6話 セブンスグリーンティー
いつも読んでいただきありがとうございます。
途中、視点が変わります。
勤務先のスーパーが怪人の出現により、臨時休業となり、鈴木と小崎は清掃をして家に帰った。
鈴木は自宅に到着したころに、ああっ、と唸った。スーパーでなんか食べ物を買って食べるつもりだったのに、すっかりそういう余裕がなかったので、買い忘れてしまったからだ。
鈴木は適当に腹を満たすために冷蔵庫を開けて食パン一枚頬張るが満たされない。
甘いものだ。
甘いものを食べたい。
鈴木は冷凍庫を開けてアイスクリームが入っていないか調べたが、入っていなかった。
舌打ちをしながら、使えねーな、と言うが、自分にブーメランしてきただけだった。
仕方ない、外に買いに出かけるか、と考えていると、ふと、鏡面になっている冷蔵庫の扉にいつものデブおっさんの顔が映っていた。
もし、美少女姿で外に出たなら、おしゃれなスイーツショップに行っても変な視線が来ないはずだ。
このデブおっさんがいてもいいお店は限られる。コッテリ系とかどすこい系とかのワガママボディ御用達のお店だ。おしゃれなカフェとか服屋、小中高校の周りをうろつけば、存在自体が罪に問われかねない。
嫌な視線なしで食べることができる幸せな時間。それを手に入れることができる。それはまさに神の思し召しに違いないと、デブの鈴木は十字を切った。でも、彼は無神教徒だ。
特段悪いことはしないんだ。そう、生きるためにこの力を行使するだけだ。それなら美少女ヒーロー変身後の縛りによって全身を滅多打ちにされるような痛みが発生しないはず、そう鈴木は思いながら変身することを願った。
ーーー鈴木一郎ーーー
ずっと行きたかった、と思っていた札幌駅の地下街のアピアの西側にあるお店だ。抹茶のカフェをコンセプトに日本でいち早く導入した東京のお店である。もう70店舗くらい全国にあると聞いたような気がする。
チェーン店なのだが、お客さんは常に入っており、常時最低でも八割くらいの席は埋まっている。昼時とか午後2時から3時台は店外に客が並ぶことが多い。日曜の夜に前を通るといつも人が沢山いて入ることは厳しい。
平日の夕方くらい、ごはんには早すぎる、でも今食べたら晩御飯何時に食べるんだ、と疑問に思うような時間帯ならば当然のごとく人は空いている。
抹茶のカフェなら抹茶を飲むのが普通だと思うだろう。
いつものように札幌駅の近くの本屋で立ち読みして、家に帰ろうと店外を通過した時だ。一人で不愛想に店内に入っていた若い女の子が、抹茶色のパフェをスプーンですくって口にほおばる瞬間、顔がほころぶのが見えた。くっそおおおお、これ喰いてえええ、と心から思った。しかし、おしゃれな空間に似合わなすぎるデブのおっさんがこの店舗に入れば奇異の目で見られる。おっと、店外のガラス越しからじっと見つめる自分はどう見ても不審者になりかねないから目をすぐに地面に落とし、何も見ていない風を装って離れて行ったあの日、ずっと後悔していた。勇気を持ってあの店舗に入れば良かったんじゃないかと。
あの、抹茶パフェ喰いたい。
俺は安物の薄手のコートを美少女ヒーロー姿に羽織って札幌駅の地下街アピアに向かった。あの白黒バトルスーツを見られたら流石にヒーローだと思われるだろうが、見えなければただの可愛い女の子なのだよ。
アピアは古くからある地下街で、特に西側は飲食店が固まっている。有名どころなら、吉野家とかケンタッキーとか。北海道ならではの確か、旭川に本店を構える味噌ラーメンのよし乃やわかさいもがある。かなり昔からあったよな、と記憶するうどん屋さんや最近入ったお握り専門店の前をぐるっと回って歩き、よし乃の前で誘惑に負けそうになりぐっとこらえる。ここもうまいんだ、畜生、ピリッと辛めの味噌ラーメンのここもうまいんだよ。涙を堪えながら、目的の抹茶カフェにたどりつく。
目に映る店内は、よく磨かれた清潔感のある木製のフローリングの床や座面だけ柔らかくしている木製の椅子、単純な正方形の木製のテーブル、とても味がある。
その床に一歩足を踏み入れるだけで、感極まる。
だって、こんなおしゃれな空間入ったら許されないデブおっさんだぞ。
思わず涙を流しそうになるが、ぐっとこらえて、注文カウンターの店員さんに、目的のものを注文する。大体、ここの店員さんは若いおしゃれな男女が多い。眩しくて正視できないので、目を合わせないように挙動不審にしか注文できなかった。こっそり裏で通報されないか心配になる。
