7話 クビになる日の雨は優しく
なかなか書く余力が無く、時間が経過してすみません。
鈴木は自身が務めるスーパーの本部に出向いた。
その本部は数度しか入ったことがない。
受付で幹部に呼ばれたと説明すると、受付は鈴木を一度鼻で笑って、うっかりしていたとすぐ真顔に戻り小会議室で待つように指示を受けた。そこで鈴木は1時間程度待たされた。
悪びれた様子も無い、似たような顔つきの年老いた男女と中年の男女が数名入ってきて、どかどかと椅子に座ると同時に、鈴木は嫌味を言われ続けた。
実績が低調だ、売り上げに比べて利益が低い等と言われ、いや、それ契約社員とかアルバイトに言う話ですかね、と鈴木は思いながらふと気が付く。こいつらは自分をクビにしたいから理由を積み上げているのだろう、と。
「ところでね、怪人が出た時にさ、避難誘導してくれていたけれど、……お前の言葉使いがなってないんだよ!」
「私の友達に何してんの? 怪我したって言われて困っているんだけど」
ギャーギャーと喚く役員の声に鈴木はいたたまれなくなり、肩が丸まり体が縮こまった。
結局のところ、鈴木に対する苦情が来て、それがあの怪人にぶっとばされた女性の高齢者からだった。役員の知り合いで、鈴木をクビにしろと言われているのだ。
鈴木は1時間ほど答えが決まっているただのつるし上げ会議に出されて、解雇を言い渡された。
一生懸命職場で頑張っていたことなんて全て何もなかったことにされた。アルバイトなんてシャープペンの芯みたいに折れても替えが沢山あるのだ。
鈴木は自尊心を酷く傷つけられ、目が充血してきた。悔しさがあふれ、込み上げてくる怒りをこらえて、走って逃げるように彼は一人本社から出た。
本社から出た時に、本社の駐車場からやってきた小崎とすれ違った。いつも通りのイケメンはスーツを着こなして歩いていた。
彼は、本社に出社するはずのない鈴木に少し驚き、そして充血した目を見て、何があったかを概ね理解した。
「クビになったのか」
彼の言葉に鈴木は、無言でうなずいた。
「そうか、じゃあ、俺もやめるわ、こんな会社」
小崎はスーツの胸ポケットから退職願いと書かれた封筒をちらりと鈴木に見せて微笑んだ。
あらかじめ準備していたのか、少し封筒にはしわが出来ており、何度も退職しようと思っていたのだろう。鈴木の肩を軽くたたいて小崎は本社に入り、
「まじか」
と茫然としていた鈴木の前に小崎はまた現れた。
「あれ、待っていてくれたんですか?」
「もう退職願い出してきたのか?」
「こんなのサクサク出してさっさと出て行かないと呼び止められるよ」
小崎から携帯電話の着信音が流れてきた。
「ほら、言わんこったない。本社から電話来た。スーパーの店長の代理なんて他にも正社員がいるのに何で止めるんだろうね、バカじゃない?」
小崎は携帯電話の電源をとても清々しい顔で切った。
「飯、食いに行きましょう。早くいかないと並んで食えなくなるラーメン屋知っているんですよ、どうですか?」
「お、おう」
小崎は鈴木を本社の駐車場に乗り付けたスズキジムニーに乗せて発進させた。
札幌市東区の道道89号線を白石区に抜けてすぐの大きな信号交差点を右折した。
少し進むと、アイボリーホワイトの外壁に店名が縦書きで表示された店が現れた。店の名前からも一見してラーメン屋には見えないが、際立って雪のように白い暖簾があるので、何かの食事処であることは明白に感じられる。
車から降りた鈴木と小崎は、その真っ白な暖簾を潜って中に入る。
店内はラーメン屋というよりも、ちょっと洒落た喫茶店だとか隠れ家的な居酒屋みたいな感じであった。ところどころに設置された照明が暖かい色合いで、白い壁や黒っぽい木の板と茶色の木の板が入り混じって打ち込まれた木の床が合わさり、とてもおしゃれな感じがする。
まだお店は開店した直後だったらしく、お客さんがまだ入っていなかった。若そうな男性の店員、いや違う、若いながらも背中に感じるオーラみたいなものは店長の雰囲気を醸し出していた。
店長がカウンター席に鈴木と小崎を案内して、黒く塗られた座高の高めの木製の椅子に座らせた。
「この店いいでしょ、特に雰囲気」
