8話 紳士淑女のみなさん、ボンバーマンやろうぜ!
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7月、小崎はニセコバブルにあやかると言って札幌から引っ越した。
ニセコ地区と呼ばれる場所は、ニセコ町ではなく、正確には虻田郡倶知安町ニセコひらふと近年新しく住所表記された旧山田地区である。
雪の質が良いということで、当初はニュージーランド人やオーストラリア人の一部が来ていたのだが、それが世界的に有名になり、今や時価上昇率が日本で一番高く、そして、中国等の外国資本が舞い込んでいる。特に今は中国系の観光客の出入りが多い。
観光業は凄く羽振りが良く給料も高いし、道路の除雪も観光地となる山田地区の一部だけは凄く良くされている。逆を言えば、高齢者介護施設の職員は次々と苦しい職場から離れて、観光業へ転職してしまい、本来の倶知安町内中心部の除雪はおろそかになっている。大規模停電が起きて倶知安町内の主要地区では2日間停電が続いたが、観光業に力を入れている山田地区だけ1日早く回復したことを未だに根に持って話題にする住人もいるらしい。
ちなみに、倶知安町にある有名な牛丼屋全国チェーン店の時給は1500円、深夜なら1900円だ。汚物処理やちょっと目を離したら痰が絡んで死にかけていたり、認知症の利用者から暴言を吐かれてその上給料が低いのでは介護職員が辞めて、観光業へいく気持ちがよくわかる。
まあ、ともあれ、お金の匂いがプンプンする倶知安町旧山田地区に小崎は飛び込むこととなった。
鈴木は小崎の引越しの手伝いをして、倶知安町から札幌までの道のりを遠回りして帰っていた。サビの多い壊れかけの軽自動車のアクセルを強めに踏むが、思った以上に頑張ってくれない。
それでもカルデラ湖の洞爺湖や有珠山、とんがって煙の出ている昭和新山の壮大な景色を眺めていたら、遠回りもいいものだと鈴木は思った。まあ、彼は無職なので時間は余っているのだが。
ちなみに有珠山と昭和新山は世界的にも数少ないタイプの火山でケイ素だとかが多く溶岩に含まれていて流れ出にくいタイプらしい。
そして、有珠山は20年から30年おきに噴火する火山だそうで、素直な火山とも一部では言われている。
素直な火山という言われは、噴火の前に必ず前兆があるそうだ。過去の文献からも噴火の前に地震が増えていき噴火をするようで、住民や自治体がそれを根拠に災害避難計画を行っている。
つい数年前に地震が増えたことで、噴火は間近と予想されたことから付近の自治体が避難計画を練ったものであるが、ぴたりと地震が止まり、噴火は発生しなかった。
そんな余談を鈴木一郎は思い出しながら山道の道道703号線を走り抜けていく。
その道道を上る荷物を持って歩く、バックパックを担いだ旅行者を見つけた。
その旅行者は黒いフルフェイスヘルメットを装着し、そのヘルメットの先端からは荒縄のようなものが上に飛び出ていた。
通り過ぎて、急ブレーキをかけて車を止めた。
「あれ、怪人じゃね?」
この北海道とはいえクソ暑い7月にフルフェイスのヘルメットをつけて歩いているなんて、バイカーがヘルメット取り外すのを忘れてコンビニに入るか、銀行強盗ぐらいしか思いつかない。あとは、そう、ボンバー◯ンだ。ボ◯バーマンとは、北海道に存在したゲームソフト開発会社のハド◯ンが販売した、爆弾を設置して対戦するゲームだ。友達同士でやると長年育んだ友情が30分以内に爆発するひどいゲームである。
その操作するキャラクターが、頭に爆弾みたいなフルフェイスヘルメットをつけたヤツなのだ。
それを現代風にリメイク・リマスターしたら、あんな感じになるだろうな、という風貌をした者、ボンバーさんというEランク怪人である。
設置する爆弾の破壊力は街の一区画が吹っ飛ぶレベルである。
「こんなところに爆弾なんて……ヤバイだろ……火山が誘爆する」
そう呟いて鈴木は車内で美少女ヒーローに変身する。
でも、彼は知らなかった。その程度の爆発では、火山は誘爆により噴火しないことを。
鈴木は車のドアから勢いよく飛び出て、ボンバーさんの後方を走り、そのままの勢いで奴の背中にドロップキックを決める。
ボンバーさんは草木の茂った崖に落ち、爆散した。
いい仕事したと、車の方に戻ろうとすると車はなかった。崖を見ると、飛び出した時の反動で吹っ飛んでいった自分の車が転がっていた。
急に何かどうでもよくなってきて鈴木は道路に座り込んだ。遠目から見れば世の中に捨てられ途方に暮れた美少女なのだが、中身はただの自爆行為をした30代のおっさんである。
「はら、減ったなあ……グホッ、この程度の言葉使いでも反応するのか……」
制約により吐血し、白黒のコスチュームに小さく赤い斑点が付いた。
鈴木の強力な力を得た代償として、変身中は清い言動をしないとダメージをくらうこととなっていた。
鈴木は口周りを袖で拭き、
「とにかく、お店探してご飯を食べよう」
と呟いて、崖下の車から薄手のジャケットを取り出し、街へと歩き始めた。
