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9話 ヒーロー業登録とめぐみの報酬

いつも読んでいただきありがとうございます。美味しい食べ物を食べると、凄くペンが進むような気がします。

 日本には防衛庁管下に怪人対策局ヒーロー課がある。

 多くの日本人がヒーロー課と略して言っている部門のことだ。

 ヒーロー課の業務は、ヒーローの管理、報酬、育成、自炊能力などの生活力に欠けるヒーローに対する寮の斡旋など多岐にわたる。

 全国に支部があり、その札幌支部に鈴木一郎は美少女ヒーロー姿になって訪れていた。

 鈴木一郎はお金に困っていた。

 少しの期間の生活はできるくらいの貯金はあるが、それではあとあと困ることにはなるし、再就職先もスキルが無いのですぐに仕事は見つからない。

 最後の頼みは、美少女ヒーローになってのヒーロー業、これしかなかった。


 鈴木は緊張しながら、無機質な役場のような作りの建物の中を進み、ヒーロー課札幌支部のヒーロー登録窓口まできていた。実際に能力を見せて登録する必要があるので、インターネットでは登録不可なのだ。

 薄手のジャケットを着用して、ヒーローに変身後のコスチュームを隠しながら窓口に立ち、受付に声をかける。

 受付には筋肉もりもりのおっさんがいて、目つきもヤバイ。なんか別の事務所だったかなと思って帰ろうとすると、慌てて呼び止められ、これから捕まえられて内臓を売られたり、春を売る仕事を斡旋させられるような走馬灯を鈴木は感じた。


「違う違う、変に調子乗ったなりたてのヒーロー対策なんだ」


 ヤクザの用心棒よりもヤクザの用心棒っぽいおっさんに呼び止められて、窓口から小さな応接室に案内された。案内された後すぐに冷たいお茶が出されて、少なくても歓迎されていない、というような感じでないことに鈴木の冷や汗が引いていった。

 しかし、鈴木は信じすぎてもいけないと思った。きっと、クズななりたてヒーローをそっといなかったことに出来るくらいの力がある。きっと、彼もヒーローなのだろう。つまり、自分も変な言動をすればそうなる(消される)可能性も否定できない。

 そんな妄想をしていると、あまりの震え方に怖がらせないように配慮されたのか、優しそうな若いお姉さんと元の鈴木と同年代くらいの男性からの聞き取りが始まった。


「ところでお名前は?」


 鈴木は焦った。こんな質問絶対にくるはずなのに何も考えずに来てしまった。

 本名の鈴木一郎だなんて言えば変身すると美少女、解除した途端デブのおっさんになる超絶色物ヒーローだってことがバレてしまうし、ちょっとでもこの美少女ヒーローに頑張って欲しいと思っていた人の気持ちをどストレートに砕きかねない。もしくは変な性癖に目覚めさせてしまうかもしれない。大人として、そんなことをはさせてはならない、そう思う。それに同僚だった小崎なんて神聖視すらしていた。このことは墓場まで持って行かなければならないと、鈴木はごくりと唾を飲んだ。


「え、えーと、す、す、すず……」


 気持ちと裏腹に、動揺を隠しきれない鈴木だった。


「はい、『すず』さんですね。苗字は? 慌てなくても大丈夫ですよ。さっきのおじさん怖そうな人だけど大丈夫だよ」


 勝手に勘違いしてくれたので、鈴木は鈴木すずとして名前を名乗った。身分証や通帳は無いと言うとその話題は終わった。


 無名のヒーローとして倒した三体の申告を交えて、ヒーローに登録させてもらえないか、と鈴木が話し込むと、


「とりあえず、倒した怪人の記録にあなたの映像がありますのでヒーローとして覚醒されたことで間違いないと思うのですけど、ここで力を出してもらえませんか」


 そう言われて、鈴木はカバンからバールを取り出した。

 バールを取り出して両端の先端を握り、にゅーんと一息で曲げた。そして、数回転ねじって、引っぱって伸ばし、巨大な人造人間ロボットが戦うアニメに出てくる神様を貫く槍を模倣させて作り上げた。


「これでどうでしょうか!」


 今、やり切ったぜ、と言わんばかりの眩しい美少女の顔が少しずつ、なんかやってしまいましたか、みたいな声が出そうな雰囲気に変わっていく。ちょっと引き気味のヒーロー課職員の二人が顔を見合わせ、


