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六月三十日 木曜日

 結局、俺が月姫に対していつも思うのは、殺されたくないという気持ちのみでそれ以上もそれ以下でもない。

 だから、月姫には極力干渉しないようにしてきた。


 小学時代も中学時代もそうやってお互い、顔を知っている程度の仲であり続けた。


 大学に行けば、別々になればきっと関係は終わる。

 それまでの辛抱だと、これまでと同じようにあまり過度な干渉をせずに、高校時代も送ろうと思っていた。

 クラスも別だし、他のクラスメイトと同じで人間ではない。


 魔界から来た亜人でもない、人間のふりをする吸血鬼という化け物。

 なんでそんなふりをしているかも、何が理由で学校にいるのかも、どうして俺を殺すのかも聞いたって(ひら)くのは口ではなく、()くのは俺の頭蓋骨でしかないのだから、突き止めようとするだけ無駄だ。


 新学期が始まってからは何もなかった。周囲にあいつが吸血鬼だとバレることはなかった。


 だから、今回が高校生活始まっての初めての、吸血鬼バレ。


 そして初めて俺は、彼女が一生懸命に健気に、目標に向かって頑張る・・・普通の高校生らしくて、化け物ではない一面を見た。


「いち、に。いち、に」

 ステップを踏み、汗ばみながらも休むことなく動きを加速させる。

 くるりと回り、後ろに下がり、靴のグリップを捻らせる。

 パッパッパっとキレのある動きの連続は見てて、頭が真っ白になるほどに迫力があり、気づけば手を握り込んでしまう。


「ここで、キメぽーず」

 鈴の音のような小さな声。


 ちょっと誇らしげにしながら、ぴしっと指先を空へと向けた姿は、とても年相応の青春をおくる高校生らしくて。


 吸血鬼なんて言う化け物だとは、到底思えなかった。

 □□□□

 鈴街カオリに聞いて知ったことは、土日に月姫雪菜が所属するダンス部の大会があるということだった。


「なあ、カイ。ダンス部についてなんか知ってるか?」

「ん?なんだ?月姫のことでも気になるのか?」


「違うといえば嘘になるな。」

「ヒュー。人間同士が、惹かれ合うとはこりゃめでたいなぁ!」

「茶化すな」


 真面目に命の危機なんだよ、馬鹿野郎。


 学校。授業と授業の間の休み時間に、クラスメイトのカイと話す。

 カイ。サカギ・カイ。鬼族だ。


 鬼族とは、身体能力に優れ、もっとも人間の姿形に近い亜人の種族。

 容姿で人間と違うところといえば、角が生えている程度。


 同じクラスで仲が良いのは彼ぐらい・・なんだが、こいつは真面目なトーンで喋ってもこういう茶化す癖があるからいかんせん、腹が立つ。


 カイは手の中でパック牛乳を弄びながら、ニタニタした目つきでダンス部について教えてくれた。

「ダンス部って言うと土日に大会があるんだが、どうやら優勝候補として名が上がるぐらいには実力があるんだとさ。もしかしたら、無敗のアスクレピオス女学院のダンス部にも勝てるかもだとか・・・」

「それは・・・すごいな。うちの学校まだ歴史の浅い学校だろ?しかも、その学校確か・・・」

「あぁ、ヘビの獣人が集まる学校だ。亜人の生徒が体力オバケの獣人に試合で勝てるなんてすげぇよな」


 獣人と亜人。その2つは魔界からきた種族だが、全くの別物である。

 亜人は人間寄りで、獣人は獣より。

 つまりは、身体能力の差が大きい。

 亜人は、武器を使わなければ魔獣を討伐できないが、獣人は(種族にはよるが)武器防具なしで討伐できる。

 別に着れないわけでも、扱えないわけでもないのでスペック的には亜人は弱い側で、昔の魔界では地位が低い立場にあった・・・らしい。


 だが、今代の魔王が亜人ということ。

 獣人には出来ない人間との「契約」をすれば、戦闘能力が爆発的に上がるという発見もあり、今ではあまり地位の低さはなくなったと言う。人類が完全に淘汰されず保護されているのもそれが理由だ。


