11話 私とあなたのお稲荷さん
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物陰から物陰に移動して、どこに隠れたのか、子供をどこに隠したのかわかりにくくさせ、そして、怪人サスケ稲荷の姿を探す。
鈴木は、ワンチャン、不意打ちで一撃を入れることができたら、倒せるかもしれない、という可能性に賭けていた。
今までの怪人は全てワンパンでなんとかなった。
これならば、Aランク怪人でもある程度はいけるはずだ、そう考えていた。
そして、鈴木は黒装束のキツネのお面をつけた者を見つけた。禍々しい雰囲気が、とんでもなく強い。これ関わったら大変なことになりそう、と直感が働いた。
しかし、それよりもここでピンチに陥っているヒーロー外である一般の人たちのために、その人たちが無事帰れるための布石をせねばならない、そう鈴木は考えた。
額や背中に冷たい汗を感じた。
でも、戦わねばならないと鈴木は拳を強く握りしめた。
膝を軽く曲げて息を整える。
そして、翔ける。
建物や風景が一瞬で通り過ぎていくのに、妙にゆっくりと動いているように見える。
空に飛ぶ小鳥の羽ばたきすら見えるよう。
サスケ稲荷まで後数歩の距離にたどり着き、首の骨を狙って拳を打ち抜く。
その瞬間、既にサスケ稲荷の体が鈴木へ振り向き、軽く手で払った。
ただそれだけなのに、拳はサスケ稲荷には届かず、そのままサスケ稲荷の後方へ鈴木は勢いを殺せず飛んで行った。
クソッ
鈴木は舌打ちするとともに、言動の悪さから口から血を吐いた。
そして、すぐさまサスケ稲荷へ飛び掛かるが、やはり軽く避けられる、鈴木は建物にぶつかって白煙を上げた。
バレバレならばフェイントだ、とサスケ稲荷に飛び掛かり、直前で横に飛び、そしてまた飛び掛かるが同様に手で弾かれた。
何度もフェイントとなる動作、飛び掛かり中止から飛び掛かり、右から左に飛んで行き死角から、飛び掛かると見せかけてスライディング等を繰り返すが、どれも避けられる。
息が切れ始めた。鈴木は日ごろの運動不足を呪った。明日行く旨い飯屋を探したり、異世界に行ったら使えるサバイバル知識を暗記したり、youtuberの料理動画を永遠と見続ける暇があるならランニングしておけば良かったと心から思うのだった。
フェイントを何度もすれば次もフェイントが来るかもと思って動くに違いないと鈴木は思いながらそのまま全力でサスケ稲荷に飛び掛かったが、思った以上に体が重く、動きが遅かった。これは疲れによる動きの遅延であると自覚した時、腹がえぐられた。
サスケ稲荷がどんな風に動いたのかは鈴木には全く見えなかった。ただ、強い痛みを腹部に感じ、衝撃と轟音が響き、気がついたら瓦礫の中にいた。
気を失っていたことに鈴木が気づき、瓦礫を急いで吹き飛ばしそこから離れた。
鈴木の額に脂汗が浮かんだ。離れたはずの方向には既にサスケ稲荷がいた。第三者から見れば、鈴木がサスケ稲荷の方へ自ら動いて行ったようにしか見えないのだ。でも、確かに、鈴木はサスケ稲荷から距離を離そうと動いたはずなのだ。
サスケ稲荷は側に来た鈴木の左腕を掴むと、本来の人間の左腕が曲がらない方向へ曲げ、そして、その華奢な身体をブンブン振り回して壁に投げつけた。
「ああ、ああっ、アアアアアア!」
燃え盛るような痛みに鈴木の顔が歪んだ。
力の差が歴然すぎた。
本当についてない。
よくあるロールプレイイングゲームのフィールドの雑魚敵でレベル上げをしようとしたら野生の隠しボスキャラにぶち当たって即死ゲームオーバーするクソバグだろとコントローラーをテレビ画面にぶん投げるような怒り沸騰レベルな流れなのだ。
しかし、これはゲームでは無い。諦めたらそこで死亡確定なのだ。
痛みに対して大声を出しながら気を持たせ、鈴木はその場から離れる。
逃げることもまともに戦うことも難しい。
このまま死ねば、まだ食べることのできなかったあんな料理、こんな料理を味わうことができなくなる。また食べたいと思っていたラーメンを食べることができなくなる。
そんなことは嫌だと鈴木は呟く。
そして、このまま死んだ場合、死んだ瞬間にヒーロー変身が解除されたなら、多くの人々に女の子に変身していたキモオタおっさんとしてネットでバズる。もちろん、悪い意味で。
死んだ瞬間に変身が解除されるかどうかは知らないが、解除されることは十分あり得る。
そう、鈴木は思い、強く歯を食いしばった。
変身後の自分をよく思っていた人、特に同僚の小崎からはドン引きされる。きっと、小学生にはトラウマものだろう。ヒーロー迷鑑にも載るレベルだ。