伊達市。伊達政宗の子孫が明治に開拓民として移り住んだ土地だ。なだらかな噴火湾に面した土地は、道内では著しく降雪の少ない土地であり、北の湘南とも呼ばれるほど住み心地が良いとされている。
その土地は有珠山などの火山灰などの影響からか小豆と砂糖大根のテンサイの栽培に向いており、現在もテンサイは特に栽培され、地元の大規模な精糖工場に運ばれて加工されている。
役場の近くには道場があり、さすが伊達政宗やその家臣の子孫であるからか剣道も強く盛んである。
鈴木はとぼとぼとお腹が空いた上に車を失った悲しみに俯きながら歩いていると、道場から竹刀で打ち合うかかり稽古をする少年たちの声に気合いを注入されたような気持ちになった。
住宅街の中を歩いていると、大型スーパーの向かいに八百屋があり、その隣に小さな食堂があった。お店の名前はレディースアンドジェントル麺。駄洒落なんだろうね、と思いながら鈴木は店内を覗き込むと、昭和感が感じられる少し古くこじんまりとした食堂であった。
美少女姿の鈴木はカウンターに座り、壁に貼られた沢山のメニューが書かれた札を見るとどれにしようかと迷う。迷わせるようにそうしているのかは誰にもわからない。
鈴木はしばらく迷った末、塩なのにコクがあるのかとビビッと感じたコク塩ラーメンを注文した。
テレビを見ながらラーメンを待っていると、どんぶりに盛り付けられたラーメンが運ばれてきた。
魚系の香りがふんわりと漂ってくるどんぶりの中を見ると、わかめと豚バラ肉を渦巻き型に整形したチャーシューにネギ、メンマが乗っており、白濁としたスープにちぢれた麺が隠れていた。
スープを一口啜ると、豚骨系のスープに魚出汁が溶け込んでいた。多分カツオ系だろうか、と鈴木は頭をひねったが、本当にカツオかはわからない。アゴ出汁塩ラーメンというメニューもあるのでアゴかもしれない。
あっさり系だけどもしっかりとした出汁の味、これはいいと思った。鈴木はあっさりだけのラーメンはなんか素人でも作れるような気がしてしまってあまり好きでは無い。だから、鈴木はこのコク塩ラーメンという名前に強く惹かれたのだ。
当然、スープが美味いなら、ラーメンそのものが美味くないわけがない。ラーメンをすすれば、その答え合わせは当然正解だった。とても良くあっている。ワカメやチャーシュー、メンマもよく調和している。
非の打ち所がない優等生のような味わいだ、と鈴木は思いながら箸を進めて、どんぶりのスープを啜り終え、ぴたりと止まった。
「しまった……足りない」
お金では無い。鈴木の腹がまだ足りないと言っているのだ。鈴木の腹は、あれだけ引っ越しの手伝いや怪人も倒して歩いて帰る羽目になったのにラーメン一杯とは許せないので、脳の満腹中枢も激おこぷんぷん丸、せめて大盛りを頼めば良かったと思ったがもう遅い、のようななろう的なタイトルをぶつぶつ呟いて腹の虫をまた鳴らそうとしているようだった。鈴木はメニュー表を見て替え玉を見つけるが、既にスープはお腹の中だ。ミニチャーシュー丼なんかもあるが、やはりここはあえてラーメンを頼みたい。
隣のカウンターに座ったお客さんの食べているものが目に入った。茶色く混濁したスープに入ったラーメン。メニュー表にカレーラーメンとなるものがあった。元々は室蘭の方がカレーラーメンで有名であるが、香辛料の匂いと普通じゃないラーメンを食べたいと思い、そのカレーラーメンを追加注文をした。
一瞬、店員は聞き間違えたのかな、と思い再度尋ねるとやはりこのミドルティーンくらいの細身の美少女が二杯目のラーメンを注文したことに少し驚き、まあ成長期だからね、とそう思いながら離れて行った。
鈴木の思いを馳せたカレーラーメンが届くと、やはり刺激的な香りが鼻を襲った。しかし、悪くは無い。食欲を誘う香りで、小ライスをつい頼みたくなる。しかし、流石にそれは食べ過ぎだ。美少女ヒーローが太りすぎたらちょっと良く無いだろう、と思って鈴木は思わず店員に追加で小ライスを注文しようとしたのを自制した。
カレーラーメンのスープを啜る。やはり、カレーであるが、ラーメン用の出汁がよく効いていて美味い。辛めなのにしっくりくる味わいだ。そのまま、麺を啜ると、熱さで熱気を感じるがコッテリとした味わいがたまらなく、脳内が幸福物質に満たされてしまう。
ふー、ふーと熱気を飛ばしながら、どんどん食べ進める。啜ったカレーラーメンの汁が飛んで、黒色のジャケットにかかった。黒色だからどこを飛んだかなんて気づかれにくいので大丈夫、バトルスーツの白色の箇所なら致命傷だった、と鈴木は思いながら、はふはふと咀嚼した。
鈴木は支払いを終え、幸福感に包まれながら店を出た。
このまま帰るにしても車は廃車となってしまっている。ヒーローの力を使えば無理では無いが帰ることは出来ると思った鈴木は携帯電話のマップ機能を使い、伊達から札幌に行くまでの到着時間を算出すると、高速道路を使っても2時間は超えていた。
2時間以上ヒーローでランニングしたいか?
一般人にぶつかれば肉片製造機になるぞ。
そう思った鈴木はJR駅へ足を向けた。
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