七月三日 日曜日 ②
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「先輩!一昨日ぶりですね!ミイカ、この日が待ち遠しくて、2時間前から待ってしまいました!昨日は大丈夫でしたか!はらわたドバっと行ってませんか!足ポロンと行ってませんか!ここにいるということはつまりは無事ですね!!素晴らしきその無傷コンボはこのミイカがと切れさせませんっスよ!今日この日のお出かけでは絶対、先輩に部位破壊どころか、傷一つ負わせませんとも!‥‥‥ん?あれ、先輩はどこに」
押し倒され、下から見るミイカは俺を見失ってきょろきょろする。
「下‥‥‥だ、ミイカぁ」
「ええ!?抱き着いたはずだったのに!は!もしかしてミイカ、ヒオリ先輩が愛おしすぎて心棒堪らん感じで無意識に行為を迫ってしまった!?」
「どんな無意識だよ!」
後輩の元気いっぱいな反応にツッコミをしたら、思わず笑みがこぼれてしまった。
押し倒されて反射的に瞑った目を開けば、琥珀色の瞳が見える。
そのミイカの顔は上気し、喜びでいっぱいで、瞳は星が出そなほどまぶしく、キラキラしていた。
「なんだ、そんなに俺とのお出かけが楽しみだったのか?」
「はい!!先輩とお出かけなんてもう!楽しみで楽しみで胸が張り裂けそうです!!」
煽りっぽく言った言葉の応酬は、表裏のない好意の火の玉ストレートだった。
「ばかッ!そんな殺し文句はモミジにでも言ううんだよ!俺に言うな!」
「なんでここでモミジがでてくるんスか!?」
さすがに、ここまで慕われてる実感を提供されると恥ずかしくなってくる。やめてくれ、俺そんなに尊敬されるような先輩じゃねぇんだよ。
無償でチケットを譲ってくれたあたりから、思っていたが、ミイカが俺に向けてくれている好意は、自分に不相応なほど大きすぎる節がある。
そして、そこまで大きすぎる好意の理由に、俺は身に覚えがない。
それが言葉にできない不安を煽る。心当たりがあれば、ミイカの前で魔獣を討伐したことがあるとかそんな実績があれば、その好意にも胸を張って応えられる。しかしながらそれが存在しないがために、好意に尻込みしてしまう。
今だってそうだ。ミイカの言葉に、親愛に真っ向から向き合えていない。
「なぁ、ミイカお前は何で‥‥‥」
「へ?」
暗に思っていた疑問を、今ここで問いにしようとして。
クスクス、と冷静になった耳に笑い声が入ってきた。
周りから聞こえてくる笑い声、何か面白いことがあったのだろう‥‥‥あ。
「ミ、ミイカ。いったん場所を変えよう。ここ、駅前だし」
「あ!?忘れてたっス!」
顔を真っ赤にしたミイカは、ぴょーん!、とばね仕掛けのように自分の体の上から飛びのけた。
「あー!電車まだ来てないし!いったんカフェに行きませんか!」
「それでいこう!」
ばばばばば、とお互い顔真っ赤にしながら、その場を早歩きで逃げ去った。クスクス、と嫌味がなく、ただ微笑ましさが溢れて笑ってしまった、というような笑い声が響いてる気がして、その場を離れても心は落ち着かない。
耳が熱くて仕方なかった。
□ □ □ □
「ごめんなさい!ミイカ、先輩に恥かかせましたぁ!」
「そんな気にすんなよ、ほらメニュー表。俺は決めたぞ」
「は、早い!‥‥‥えーと、カフェモカっス!カフェモカのむっス!」
入ったカフェで早々に謝られたが別に怒ってないし、そこまで気にもしていないので、メニュー表を渡してなぁなぁで終わらせる。
「店員さーん!お願いします!私は、カフェモカ!」
「俺は、ココアで」
意外そうな顔で、ミイカが俺を見た。なんだその顔は。
「せんぱ~い、意外と甘党なんスね」
「幻滅でもしたか?」
「いーやぁ!先輩の一面知れてめっちゃうれしいっス!」
嫌味でもなんでもない声だった。
少しぐらい尊敬のハードルが下がった方が俺的には、嬉しかったんだがなぁ。そう思えば、すぐにミイカが口を開いた。
「なにか、不安っスか?」
「‥‥‥よくわかるよな、ミイカは」
苦笑いが、口から洩れる。それをミイカは不思議そうに見て、すぐにキリッと目つきを変え。
「ヒオリ先輩、ミイカにできることならなんでもお手伝いするっスよ」
「いや、そこまでじゃない。ただ、ミイカは何でこんなに俺を慕ってくれるんだろうな、って」
「え、ヒオリ先輩が、ヒオリ先輩だからですよ?」
「答えになってないぞ」
自信満々にそんなことを言うので、すぐさま突っ込んでしまうが、どうやらとぼけてるわけでもなかったようで不満そうに、えぇ、とミイカの整った顔の眉間へ皺が寄る。
そんな表情されても、そんなトマトはトマトだからトマトなんです、みたいなこと言われてもわからないものはわからない。
「あー、えっと、確かめたくないんスッけど、もしかして、忘れてます?」
「‥‥‥え、なんかあったっけ」
ゆらり、とミイカの頭が揺れた。そして、次第にゆっくりと頭を手で覆い、悲壮感を滲み出しながら机の上に突っ伏した。
「あ、え、ミイカぁ?」