小崎はそう言いながら、カウンターに載せられたメニューを見せてきた。
「味は基本和だしのしっかり系の味。俺は基本コッテリ系のラーメンが好きなんだけど、ここはコッテリ系好きでも満足する味わいなんだ。おすすめは白肝煮干の塩か醤油。白肝って鶏のレバーペーストなんだけど、苦手なら淡麗の方にした方がいい」
鈴木はなるほど、と呟きながら。
「味噌は?」
と尋ねると、小崎は困った顔をして小声でささやいた。
「あんまり、ディスりたくないんだけど、和だしと味噌だとなんの料理思い出します?」
その言葉に鈴木は国民的汁物を思い出して頷いた。
「ああ、そういうことか」
店内であんまりそのお店の悪口は良くない。味覚は人それぞれ違うので、一概には言えないものであるが鈴木は小崎の意図を汲んで、白肝煮干ラーメンの塩味を注文した。
すぐに注文したものが出てきた。
どんぶりにはストレート麺と淡い黄色いスープにチャーシューとごぼうの天ぷら、刻んだネギがのせられ、そのネギの上にアイスクリームみたいに丸く形を整えられた灰色の鶏肝のペーストが乗せられていた。
鈴木はそのペーストを箸の先ですくって味見をする。
あまり食べ慣れない鶏肝のペーストはこってりしているようでまったりしている。しかし、これだけで美味しいとは言えないものだ。
スープをすくって一口飲む。鈴木は昔風のラーメンというあまり感動のしないラーメンを想像していた。あっさり系に多いラーメンのガッカリポイントは、『これ、市販のラーメンスープで同じような味出せないか』、と思うことである。
しかし、このスープはそんなものではなかった。ざっくりと言うと、超高級な和だしのスープというような感じ。複数の魚介や干し椎茸、昆布だし等が使われていて複雑でしっかりとした筋の通った味わいなのだけど、どこか懐かさを感じるのだ。
そのスープの中の細いストレート麺を鈴木は食べた。1から10まで和の味なのに、かん水を使って作られた中華麺にしっかり合っていた。
下手に和だしのスープだとそうめんのようなうどんのような味わいで、ラーメンにはしっくりこない。むしろ、食べていて気持ち悪くなる。それが、こんなにも食べていて矛盾を感じないのは一つの奇跡を見ているようなものだ。
ごぼうの天ぷらを箸につまみ、口にいれる。ごぼうのアクの強い味わいが和だしのスープのアクセントとなり、また麺が進む。
スープに少し鶏のレバーペーストを溶かして麺をすする。
がらりと味わいが変わる。まったりとしたコクが混ざった味わいだ。
全部溶かしてしまいたい欲求を鈴木は抑えながら、時々溶かして変化を楽しみながらラーメンをすする。
わびさびなんてものの理解はしたことがないが、この一杯のラーメンが、こういうことなんだ、と囁いているように鈴木は感じた。
ラーメン屋を出て、小崎の車に乗り込もうとすると悲鳴が聞こえた。
小崎と鈴木は周囲を見渡すと、一区画で血しぶきが吹き上がっていることに気が付いた。
その中心には白く塗りつぶしたような人型がおり、聞き取れない奇声を発しながら通行人を潰していっていた。
その人型は赤黒い血で染め上げたような色合いのパンツを一つ着用しており、顔は笑っているような怒っているような奇妙な顔つきだった。しかし、毛の一つ一つでさえも真っ白で、目と口の中だけが異様なほど赤黒かった。
「……ホワイトストレンジャーだ」
鈴木がそうつぶやいた。
説明しよう。
ホワイトストレンジャーとは、札幌市白石区の界隈や宮城県白石市、石川県白山市、岐阜県加茂郡白川町等の地名に白が付く場所にのみ現れる、身長3メートルもあるEランク怪人である。
この怪人の特性はCランク級の怪力と、異様な気持ち悪さである。
白粉を全身にまぶしたような肌の色に髪の色が、自然発生したアルビノと異なり、不自然さのあるテカリや色合い、そして妊婦でもないのに突き出た脂肪の塊のお腹が膨満した水死体の様でとても気持ち悪い。
怪人というよりも怪談に出てきそうな妖怪に近い。
鈴木は
「俺のことは気にせず逃げろ」
と言って小崎の車のドアを閉めた。
「馬鹿なこと言うな! 自殺するつもりか!」
