七月二日 土曜日③
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生い茂る木に囲まれ木の葉を踏みながら、一歩一歩と緩やかな階段を歩いていく。
社会の雰囲気を感じさせない山の中の空気は涼しい。カンカンと照り付ける陽光から与えられるエネルギーが、コンクリートのようにため込むことのない肥沃な土によって吸収されてるからだろう。
なるほど、自然にデトックス効果があると言われる所以はこの快適な空間にあるのかもしれない。
そんな益体もない想像と予想を、暇な脳が疲労をごまかすためにはじき出す。
「かれこれ、10分は歩いてるぞ・・・いつつくんだ?これ」
整備された山道を歩いてはいるため苦痛ではないのだが、目視した距離よりも長く感じる道のりのせいで精神的に嫌だなー、とはなってしまう。
ころん、と。幾度も聞いてきた音が、ひときわ大きく響いたような気がした。
歩くたびに抱える箱の中から質量が転がる音が聞こえる。瓶のような澄んだ音ではない、衝撃を吸収した証の鈍い音だ。
「繊細なタイプの壊れものではない・・・よな?」
暇が思考の余暇を作るがゆえに、不安がよぎる。
自分にこうやって渡すならば、壊れ物ではないは・・・いや、そういえば海火先生は箱の中身を知らないんだった。
呑気に歩いてきた自分の道のりが、急に怖いものになってくる。
だが幸いなことに、それは身震いの形になる前に終わった。
「つ、ついた」
月姫の表札が見えたのだ。
□ □ □ □
月姫が住む森の中の家は、自分と同じ一人暮らしにしては大きな2階建ての家だった。
家は石垣の壁に囲まれており、防犯はしっかりしている・・・ように見えて門扉のカギは開きっぱなしで簡単に敷地内に入れてしまった。
「いや、外から一応声はかけたんですよ?でも反応ないし、外の門扉にはインターホンもないしで八方ふさがりだったんですって」
ぐちぐちと、どうしようもない言い訳を垂れ流してるのは、勝手に人の敷地に入るとかいう一般的迷惑行為を働いて罪悪感を感じてるからだ。
気を晴らすように、軽く回りを見渡す。
大きめの家には、やはり大きめの庭がある。
が、その手入れ具合は雑だ。
雑草はところどころ伸び、おかれた机といすを青にまみれさせている。
木の伐採はされておらず、陽光をむさぼらんと伸びた枝や葉は、もはやお化け屋敷に出てきそうな不気味さの領域だ。
野花は植えられて放置された雑草化ミントに駆逐され、見るも無残。
小さな噴水は蔦に覆われて動く気配がなさそうだった。
「廃墟かよ」
勝手に侵入しときながら酷い言いようだが、もうそれにしか見えないから許してほしい。
というか、月姫は、あんまり景観に頓着しないのか?いや、できる技量が無いというのが現実なのかもしれない。
頭で妄想を膨らませる。やりたくてもできない、そんなもどかしさを感じている月姫・・・か。
違和感があった。あの月姫が?という違和感。
月姫が吸血鬼だという先入観のせいで、そんな一般人みたいな困りごとがあるようなイメージがわかないのだ。
・・・案外、吸血鬼だということと、バレたら殺しに来るという点以外は、普通の女の子なのかもしれない。
この最近、月姫の生活を見て会話した経験が、その考えをすこしだけ後押しした。
短い道を歩けば、すぐに家の扉の前にたどり着く。
やっと、着いた、と。インターホンを鳴らそうとして・・・門扉の時同様、押すものがないことに気づいた。
「ここにも無いのかよ」
インターホンは無く、西洋的なドアノッカーがあるのみだった。
ライオンの頭に金の金具って・・・映画でしか見たことねぇよ。
しばし悩むが、しかし、ここまで来て帰ったら、敷地に入ってまで届けに来たのがすべて無意味になってしまう。
緊張しながら、それでも力強く思いっきり金具を握り、たたきつけた。
結論から言えば、使い方が違った。
ドアノッカーはそもそも掌いっぱいに金具を握りしめて、たたきつけるものではなかった。
それは大きく音が大きくなるように作られていて、小さな力で十分だった。持ち手の金具とぶつけられる金属は高い音を奏で、木製のドアはその音を鈍く大きく響かせるのだから。
結果を言うならば、至極簡単。
爆音が家を貫いた。
「のわ!?」
予想以上に高く鳴り響いた金属音。それを反響し家内部に響かせる木製のドア。
ばさばさ、と。木に停まっていたらしい鳥の一斉に飛びだつ音が反転して静寂に思えた一瞬を塗りつぶす。
悪いことをしていないはずなのに、血の気が引いていく。
と、同時にどたどたと音が聞こえてくるではないか。焦ったような、慌てるようなどたどた音。
「あ、やばッ!?心の準備できてなっ・・・」
引いた血の気はまだ戻ってこない。わたわたする間に時間は過ぎる。
まずは、謝罪か?いや、呼び出しておいて謝罪はおかしいか?いあや、おかしいな、呼んでおきながら謝罪してはなぜ呼んだんだとキレられるかもしれない。じゃあ何をすればいい?荷物を月姫に渡す?投げ渡す?アホか論外だ!
と、とりあえず、挨拶だ!挨拶をしとこう!
冷静になってから思い返し困惑した。パニックとは怖いものである。
冷静になってから思い返し悶絶した。ポンコツ化とは怖いものである。
ガチャリ、と、開いた扉の先、その人影を見る前に頭を振り下ろした。
直角90度、2から3キロの重りをともなったお辞儀という名の鈍器の一撃。
命中する。急いで出てきたが故に、ブレーキさえ踏めず前かがみになっていた黒髪少女のおでこに。
クリーンヒットだった。
「ぴぁあ!?!??」
「ぐッ!?」
小鳥の断絶魔のような叫びと鈍い痛みへの呻きが重なり俺は尻もちをつく。
「いったた・・・」
「いってぇ・・・」
視界に星が舞う。くらりくらりと酩酊する。
その意識に錨を下ろす言葉が耳に届いた。
「ひ、秘織?」
「・・・あ、あはは。はい、秘織です。お荷物届に来ましたーなんて、はは・・」
目を開いたとき、目の前に移ったのは月姫だった。これまでのイメージと比べると違和感しかない月姫だった。
スライムみたいな体に猫の頭部がのっかった何かのキャラに、大きく「ぱるくーる」と腑抜けたフォントで書かれた体のサイズを超えるダルんとしたTシャツ、そんな俗にいうダサTと呼ばれるようなものを着て、ラフな短パンを履いた月姫だった。
そして、片手にはカップラーメンの容器が握られていた。
「えーと、用事中だったか?」
場の静寂に押されてそんな疑問を口に出す。
「・・・食事中だった、よ」
少し赤くなったおでこを抑えながら、何とも言えない表情で月姫は答える。
ルビーのようなきれいな赤色の瞳は、いつも通り何の感情が秘められているのかわからない。
片手にある箸が突っ込まれた容器は、作り立てほかほかを示すように、湯気をぽわぽわと出し続けていた。
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