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5話 学校や職場になぜかテロリストが乗り込んでくる展開? スーパーには万引き野郎が来てそれどころじゃない。

いつも読んでいただきありがとうございます

 土日祝日の休み、そんなものは一部の平和な人たちの職場だ。

 土日返上のブラックスタイルの企業、24時間営業の店舗、土日祝日こそかき入れ時の飲食店等人と同じタイミングで休めない悲しい人たちがいる。正月休みやゴールデンウィーク、お盆の時期とか関係ない。

 鈴木の勤務するスーパーは役員を除く社員が土日祝日をローテーションで勤務して回している。ぶっちゃけ、口出すだけ出して現場丸投げなので来ないでくれた方がありがたい。

 そして、非正規職員の鈴木たちがこの休みを守っているわけだが、鈴木は家族と同居しているわけでもなければ、子供がいるわけでもないので、優先的に休みがない。

 クソ忙しいタイミングで休みがない。

 マジクソゲーをお金を払ってやっているレベルのクソさを感じるのだ。

 でも、鈴木はそれを許容していた。

 自分にはない、子供と楽しく過ごす時間は貴重なものなのだ。自分は元の身だしなみも酷いが、それに対する努力もしてこず、女性との関わりを自主的に絶ってきたことから当然ながら子供はいない。

 自分にはできない、これからの未来を作る日本の希望の種子なのだ、と思うと、職場くらいは俺がなんとかしてやろう、と崇高(すうこう)な気持ちが芽生えるのだ。

 だが、辛いものは辛い。

 鈴木はスーパーで担当している業務は野菜、果物の仕入れ、品出し(店内に陳列させること)なのだが、当然1人でやる量ではないのだが、アルバイトの子供のいる若いお母さんや孫のいるおばさまが休みをとってしまいワンオペとなる。本来担当外の菓子類の品出しも人が足りないからとやらされる。

 時給が加算されるわけではないのに、とため息を吐きながらバナナに値札のシールを貼り付けた。


「鈴木、助かったよ。ほれ」


 野菜の処理室に菓子類担当の小崎という、細身のイケメンが廃棄予定のカステラを持ってきた。

 イライラしていた鈴木は現金なものでお菓子の誘惑には弱い。


「ああ、これうまいやつだな、サンキュー」


「それなら普段買ってくれよ」


「あんまり食べると太るからな」


「んー。よく意味がわからないな」


 そう、小崎は笑って、自分の持っていたカステラの袋を開けた。

 小崎も鈴木一郎と同じで子供や妻がいなく、自由な身分なのでゴールデンウィークはびっしり仕事になっていた。しかし、鈴木と違い彼は正社員なのだ。それを鼻にかける人ではないが、鈴木はやはり、上下関係を感じてしまう。

 鈴木も続けて仕事の手を止めてカステラの袋を明けようとしたところ、携帯電話からアラームが鳴りびいた。小崎からも同じようなアラームが響いた。


 付近で怪人が出現しました。至急避難してください。


 鈴木と小崎は携帯電話の表示を見て揃って嫌な顔をした。

 2人が思いつくのはお客さんの避難誘導だ。自分たちが店から離れられるのは、女性職員や自分たちより年の行ったアルバイトのおばさまおじさまたちの避難が終わってからなのだ。

 店長?

 そんなのゴールデンウィークは休みとって個人だけライフワークバランス向上させているので、最後は店長代理となりえる正社員の小崎だけだ。

 流石に可哀想だから鈴木一郎も最後まで手伝うことにした。


「お客様走らないで、店外にお進みください!」


 鈴木の担当の野菜コーナーは入り口が近いので、そこで立って出るように誘導をする。押しのけて移動しようとする人に注意すると、怒鳴り返されるが将棋倒しになるよりマシだ。将棋倒しになればそこが詰まり避難が遅れるし、避難誘導が悪いと最悪クビになる。死人も出て、その賠償責任を取らされるかもしれない。悪いのは避難の際のマナーを守らないやつなのだが、世の中そんなに優しくなく不公平にできているのだ。


