六月二十九日 ②
この世界について少し解説をしよう。
たしか、2028年だったか?南極大陸に門が発生、それによってこの世界と魔界が接続された。
理由は、魔界の住人がこの世界を支配するため。
なすすべなく門からあふれ出した亜人や獣人との戦いで、2085年、人類は敗北した。
魔界の魔王と人類が和平結ばれ、絶滅危惧種になった人間の保護の政策が打ち出され、現在の2988年では人類は魔界にいた生物、亜人獣人の魔族と共存。そして現代に至るという感じになっている・・。
保護の政策がされていながら、純粋な人間の数はいまだ少ない。
この事実でどれほどの人間が死んだのか、悲惨で一方的な戦いだったか察せれると思う。
そして、親がいない俺が一人暮らしできて、さらに有名な人亜共学の私立に通えてるのは、魔界を統べる魔王が作り出した人間存続を掲げる組織、人類保護機関の援助のおかげだ。
これがなかったら、そこらへんに捨てられていた自分は野垂れ死んでる。
「で、俺は親なし扶養者なしの組織のすねかじりってわけだ。うん、記憶が抜け落ちてることもないかな?・・あれ、目から塩水が」
「ヒオリ、せんぱーい!おはようっすよー!」
と、物思いにふけっていると明るい声が聞こえて、それにアクションを起こす時間はなかった。
「ぐばぁ!?」
唐突に、背中にやりを突き刺されたような激痛が走り、そのままぶっ飛ばされれ、更に追い打ちとばかりに倒れた背中に誰かが飛び乗って、その傷口を広げるように頬ずりしてきた。
「センパぁい!会いたかったすよぉ!昨日ぶりですね!帰り道にお怪我はありませんでしたか!腕がちぎれたりしてませんか!先輩は人間で脆いので、すぐ怪我するんですから気をつけてくださいッスよ!でもご安心!このミイカ!登校中と部活のない下校中この身を盾にひき肉に全身全霊をもってお守りいたしますッス!」
「じゃあ、バックスタブで致命傷与えてそれを広げようとしてんじゃねぇよ、バカ悪魔!!」
「うひゃぁ!背中に角の刺し傷が!誰がこんな事を!!」
「テメェだよ!ミイカ!!」
「そんな!ミイカ、ヒオリ先輩が好きすぎて未自覚ヤンデレプレイを!?先輩の柔肌に傷をつけたなんて、先輩を嫁にもらって一生をかけて償います!」
「いいから!どけやがれって!今すぐに!」
「はいな!」
背中から、重荷が消えようやく立ち上がることが出来る。
「あぁ、クソいてぇ。」
「生命力よ、他を癒したまえ・・ッス。」
淡い緑の光が、背中に当てられ痛みが消えていく。
それをするのは角が生え、スペード型のしっぽを振るスカートを履いた悪魔。
手足はスラリと細く少し小麦色。髪は薄い肌色のショートヘアで、瞳は琥珀色のなんとも可愛らしい・・
「うひひ、先輩の背中ぁ...じゅるrムギュリカ!」
「ええい!引っ付くな離れろ!」
インキュバスの無駄に柔らかいほっぺを押し離した。・・つまり、そうだよ。ついてるんだよ。
男の娘なんだよ!こいつは!
お互いその気はないはずだが、自分は年頃の男子だ。そのかわいらしさで、ときめいてしまいそうで大変困る。
「あ、完全回復したっスよ〜先輩!」
顔をはねのけひょっとこみたいな顔をする彼はそう言う。
その言葉は偽りなく、確かに背中から痛みは消えていた。
ーー魔族のなかでも、亜人のような人間に近い種族はとても整った顔立ちをしている。
眼の前のミイカだって、とても美人で・・男だと言うのに女の子のように可愛らしい。
指を舐めようとするその仕草も、男の子だというのを否定したくなるほど悪魔特有の蠱惑的な色気があって・・
「おい待て、何舐めてんだ。」
「うぎっゃ!」
頭に結構本気で、一発叩き込む。
「人の血舐めないでくれますかね?」
「いてて、いいじゃないッスか!我ら悪魔にとっての人間は美味しいごは...げふんへふん栄養価の高いスーパーフードなんスよ?」
「言い直せてないが?」
そう言って、まるで獲物を狙う猫のような目で見つめてくるミイカから目をそらし、無視して学校へ向かい歩き出す。
すると、うわぁ!待って!一滴だけ!マナ使ったし、スッカラカンだから!と泣き言いながら、髪を揺らしミイカが急いで並走しに来た。
もう一度見たその目には、先程の獲物には向ける食欲ではなく、親しみの感情だけがある。
目が合った。
一瞬きょとんとして、にへらと脱力したように笑い。
「にへへ、先輩〜元気っすか?」
「・・元気だよ。」
察した。小悪魔な後輩は、心労が積もる自分の不調に気づいていたらしい。
それに礼を言うのが癪で、一発頭を叩いた。
そして。
その瞬間、時が止まったような錯覚をした。
全てが遅く感じる。全てが色褪せていく。
ただ一つの存在を世界が強調したいのか、自分の視界のすべてが色褪せ価値をなくし、意識がその一人へ集中する。
最初に見えたのは、絹のように滑らかで気品すら感じる長髪、その末端。
それは、自分の視界をその人の目だけ見ることを強制する遮光カーテンの役割をしていた。
次に見えたのは、細く雪のような足。
それは、自分が逃げれぬように己を足を組み伏せた美しき枷。
最後に見えたのは、芸術品のような、宝石のような、綺麗な紅い目。
死ぬ間際の最後まで、ずっと見続けたいとさえ思ってしまった瞳。
「・・・・おはよう」
道角から日傘をさす、何を考えてるのかわからない幼馴染の月姫雪菜が現れた。
赤い赤いその瞳はあの時と変わらず自分を見ていた。