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七月三日 日曜日 ④

 良いところで雑談に区切りをつけ、カフェを出て電車に乗る。

 三十分間、鉄の箱の中で揺られていれば到着し、そのまま駅のホームを超えれば、目的地はすぐ目の前だ。

「よーやーく!到着ーッス!」

「結構でけぇなぁ」

 見上げる先は、大きなドーム屋根。

 この町で、二番目にでかい施設だ。


「建物もそうですけどー、やっぱ人が結構来てるっスねぇ。まぁ、『人間』の催し物なんて、そうそう見れませんスからねー。しかも、学生さんの初々しいのなんて」

「あはは、『人間』のネームバリューはすごいなぁ」


 から笑いしながら、そうつぶやく。

 絶滅危惧種というネームバリューのせいで、月姫の吸血鬼バレが起きやすくなるのだから良い迷惑だ、本当に‥‥‥。


 ドームに続く石畳を二人並んで、すでに出来上がっている人ごみの中へ足を動かし、かき分け歩く。

 人の量に対して受付の処理が間に合ってないようで、列に並ぶ前から人にもみくちゃにされそうだ。しかも、熱気で暑さに拍車がかかってる。熱い。


「あーっと、チケットの席的に、三入場口からのほうがはやいっスからそっちに向かうっスよ先輩!」

「お、おーけ!わかった。‥‥‥あ、すまんミイカ。手を」

 先導してくれるている背中に向かって、声を投げた。

「へ?」

 どうして?という疑問を声に乗せながら、ミイカが振り返る。勢いがついたクリーム色の髪が、頬を撫でた。

「この人ごみだと、はぐれてしまう気がしてな‥‥‥手を引っ張る感じで引率してくれるとありがたい」

 亜人獣人入り混じるこの人ごみの勢いは、彼らと身体能力の差がある人間の自分にはいささか強すぎる。

 彼らにとってはただの肩のぶつかりが、タックルに思えてくるほどに。

 今でもこれなのに、さらに人ごみの深いところに行くのだ。何もせずに行けば人波に抗えず分断され、はぐれてしまうのは自明の理だろう。


 手へと、ミイカの視線が集中する。そして。

「し、しかたないっスねぇ!!先輩は人間っスし?このままだと人ごみにひき潰されちゃうかもっスし?ぞんざいに扱う先輩にも優しく?仕方なく?手をつな‥‥‥掴んであげるっスよ!」

 そう言いほんの一瞬、どこかためらうかのような間の後、ミイカは俺の手首を掴み歩き出した。

「ありがとな」

「う、うるさいっス!しっかりついてきてくださいっスよ!‥‥‥私のばか」

 何を言ったのかはわからなかったが、最後にぼそりと何かを言われてしまうし、怒っているらしく、顔も合わせてくれはしない。


 それでもミイカの手は、心強さを表すようにとても暖かった。


 □ □ □ □

 空気が変わる。まるで異界で一人ぼっちになったような孤独が魂をわしづかみにしてくる。

 それと同時に、ジワリと見ない何かが内側に潜り込むような、異物が流れ込んでくる感触が、言い難い気持ち悪さを魂の奥底から湧き上がらさせる。その怖気が頭蓋の中をノイズのように埋め尽くし思考を阻害して‥‥‥。


「先輩、本当に大丈夫っスか!?」

 その声が、意識を掴んで引きずり戻した。

「‥‥‥あ、ぁあ。すまん、マナ酔いして、た」

「は‥‥‥はぁ、よかったぁ~。心配したっスよさすがに、もう少し戻ってくるのが遅かったら警備員呼ぶところだったスよ」


 気持ち悪さが、慣れて、溶けて、ゆっくり消えていく。

 頭のノイズも同様に薄れていく。そうしてようやく、視界の中の情報を処理できるようになり、薄暗闇のなかでミイカの琥珀色の瞳に不安げな感情が渦巻いているのがわかった。


 それを見ている自分は、何かに座っていた。これは、椅子だな。


 意識を整理していけ、ここはどこだ?少し前まで俺は何をしていた?


「手を掴んでもらって、案内所まで行って、それで‥‥‥ミイカ、もしかして、ここはもう会場内か?」

「そうっスよ。人ごみ歩いてたどり着いた入場ゲートでチケット渡して入って、チケットの席に座ってひと段落だーってなったら、急に先輩がマナ酔いしだして、体中の穴という穴から蟹みたいに泡吐きだしながらぶくぶくと‥‥‥」

「そこまでか!?え、そんな、えぐいことになってたのか俺!?」


 マナ酔い。それは、マナを過剰に取り込むことで起きる体調不良。

 本来なら、よほど濃い場所に行かなければ起きない症状‥‥‥なのだが、魔術の適性が低い、つまりは体内のマナを上手く扱えず吐き出しずらい人族、とくに俺の様なマナの扱いが殊更不器用な人間は、魔界の『当たり前程度』でも、起こってしまうことがあるのだ。


 大抵は、一瞬眩暈が起こるぐらい、悪くても意識を失う程度のはずなんだが‥‥‥。


「ぷ、あはは!そんな青い顔にならなくて良いスよ!冗談、冗談っス。ほんの2秒程度、意識がぼやぼやして死んだ目になった程度っスよ。というか、そんなやばやばなことになってたら、ミイカはすでに先輩担いで会場から飛び出してるっス」

「それは困るな。いや、軽度でよかったマジで。」

「めちゃくちゃ安堵してるっスね」


「そりゃ、絶対、この大会を見逃すわけにはいかないからな。」

「‥‥‥それは、月姫さんが出るから‥‥‥スか?」


「ん?まぁ、その通りだが」

 聞き方に違和感を覚えるが、問いその物は間違いではないため肯定する。


 月姫雪菜の吸血鬼バレの理由を探す。そのために、俺はこの大会を見なければならないのだ。何度でも繰り返せると言っても、この周回で出来ることはすべてやって最善を尽くしたい。


「‥‥‥そう」

「どうした?なんか浮かない顔してるぞ?」

 返事の声色が、暗い。いつもの元気なミイカらしくない反応に、怪訝な思いを抱いて、思い至る節を聞く。


「まさか、お前もマナ酔いか?」

 この程度で魔族はマナ酔いをするはずがない。だが、確信するには俺の生物学の知識が不足気味だ。

 そして、そんな万一の不安に当てはまるならミイカが心配してくれたように、自分も助けたい。そんな気持ちを胸に宿して問うが‥‥‥。


「あはは、もしかしたら、そうかもしれないっス‥‥‥ね。先輩、良かったら飲み物買ってきてくれないっスか?これお金っス」

 そのミイカのぎこちない反応から、マナ酔いの予想が全くの的外れだったと気づき、顔が引きつりそうになった。

 暗い気持ちが心を蝕む、今日は幾度もミイカに気を使わせてばかりではないか。


「わかった。そうだな、何が良い?」

 けれどもどうにか、そんな暗めの感情を表に出さずに飲み込む。


 間違っていることを否定せず肯定して提案をしたならば、そこには何かしら意味があるはずだ。その意味を知ろうとしなくてもいい、ただ意味があることだけは察して行動するべきだ。

「そうっスね。じゃあ、お茶をお願いっス」

「おうけー、お茶だな了解だ」


 硬貨を受け取り、会場の外へと歩く。マナ酔いのせいか、それとも自己を不甲斐なく感じるせいか、足裏が少しねばりついたように感じた。

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