 鈴木が注意した高齢の女性客が店外に出た瞬間ぶっ飛ばされた。店外で悲鳴が聞こえると、さらに店の窓が爆発音に似た音を立てて割れた。

 ガラスの破片が飛び散った店内に、50歳くらいの中年の男が鼻息を荒げて立っていた。洗っていなさそうな妙に艶のある髪の彼は上着にオレンジ色のTシャツに黒っぽい灰色のズボンを履いていた。

 顔の片目に星の刺青をしてあり、右腕が体のバランスを取れないほど筋肉で盛り上がっていた。

 そして、その異様な右手には、可愛らしい女児がカラオケで使いそうなピンク色のマイクが握られていた。

 やつはそれを口につけて叫んだ。


《俺のモノは俺のモノ! 店のモノも俺のモノ!》


 耳にガラスを引っ掻くような音が混じった嫌な低音のデスボイスが聞こえる。


 再出現報告が多数挙げられる怪人、通称『万 引夫(まん びきお)』である。スーパーや量販店などに出現しやすい怪人で、お店の中で暴れて、店内のものを異空間に転送してまた別店舗に走っていく。つまり、外から来たこの怪人は近くの店で発生した後に店のものを思う存分吸い込んでこっちにやってきたのだ。

 また、この怪人のデスボイスは周囲の防犯カメラに対して、一定時間録画などの機能を無効化させるのだ。

 まさに最悪の万引き犯である。犯罪の種別からすると、どちらかと言うと強盗なのだが。

 ただ、人に危害を加えることより、商品に対する執着が強く、怪人としての危険度は低めである。

 鈴木もこの怪人のことはよく知っていた。彼はヒーロー名鑑だけでなく怪人名鑑や怪人迷鑑も読み漁っているからだ。こういった怪人で、うちの店に来たらマジ勘弁してほしいな、と思う怪人ベスト1として常々思っていたこともある。

 防犯カメラがやられた上に、怪人万引夫に皆の目が集中、いやみんな一目散に逃げている、ということに鈴木は気づいた。

 そこで、鈴木は自分のテリトリーの野菜処理室にそっと入り、美少女ヒーローへ変身を心から願った。

 野菜処理室は淡い光に包まれ、その中心に、モノトーンのバトルスーツに包まれた美少女が現れた。頭を少し振ると黒く長い髪がふわりと優しく揺れた。


 怪人万引夫は酒コーナーを歩き、異空間にビールやワイン達を吸い込ませていた。

 鈴木は心の中で悲鳴をあげていた。

 酒類は単価が高い。

 単価の高い商品が盗難の被害に遭うと店の損害がでかい。

 商品を売って稼ぐ仕事は、そのまま商品が売れた分が収入ではない。販売価格から仕入れ値と人件費、そして管理費などの費用を差し引いた分が店の利益だ。

 単価の高い商品は、安い商品と違い、利益を増やしすぎるとお客にとって高くなり、手が届かない金額となるから売れなくなる。だから、高い商品は安い商品に比べて利益率が低く販売されている。

 それなのにその高額商品が盗まれたら、店は10個以上を売っても利益が出ないのだ。

 高いワインや日本酒、ウィスキーが置かれた棚に怪人万引夫が近づいていた。美少女姿の鈴木は怪人と高級酒類棚の間に飛び込んだ。


「や、やめ……ゴフッ」


 やめろクソ野郎と叫ぼうとした鈴木は喉に焼けるような痛みが走った。口からは少し血が出て、白いコスチュームの生地に赤い点を作った。

 怪人の攻撃かと思えば、動きを見る限り違う。


「今すぐ商品を返……グフッ」


 またしても、喉に強い痛みが走り抜ける。ただ、鈴木は商品を返しやがれ、と叫ぼうとしただけだ。怪人ではない、と鈴木は感じながら、また吐血をして口を押さえた。そして、あのヒーローの力に目覚めた瞬間の謎の言葉とのやりとりを思い出した。