注文札を持って一人用のカウンター席に座ろうとするが、1人用のカウンター席は微妙に空いていなくて、2人用のテーブルのソファー側に腰かけた。抹茶色のソファーがこれまたニクイね。
1人用のカウンター席には電源コンセントがあって、それに電源プラグをぶっ指してパソコンを開いて作業しているお客さんがいた。よく見ると4人用の席の近くの壁にも電源コンセントがある。
これって、憧れの、あのスタバで仕事しているおしゃれな人ができるやつなのか……震える。おしゃれ過ぎて震える。スタバとかカフェでパソコンを開いてする仕事や会議をする仕事に就いていないのでさらに震える。
そんなのを横目で店外を見ながら行きかう人を見ようとする。あれ、おかしい、曇りガラスで見えない。前は見えたような気がしたのに、と思ってふと思い出すと、そうだ、この店舗パセオから移転したんだった。あの頃は隣にクッキングスタジオがあったり、向かいにパスタ屋さんとかおかゆ屋さんがあったはずだ。
思い出に浸りながら、店内を見ていると、店員さんが注文した品を持ってきた。
抹茶白玉パフェ
そう、俺はこいつを食べたかったんだ。
ほっそりとしたガラスの容器に入った抹茶のパフェ。
上には抹茶のアイスクリーム、生クリーム、あんこ、白玉が乗っており、そこに緑色のソースがかけられている。恐らくこれは抹茶のソースだろう。ガラスの容器を上から下に見て行くと、シリアル、ソフトクリームと続き、これは抹茶のなんだろうフローズンなのかな、というのが下部にある。
とりあえず食べよう、手を合わせて作った人に感謝、食べ物に感謝する。
細い銀色のスプーンを手に取る。これ、気持ちが上がるよね。あー今俺パフェ食べるんだ、って気持ちがさらに際立って心を盛り上げる。
右手にスプーンを持って、俺はまずは抹茶アイスクリームを食べる。抹茶だ、確かに抹茶だ。でもアイスクリームの甘さが抹茶と混ざっていてさわやかな甘さになって口に広がる。抹茶ソースを絡めると、さらに抹茶感、苦みと抹茶の旨味が混ざっていいアクセントになっている。
あんこだ、あんこは当然甘い。でもこれを生クリームと合わせて食べると……めっちゃこってりした甘さになる。甘党にはたまらん。いや、あんこと抹茶アイスを掛け合わせると……和だ。
すぅーっと、誰もいない4畳半の和室で俺は正座して、このパフェと向かい合っている気がした。
近くには囲炉裏があって、暖かいのに、そっと体を冷やしてくれるような、そんな不思議な空間。
はっとして、周りを見渡すと、先ほどいた抹茶カフェにいた。
やばい、感動しすぎて妄想してしまっていたようだ。
さらに、食べすすめよう。白玉だ。このパフェの名前になっている白玉だ。
白玉自体はあまり味がないが。これにあんこをつけて食べると。いい、とてもいい。もっちりした食感、奥歯で噛むと、ささやかに抵抗される感じがとても気持ちいい。
しかし、これに抹茶アイスとあんこをつけて食べると……なんてことだ……俺は今まで白玉なんて、お汁粉とか、あんみつや何かと食べないといけないとか思っていたが、化けやがった。和の中小さな洋が白玉を口の中で化けさせた。こんな食べ方、あったんだなと、俺は感極まる。
そしてソフトクリームとシリアルを食べすすめる。これもうまい、うまいんだ。
でも、一番気になるのは、下の謎の抹茶の何か。
すくうと……ゼリーか抹茶のゼリーなのか、と思って口に含む。違う。寒天だ。口の中がソフトクリームでまったりしたところ、一気に冷水を浴びせたかのようにさっぱりとさせてくれる。
くっそぉおお!
これは反則だろ!
後味がミントのガムなんかよりも、すっきりとさわやかな後味が広がった。
くそ、マジでこれ考えたやつ出て来いよ、もう一杯いけちまうだろうが。
でもだめだ、そんなことすれば目立つ。逆にデブならそれもありだと思うが、今は少女の姿だ。もう一杯食べようと注文するそんな少女が店に一回でも来たらもう店員に絶対覚えられる。来づらくなる。ここの店員さんたち眩しすぎるから、見られ続けたら影のような俺が吹き飛ばされて消えてなくなってしまう。
返却口にパフェの容器を置くと、ありがとうございます、と店員さんの声が聞こえ、あまりの眩しさに逃げ帰った。
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