そんな死に方は嫌だ。
病院のベットで安らかに老衰で死にたい、美少女ヒーローに変身していたことは墓場まで持って行かなければ、と鈴木は強く拳を握りしめた。
血とつばが混じった液体を口から垂らしながら美少女ヒーロー姿の鈴木は立ち上がった。
その立ち上がる鈴木の姿に、ほう、と呟くような声をサスケ稲荷はつぶやいた。
怪人サスケ稲荷も驚いていた。
明らかに格下と思っていたヒーローが死なず、瀕死にも関わらずまだ立ち上がるからだ。
無駄な足掻きを、と思いながら向かってくる美少女ヒーローとなった鈴木を迎え撃つ。
しかし、回数を重ねるごとに荒くわかりやすいフェイントが洗練され、動きが速くなる。
死に際であるが、決して諦めずに、最後まで勝利を拾おうと必死になって動き回る姿や伸び代を感じさせる動きには敵ながら好感を覚えた。しかし、ヒーローと怪人はお互い相反する生き物。
未熟者のヒーローを殺さねばならぬと動き出して、サスケ稲荷は予感を感じた。下がれ、と。
咄嗟に数歩下がると、サスケ稲荷のいた場所に切れ目が入る。
「やはり勘が鋭いな、キツネ風情が」
白い道着に白から赤色に足元にグラデーションのかかった袴を着用した肩までかかる黒い髪の毛の美少女サムライが刀を一閃し、振り抜いた姿勢から刀の先を避けたサスケ稲荷の方へ向けて正眼に構える。
少女は童顔でおっとりしていそうな顔つきでみんなに優しいイメージがある。にこりと向けるサスケ稲荷への笑顔はとてもなく背中から冷たい汗を感じるものであった。
サスケ稲荷が何かに勘づき、横へ飛び退くと、鋭い風圧が抜けていく。遅れて、綺麗にアイロンで整えられた袴のひだが、ふわりと動き、足首をチラリと覗かせた。
その場で刀を一振りした少女の遠距離攻撃であった。刀の一振りで遠くの敵を殺傷可能な一撃。Aランクの怪人でも避けなければならないほどの威力。そして、サスケ稲荷の特殊技能の予測を常時駆使しなければ避けきれないほどの速度。
分が悪い。そう、サスケ稲荷は思い、撤退をするべきだと判断した。
その瞬間、自分の目の前が何も見えなくなった。
地面にうつ伏せで倒されて何者かに馬乗りにされていることを、背中の重みと土と石畳の香りで気がついた。
何度も、何度も頭に衝撃が入るが大したことはない。
ああ、だから、予測が反応しなかったのか。
即死になりうるものの予測に注視していたら、それ以外、意識していなかったものに気づかなかった。
サスケ稲荷の上にまたがるのは、先程立ち上がったFランクの美少女ヒーロー。
力の差があり過ぎる雑魚ヒーローに遅れを取ったことに、サスケ稲荷は苛立ちを感じ、サスケ稲荷はクソ雑魚と思っているヒーローに対しはじめて敵視した視線を向ける。
首を90度程度、振り向き、横目で見る。
余裕すら感じる動きだ。
なぜなら、美少女サムライの攻撃は、同胞のクソ雑魚美少女ヒーローにも当たる同士討ちとなるから、実行に移せないと思い、さらに予測のスキルにもそのような行動は見られない。
しかし、サスケ稲荷は、振り向いて見えた光景にただ戦慄した。不覚にも恐怖を感じてしまった。
背中に乗るのは猛獣のような、悪魔のような、この世界にいてはならないナニカのような、バケモノに見えた。ボロボロにひび割れし、砕けたプロテクターは自身の血で染め上げたものだ。そこから見える薄らと見える腹の筋肉が日焼けの知らない白さで、余計に赤色が目立っていた。
口から血反吐を吐きながら。何かわからない言葉もどきを発し、曲がった腕や血だらけの腕でサスケ稲荷の顔を構わず殴りつけてくる。
単純に気持ち悪い、という気持ちにサスケ稲荷は感じた。これがあのクソ雑魚ヒーローなのか、と頭の中で考え続けた。
鬼気迫るその顔と動きは、確かに、サスケ稲荷に深い恐怖心を与えた。
サスケ稲荷は、とっさに美少女ヒーロー鈴木を手で払い除けた。
簡単に吹き飛ばされ、鈴木は建物に当たり白煙をあげた。
容赦はできないとサスケ稲荷が片手をあげる。すると、数百もの刃物が現れた。
クナイに手裏剣のみならず、包丁からハサミ、日本剃刀から斧に聖柄の刀、槍。
それらが浮かび上がり、穂先を鈴木の方へ向けられ、今にも飛び出して行こうとしていた。
しかし、うかつだった。
サスケ稲荷はなぜ自分が安全であったか、思い出した。
予測のスキルは自身が一刀両断される瞬間を写していた。
でも、もう間に合わなかった。
既に、美少女サムライはサスケ稲荷を抜けきり、刀を一振りしていた。
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