「え……え……えっーとー、すごく物理ですね! でも、そちらで持ってきた物だと、疑いたく無いのだけど不正もありうるからこちらでそれっぽいものを用意しますね」


「あと、長いバールを持ち歩くと犯罪になる場合があるから、持ち歩いてほしくないなあ」


 そうですよね、35歳なのに何してんだろ、と鈴木は思わず苦笑いをした。




 現金ニコニコ払いで鈴木は報酬を受け取った。

 お金があると、心は落ち着くものだ。

 細々とヒーロー課で聞かれたことが些細なものに思えた。世の中のいざこざも、日本の経済の行方も、買ったお弁当の賞味期限が切れていたこともどうでも良くなった。

 いや、お弁当の賞味期限はよろしく無い。

 大切な食である。

 一般的に人間が食事ができる回数は約9万回とされている。

 赤子の時の母乳や粉ミルクしか飲めない時期、離乳食の時期や病気や高齢により食事制限がされてしまう時などを削り、好きなものを好きなように食べられる回数はもっと少なくなる。その人生の中での大切な味を味わって食べられる機会の一回の損失は許されるべきでは無い。そんなことを許してしまえは、それは暴虐で陳腐な人生の残り滓しか世の中に残らなくなる。

 まあ、何が言いたいかというと、鈴木一郎は腹が減ったのだ。


 鈴木は札幌駅の少し北側の北大方向よりに歩いていた。そこにある建物には目立ったのれんものぼりもない。しかし、Googleマップにはここにそのラーメン屋があると出ていたのだ。店は休みなのかと、思うも今日は水曜日、唯一の週で1日だけ開店する日だ。

 建物の中に入り2階への階段を登ると、やっとのれんのある部屋を見つけた。

 いらっしゃいませ、と活発そうな若い女性が声をかけてきて、鈴木は少しおどおどした。大学生がアルバイトをしているのかな、というような若い女性の店員さんに案内されて店内を進むと、キッチンの中には渋い男性の店員さんがいて、いらっしゃいませ、好きなところに座ってください、とにこりと声をかけてきた。

 鈴木はテーブル席につき、ジャケットを脱ごうとして手を止めた。ジャケットを脱げば、バトルスーツが露わになって、ヒーローだということがバレてしまう。仕方なくそのまま野暮ったい黒色のジャケットを着たまま、メニュー表を見る。

 ラミネートされたA4サイズくらいのメニューを見ながら、迷うけれどやはりオーソドックスの、この店のウリのラーメンにしようと、ししゃもの出汁が効いたラーメンを選んだ。もちろん大盛りである。

 注文をして手持無沙汰で携帯電話でも見て待っていようかと思っていると、ラミネートされたメニュー表が目に止まる。お店の住所が札幌市以外にも書いてあった。厚真町だ。あの大地震のブラックアウトがあった震源地の近くにある町の厚真町だ。よくよくメニュー表を見ると、厚真町の漁業関係の会社が札幌に来てラーメン屋さんをやっているようだった。それにしても、厚真町だなんて遠いところから大変なことだ。苫小牧市や千歳市から見てさらに東方向にある町で、札幌市まで高速道路を使わなければ1時間30分くらいはかかるだろう。そんな厚真町からわざわざ一週間に一回だけ来てお店を切り盛りしているとは、良い意味で気合が入りすぎている。

 湯気の立ったラーメンどんぶりが鈴木の前に置かれた。

 匂いは、サバ缶を開けた最初の匂いに感じる。でも、それよりも、もっと高級な香り。そして、とても香ばしい。超お高いサバ缶。でも、そんなサバ缶を開けた記憶は鈴木にはない。

 スープの色を見ると醤油系のスープだ。多分、魚系のラーメンには醤油が合うはずだから、外れではない。レンゲにスープを浸して口に入れると、あっさりながらしっかりとした出汁が感じ、思わずほほが緩んだ。

 麺を箸で持ち上げると、北海道では珍しい細めのストレート麺。あっさりしたスープにはこれくらいの麺が合うのだろう。それを口に入れて、ずずずと啜る。

 美味しくないわけがない。しっかりと魚の出汁と麺が調和している。

 チャーシューは、あえての鳥チャーシューだ。あっさりしたラーメンだからこその選択肢。店主、あなたは間違ってない、グッドだ。鳥チャーシューはモモ肉を使っていて、丁度良いコクがある。皮付きだからそれもまたいい。

 大盛にしておいて良かったと勢いよく麺をすすりながら、メニュー表の気になる日替わりメニューの凄そうなエビ味噌ラーメンやカニ味噌ラーメンに目移りしてしまう。ああ、次の水曜日だ、次の水曜日にまた来よう、と心の中で呟くガワだけ美少女ヒーロー鈴木であった。

読んでいただきありがとうございます。

感想、ブックマーク等ありがとうございます。誤字脱字のご指摘も大変助かります。

早く涼しい日々が来てほしいです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  素晴らしい飯テロ回でした。  …………明日のお昼はカップでもなんでも良いから、ラーメンかなぁ。
[一言] 今回は嫌な思いをせずにお金もらえて良かった… 賞味期限切れの弁当は交換してもらったほうがいいけど、言い出せなかったかな?
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