「嘘‥‥‥えぇ、嘘でしょ‥‥‥がちぃ?」
「口調が消えうせるほど!?」
慌てて記憶をまさぐるが、それらしい記憶が一切出てこない。
「え、ミイカと俺の出会いって、4月の始業式で、先生に頼まれて、俺が、書類?運んでるとき、転んでそれをミイカが拾った‥‥‥ってのが最初の出会いだったよな!?」
「ズーン‥‥‥」
「これでさらに沈むか!」
違うってこと!?えぇ、じゃぁ箸を拾ってもらったこと?食堂で隣になったこと?偶然帰り道で会った時のこと?いや、それ全部4月の後の出来事だし‥‥‥。
「カフェモカとココアになります。ごゆっくりどうぞー」
店員が運んできた飲み物が、それぞれ別の理由で頭を抱える二人の間に置かれた。
□ □ □ □
ストローが冷たい液体を吸い上げ、ミイカの口の中へ運んでいく。
「カフェモカおいしーっス!‥‥‥あ、くれぐれもミイカちゃんの機嫌が直ったと錯覚しないでくださいね。ちゃんと怒ってますっスよ」
「わ、わかってるよ」
むすー、と頬を膨らませ、不服ですからね許してませんからね、のアピールを忘れてくれはしない。
怒られているわけではないが、ひどいことをしたという実感はあるだけに肩身が狭い。
「というか、ですよー。先輩、もしかして理由もなく人を好きになるような人だと思ってたんスか?それとも、先輩自身に人たらしの才能でもあるとでも思ってたんですかー?」
それって最低ですよ、そんな感情を乗せたジト目が心を的確に抉った。ミイカがそんな表情をすることはこれまでなかったがゆえに、相当怒らせているという申し訳なさががじわじわと湧いてくる。
「ごめんなさい‥‥‥」
「はぁ、本当に、覚えてないんスか?‥‥‥」
「あぁ、全く‥‥‥」
4月前に、ミイカと会った記憶はない。
「へぇ、はぁ、そですかぁ。先輩はそういう人だったんスね~ふーん」
軽い言葉には見合わない重さが声には、含まれていた。
不満を募らせ、機嫌が悪くなり続ける続けるミイカと反比例するように、チューっ、とカフェモカがみるみる減っていく。このまま不満を募らさせつづけ、カフェモカ無くなった暁には何が待っているのだろうか。何も予測できない。ミイカが怒ったところなんて見たことないからだ。
裁判開始の砂時計の様に見えてきたカフェモカの減少が急に、はぁ、とミイカのため息とともに止まった。
「覚えてないならしかたないっスね。許しますっスよ」
「すまん‥‥‥」
「いいっすよ。覚えてないのも仕方ないかもしれない案件な気もしてきたっスし、でも、一つだけお願い聞いてほしいっス」
「まぁ、俺にできることなら」
「じゃぁ、右手出してくださいっス」
言われる通り、右手をミイカに出した。ミイカは流れるような動きでその右手の小指と自分の小指を絡ませて‥‥‥。
「絶対、思い出してください。‥‥‥絶対っスよ?悪魔との約束っす。教えてあげませんからね。思い出すまで、しっかりミイカのことを考えてくださいっス」
にやり、と意地悪そうな顔を浮かべてミイカは言った。
「あぁ、絶対思い出すよ」
これまでの申し訳なさをそのままにしないよう、決意を込めて真摯にそう言葉を紡いだ。
「‥‥‥むー」
「なんで?」
するっとミイカが小指を解き、また不機嫌になった。
「反応がなんか、ちーがーうーっス!!」
小さな子供が駄々をこねるように、ぶんぶんとミイカが手を振り上げる。それが面白くて、これまで叱られていたのも忘れて笑ってしまう。
「くっあははは!」
「はぁ!なんすか!?笑ったんスか!」
「のがっ!?」
怒ったミイカに、肩を掴まれ八つ当たり気味にぶんぶん体を揺らされた。
□ □ □ □ □
俺も注文した飲み物を一口飲む。すると、我先にとミイカが口を開いた。
「閑話休題、話題変更っス」
「‥‥‥どした、急に」
「今さっきの会話で、ミイカは先輩を追い詰めたっス。でも、この後それを引きずってデー‥‥‥けほんけほん、お出かけの記憶がちょぅっと苦くなるのは嫌っス。ということで、いつもの軽口言えるように水に流すがごとく、お口直しに雑談を提案するっス」
「いや、俺はそんなに気にしてないが‥‥‥」
「ミイカが気にしてるんスよ!空気を読めっスこの鈍感先輩!」
「わ、わかったって」
うっすら涙目で叫ばれたら何も言えない。
それにまぁ、お互い早く来てしまっているせいであと一時間近く暇ではある。月姫が行う演目に集中するコンディションを整える息抜きになって、さらに暇もつぶせるなら逆に願ったりかなったりだ。
「俺はいいぜ、つっても、俺には雑談できるようなネタってあんまりないけどな‥‥‥」
「そこは、無問題!先輩とのおしゃべりを空虚なものにしないようにするため、ネタは手帳に書き留めていますから!」
「じゅ、準備万全だな‥‥‥」
後輩にここまで尽くしてもらっていることが、情けなくなってきた。
そんな、先輩の苦悩を知らずにミイカは手帳のページをいくつかめくって。
「先輩は、都市伝説って知っていますっスか?」
神妙な顔つきでありながら、どこかノリノリにそう話題を切り出した。




