
「なる」
カイと雑談しながらコインを投入口の中に入れ、食券もらい配膳の列に並ぶ。
ガヤガヤとする食堂はいつもどおりで、そのガヤガヤな音の中からしっかり聞こえるお昼の放送もまたいつも通りだ。
『〜〜♪、っと。お送りしましたのはペンネーム『絶叫ビーバー』さんの指名曲、Click backでした〜☆。ではでは、歌唱コーナーの次は!お便り相談コーナーでーす!モミジちゃん、読み上げちゃってぇ!』
『はぅあ!?はい!』
『モミジちゃーん?気分という波に乗れてないよ〜☆。さぁさぁ!バンバン行ちゃってーな!』
『は、はい!えっと、ペンネーム『ユッケちゃん子』さんからのお便りです。『私は今年で、卒業の魔導系の生徒なんですが、冒険者になるか、魔導院に行くかで悩んでます。もしよかったら、あなたの意見を聞かせてください。』・・そうです』
「就職先ねぇ。まぁ、俺達冒険者志望の冒険系の奴らにはあんまり関係ないか」
「確かに」
カレーに匙を埋めて口に運びながら、カイの言葉に頷きを返す。
昔は理系、文系と区切りがあったらしいが今では少し違う。
魔獣に世界の半分を奪われた、獣人亜人たちの故郷である魔界を奪還する冒険者を目指す「冒険系」。
魔導院への就職を目指し魔術を開発し、魔法の原理を解き明かすのを目的とする「魔導系」。
学問を学び、世界の発展を目指す「学術系」。この3つに分けられる。
「秘織はいいよなぁ、人間で。大学で学を学んだら冒険者の後続勤務に分けられるのが決まってて。襲い来る魔獣に剣振って、槍で突いて。そんな命の取り合いしなくてすむんだから。」
「お前さぁ、たしかにそうだけど、その代わりこっちは一生死ぬまでデスクワークしなきゃならないんだぞ。確かに命のやり取りはないけど三十五で退職したら、ずっと国の年金で何もしなくても暮らせるお前も、こっちからしたら妬ましいからな。」
「あーぁ、嫌だ。隣の芝生は青いったら仕方ないね」
「お前が言い出したんだろ、肥料でも撒いてやろうか?」
「やめろよ。プラスチックの芝生に肥料撒いたって雑草が生い茂るだけだわ」
「お前の芝生、人工芝生なのかよ」
「代り映えしないベルトコンベアのような均一の人生なんでな」
「んな悲しいこと言うなや、座布団1枚」
「5枚よこせ」
「強欲が」
軽口の言い合いをしていればおのずと食事は消えていく。
『そうだねぇ?難しいよねぇわかるわー。ていうか私だって、まだ決まってないしねぇ。まぁ?私は竜人だし、種族的にも家系的にも戦闘力高いから冒険者かな?本人の気質にあったもの、後悔しないものを選ぶ!としか言えないかな。幸運を祈る☆。ということで、お昼の放送は終わり!みんなー、お食事とかだんらんとか楽しんでね!でわでわまったあしたー☆。』
『ま、また足tです。』
『・・・モミジちゃん噛んだ?』
『噛んでまひぇん!』
食堂を後にし、教室に戻る。
放課後・・ミイカとラーメン食べに行くまでは図書館にいるかなぁ。
何かしら他に、月姫のダンス部に関する情報が無いか調べとこうと、食後のぼんやりする頭で思いながら。
そしてその事は、放課後に起こった。
□□□□□
暑い。蒸し暑い。
当たり前だ。空き教室の道具が入っていない掃除道具入れという密封空間に人間二人がぶち込まれ、心臓が死ぬほど高鳴っているのだから。
なぜ心臓が高鳴るのか・・心臓が高鳴る理由は高校生の場合だと、だいたい3つに分かれる。
一、たくさん運動をして血液循環をとこ通りなく行うための生理現象。
二、恐怖に抗うためその恐怖を抱かせる存在と戦うためのウォーミングアップ。
三、異性と一緒にいることへの緊張から起こる実に初でチキンな現象。
この場合だと・・正解は、二だ。
「・・暑い。サウナみたい」
「そ、そうですか・・」
赤い目が鬱陶しそうに、手に絡む汗で湿った髪の毛を見ている。
服装は普段の学生服ではなく黒のドレスに少し赤いレースなどの意匠を兼ね備えた可憐な衣装だ。・・これをゴシックな衣装と服に詳しい人は言うのだろうか。
絹のような滑らかな黒髪の長髪と血のような深くて鮮やかな紅の瞳を持つ彼女の容姿、そしてそのドレスを可愛すぎない気品さで着こなすその姿は、宝石のような芸術品のような唯一無二の美しさを示していた。
それを、上代秘織はただ見るしかなくて、恐怖とか感嘆とかでもう、柔らかい何かが胸に押し付けられてるとかそんなラッキースケベイベントを享受する心の余裕は存在しなかった。
月姫雪菜と上代秘織は、訳あって現在、掃除道具入れに一緒に入ることになっている。
この言葉だけを区切って誰かに読ませたならば、もしくはラノベ狂いの先輩ならば、うわっラノベによくある恋愛フラグだぁあ!!と言われるかもしれないが、違う。どっちかというとこれはホラー映画の殺害フラグだ。
自分にはそうとしか思えない。いや絶対そうだろ!
怖い、普通に怖い。その細い腕で心臓を物理的にぶち抜かれると思うと、冷や汗と動悸が止まらない。
たぶん、このロッカーイベントの女の子に恐怖を感じているのはこの世界で自分だけだと断言できる。
さて、疑問に思っているだろう。なんでこうなっているのか?、と。それは、少し前まで遡る。