「一時期は、月姫がなんかやってるとか言う噂があったが、なんか検査で潔白が証明されたとかで、ちゃんと実力で行ってんだからすげぇよ。この学校、ワンダーランド学園もこれで名が広まるだろうねぇ」

「そうか」


「で、聞きたいことは聞けれたか?」

「大体わかったよ。ありがとなカイ」


「そうだ、もう一つその淡い恋心の応援で教えてやるよ。月姫は校舎裏で昼休みに練習してるとか・・・」

「茶化すなよ。・・・まぁ、ありがとう」

 最後の最後で、実りのある情報が手に入った。

 それで喜ぶと、また茶化されるので顔には出さないが。


「いいってことよ。そいッ」

 カイが後ろを向き、空のパックを後ろのゴミ箱に放り投げ、そして。


「しゃぁ!」

「おぉ、ナイスシュート」

 そのまま吸い込まれるように綺麗に、入った。

 □□□□

 日陰の校舎裏。


「ここで、キメぽーず」


 月姫雪菜は、ダンスの練習をする様子を俺は食い入るように見ていた。


 いや、目が話せなかったと言うべきか。

 放心していた。ギャップにびっくりしていた。


 ずっとずっと化け物だとしか思っていなかった。

 でも、たしかにそこにいるのは練習をするいち高校生。


 努力の跡が見れたダンスに、感動する自分がいた。


「・・・だれかいるの?」

 そのまま無意識に拍手をするところだったが、不意に向けられた言葉が己を現実に連れ戻し、我に返った。

(あっぶねぇッ!!?)

 急に振り向かれた視線からとっさに体を壁角に隠して、心のなかで叫ぶ。仲もあんまり良くないのに、覗き見してたんだぞ俺は旗から見たらヤバイ奴!


 絶対奇異な目で見られるし...疑われたら殺されるかもしれない。

 不安と恐怖が、興奮する脳に冷水を浴びせ凍えさせる。

 心臓がバクバク言ってる。怖い怖い怖い。


 吸血鬼だと自分が知っているのを悟られれば、命はない。

 どんな思考回路をしてるか、わからない相手に勘ぐられるのだけは、一番不味い。

 だって何が殺害動機になるか、わかったもんじゃないのだから。


 スーパーだろうがどこだろうが、あいつはお構いなしに、バレたと思えば俺を殺す。学校であることが、死なない理由になりはしない。


「・・・こっち?」

 鈴の音のようなきれいな声とともに、足音が近づいてくる。

 冷や汗が背筋を流れる。鳴りそうになる歯を指を間に挟み、震えを抑制する。


 近づいてくる。あと三歩。あと二歩...あと...


「ユキー!ここにいるのー?」

 足音ともに、子どものような高い声が聞こえた。


「フーナ先輩?」

「そうだよ、フーナ先輩だよ!」


(小人族か?)

 月姫と話す声の高さから、その人の種族に当たりをつける。

 小人族。背が小さく、鋭い審美眼を持つ器用な種族だ。


(ハーピーとか、妖精とかじゃなくて良かった!!)

 耳や感の鋭い鳥人族、透視の魔術を生まれつき使える妖精の生徒が来ていたら一発アウトだった。


「ユキ〜。一緒に食堂行こ〜。練習しっぱなしじゃ体壊すよ?」

「・・・・限定ビッグジャンボいちごパフェ」


「ほぉう。先輩にたかるか後輩よ!ふふん!いいよ!奢ってあげよーじゃないか!」

「さいこうです!」


「ふへへ!褒めろ褒め称えろー!わーはっはー!」

「さすがです、先輩。すごいです、先輩。スーパーエースです、先輩」


 足音が、上機嫌な鼻歌とともに遠のいていって三分後、ようやく安堵して息を吐く。

「危なかった、マジで」

「何がですか?ヒオリ先輩」

 □□□□

「んぅ?なにか聞こえなかった?」

「・・・?いちごパフェ...美味しい。先輩最高です」

 首を傾げながらも、頬に手を当て甘味に目元を緩ませる可愛い後輩を眼福眼福とフーナは眺める。


「そうかそうか〜ユキは素直で可愛いねぇ〜」

「おいしぃ・・・」

 木霊する絶叫が食堂にまで届くことはなかった。

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