ドアを閉めた車から小崎の声が少しこもって聞こえる。
「一緒に車に乗ったら逃げられない。あいつ、ホワイトストレンジャーはあんな見た目だけど、車ならすぐに追いついてひき肉にされる」
「それならなおさら!」
鈴木は必死に車に再度乗り込むよう説得する小崎に怪人と反対方向の道を指さす。
「あっちに行け。まだ怪人はこっちに気づいていない。それに別れた方がどちらにせよ、どちらかが生き残る確率が増えるんだ。追いかけられた方が運が悪かったってことで」
鈴木は内心、早く変身して戦った方がいいだろう、と思っていた。なので、小崎にははやくこの場から去ってもらいたい。
「あいつ、エンジン音が聞こえたらこっちに気が付く可能性が高い。だから振り向かないで、アクセルべた踏みしろよ」
小崎の、ちくしょう、とか、必ず戻ってくるとの声が鈴木の耳に入って、エンジンの始動音が鳴りはじめた。タイヤがキュルルルルとアスファルトに削られるような音を響かせて、指さした方へ走り去っていく。
小崎の車の音にホワイトストレンジャーが気づき、そちらの方向を見た。そして、無防備に一人いるおっさんの方へ視線が動いた。
「やっぱり、気づくよな」
ホワイトストレンジャーが鈴木の方へ足を進め始め、鈴木はラーメン屋の角に入り、大きな通りから姿を消した。
ノシンノシンと大きな音を立てて、ホワイトストレンジャーは加速し、そしてラーメン屋の角に差し掛かった。
「一般人だと思ったか。ヒーローだよ」
ホワイトストレンジャーの生理的に気持ち悪い顔が歪んだ。
正面にいたのは、黒と白のモノトーンカラーのバトルスーツを着た少女。汚い言葉使いと判定されたのか口からは、少し血が垂れていた。それが、勢いよく飛び上がり、既に顔面の直近に来ていた。
ホワイトストレンジャーはその強靭な怪力を使ういとまなく、頬に渾身の一撃を入れられ、首に大きく負担がかかり、ゴキリと砕かれる音が響いた。
ホワイトストレンジャーが倒れ、それが灰となって散っていく様子を、TS美少女ヒーローと化した鈴木は、その怪人の横から眺めていた。
鈴木は、このヒーローの力、ぶっ飛んでね?、と思う。
Eランクの怪人のホワイトストレンジャーは、下から数えて2番目の弱さに分類されてはいるが、この怪人はとんでもなく力が強いのだ。漠然的に『力』が強いのではない。力の多くは筋力を指し、ただの腕っぷしの強さだけではなく、瞬間的な力や骨格を守る筋肉の厚さがある。
身長や体格が2倍違うというだけで体重差は4倍となる。そんな怪人を不意打ちとはいえ、拳の一撃で首の骨を折ることができたのだ。
少なからずEランクより下ならば安全に怪人を狩れるはずなのだ。
そこで鈴木はふと気が付いたのだ。
「仕事、これでいいんじゃね?」
ヒーロー業は命と隣り合わせの危険な仕事だけど、安全圏でのらりくらりと怪人を狩っていればある程度の収入は稼げる。Eランク怪人1体倒せば、前の職場の年収と同等を得られると聞いたことがある。
これはいけるんじゃないだろうか、と思っていると、けたたましいエンジン音が聞こえて鈴木は振り向いた。その車は小崎の乗っていた車で、ドリフトをしながら止まった。
運転席から出て来た小崎は、真新しいの緑十字のついた黄色いヘルメットを被り、鉄のバットが右手に握られていた。
「て、てんしさ……いや、ええ……と、怪人はどうなりましたか?」
なんで戻ってきたんだ、と鈴木は思いながら
「ホワイトストレンジャーなら先ほど倒しました」
と答える。
「えっと、35歳くらいの太った男性ってこの辺にいませんでしたか」
まさか、おまえ、俺を助けに来るつもりで近所のホームセンターのホー〇ックでそれらを買ってUターンしてきたの? お前マジでいいやつだったんだな、と鈴木は小崎の動きに感動した。でも、冷静に考えれば蛮勇である。
「その方なら、多分、そっちの方に走って行ったように見えたんですけど」
小崎は、ありがとうございます!、と叫んで車を、鈴木が適当に指さした方へ走らせた。
「さっさと解除して上手く合流しないとな……」
鈴木は小崎の遠ざかる車を見つめながら物陰に隠れて変身を解除した。
読んでいただきありがとうございます。