 力を増やすために、変身中には、


   汚い言葉をやめる

   清らかな心でいる


ということを確かそんなふうに誓った、と。


 くそっ、この美少女の体を性的に堪能することもできなければ、少しでも言葉使いが悪ければ喉に吐血するような痛みが走るのかよ。


 鈴木の怒りは天井知らずに登っていく。ふと、これが清らかな心でいると相反しているのでは、と気がついた。身体中にまた地獄の釜で茹でられるような痛みに苦しむのはごめんだ、と鈴木は思い、心を沈め冷静さを取り戻そうとした。


「ヒュー……ヒュー……やめなさい。怪人よ……商品をお店に……返しなさい!」


 鈴木の喉は神の業火なのか世界の業火なのかわからないものに攻撃を受けたせいで、うまく言葉がでない。息切れをした、病弱な美少女がヒーローになって苦しみながら戦っているのではないか、と周囲の人が見ていたらそう思われただろう。

 その姿を見た怪人は当然舐めてかかってきた。


《俺のイチモツは俺のモノ、お前のモノは俺のモノ》


 怪人は下衆な笑みを含んで鈴木を見た。

 そして、怪人に負けたら死ぬよりも酷い目にあいそうだ、と思って身震いした。

 振りかぶる強大な右腕に、危険を感じて横に飛ぶ。振り下ろされた拳は地面を破壊して、タイルをそこら中にとばした。

 横に飛んだ鈴木は、さらに店内の天井に飛び、いくつもの壁を飛び交い、目で追いかけるのがままならない怪人の胸元の直近に飛び込み、叫びながら拳を相手の胸や腹、顔に乱打した。

 叫ぶ声は喉を痛めつけ、声そのものは出ないが、口から時々血飛沫が飛び散った。

 乱打する拳に、だんだんと怪人の体が床から上がりだし、そして50センチメートルくらい持ち上がっていく。こんなこと自分にできるのか、と思いながらいると、体が自然に動き、体をひねり回転力を作り出して勢い良く足を伸ばして回し蹴りを放った。打ち込まれた怪人万引夫は壁に吹き飛ばされて、粉塵が舞い、あらぬ方向に体の節々が曲がり全身から流血を吹き出し、灰となって消えた。

 同時に店内の棚に盗まれた商品が戻っていった。

 これで経営陣から文句を言われる量が最低限になったと鈴木は思い、ほっとため息を吐いた。あとは店長代理になる小崎が保険の申請をすれば、最低でも修理代分はなんとかなるだろう。

 鈴木は目にも止まらぬ速さで野菜処理室に戻り、変身を解除し店内に戻った。

 後は、店内を掃除して営業を再開……いや、今日はもう無理か、他の従業員みんな避難したし、などと鈴木は思いながら箒で床に散らばったガラス片を回収していると小崎が鈴木の姿を見つけて走り寄ってきた。


「鈴木、無事だったか!」


「一応な、もうお客さんは誰もいないと思うから、掃除して店じまいでいいかな、と思うんだけど」


「そうだな……鈴木は見たか? 天使が救ってくれたんだ!」


 小崎は今までかつてない真剣な顔で鈴木の肩を揺らした。

 天使なんていたか?、むしろ俺が倒した気がするんだけと、と思う鈴木。


「ヒーローの女の子か?」


「あんな、綺麗な女の子がただの女の子のわけないだろ! 神様か天使だ」


 何言ってんだ、30代童貞のデブおっさんだぞ、と鈴木は口から声が出そうになる。しかし、そんなことを言えば彼の心を深く傷つけることだろう。

 声を出すのを途中でやめて、小崎の言葉を待った。



「血を吐きながら戦うあの子はきっと病院から出られないはずの体に違いない……寿命を縮めながら怪人を倒すなんて……なんて尊すぎるんだ」


 ただの強くなるための条件の縛りで、汚い言葉を禁止したために、罵り言葉や叫び声を出す度に喉にダメージをおうだけなのだ。本当のことを言いたいが、鈴木は小崎がショックを受けて死ぬかもしれないと思うと黙ることしか出来なかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新楽しみです
[一言] また新たな属性が……。 変身時の誓いがかなりのデバフだな。 強制的に冷静になるのはいいけど、変身するのが怖くなるわ。
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