10話 私のお稲荷さん
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全国の至る所に稲荷神社がある。
稲荷神社に奉られているのは狐ではなく、お米の神様。
稲作を中心とした生活を行っていた日本人にはなくてはならなかった神様なのだろう。
そのお米の神様が出世の神様として崇められているのは、鎌倉にある佐助稲荷神社である。ここにいる神様が出世の神様と言われるのは、源頼朝にある。稲荷の神様が頼朝の夢に現れ、平家への出兵時期を教え、平家を滅亡させ鎌倉幕府を作ることができた。平家討伐後にこの神社が作られ、出世の神様と後世で言われるようになった。
でも、考えてほしい。
その平家討伐の中で、数万人の死者が発生し、その後、義経という実弟を殺し、鎌倉幕府が成立して30年もしないうちに源家の将軍は3代目で絶えて北条氏の天下になる。
佐助稲荷神社に奉られているのは、稲荷の神様と言われているので間違いないだろう。
しかし、源頼朝が出兵を決めた夢の中に現れ、これから発生する殺戮を勧めたのは、本当に神様だったのだろうか。
ヒーロー業を始めるにあたり、鈴木は祈祷をしてもらおうと思った。
彼が信心深いというわけではないし、超常現象をこよなく愛するわけでも無い。モルダーやスカリーの物語を陶酔しているわけでも無い。
ただ、不幸の連続があった時、それは彼の厄年だった。酷くつらい、というよりも運が悪いようなことが続いた。急いでいる時に待っていた電車が人身事故を起こしたり、今日は奮発してコンビニスイーツを食べようかと思ったら売り切れだったり、仕事が終わりかなと思ったころに追加の仕事が来たり、いつもならなんでも無い道で足首をひねったり、ろくなことがなかった。
それがどういうわけか、神社で厄払いをしたらピタリとその小さな不幸の連続が止まったのだ。
祈祷や厄払いだけはマジもん、世界の定理なのだよ派に鈴木はなっていた。
個人事業主としての命をかけた仕事が細く永く続くように、死なないように、できるだけ弱い怪人に当たりますようにと祈祷してもらおうとした。
いつもなら人が賑わう27基の鳥居のあるこの神社。妙に人が少なかった。札幌の中央区にあり藻岩山ロープウェイのすぐそばの観光スポット、人が少ないわけがない。観光客が増えた上に迷惑撮影者も増えたから、撮影禁止となったくらいなのだ。
まあ、人がいないならとのびのびと祈祷を受けることに専念できると鈴木は思った。
その前に願掛け白きつね様を買おうと思い、販売所に赴く。願掛け白きつね様とは、いわゆる絵馬のようなものだ。白いキツネの像を買い、そこにお願いを筆で書くのだ。神社の決められた場所に置いていくのもいいし、お持ち帰りしても問題ない。
そういうわけで、鈴木は白きつね様の販売店まで辿り着くと、真っ黒なきつね様が白きつね様の代わりに置かれていた。それも山積みにである。
そこまでくると、鈴木は稲荷神社の様子がおかしいことに気がつき始めた。
人が少ない、販売店の様子もおかしい、空気が妙に生暖かく、生臭い。すれ違う人は狐のお面を被り、目が合っていないはずなのに、じっとりと見つめられているような感覚がある。
これはヤバイ。
怪人サスケ稲荷だ。
鈴木は脳みそにこびりついた怪人名鑑に書かれていたサスケ稲荷の項目を必死に思い出していた。
サスケ稲荷は黒装束をまとい、真っ黒な狐のお面をつけている忍者である。
近くでは刀を使い、離れたならば忍術や隠し持った武器の投擲をする。
素早く、そして一撃が重く、Aランク相当の怪人とされている。
怪人のランクは、同ランクのヒーローならば倒せると言われている。ちなみに鈴木のランクはFランクである。
鈴木がFランク認定の理由はまだヒーローに登録したばかりというのと、遠距離攻撃がなく、また必殺技みたいなものがないからである。すでにEランク怪人を2体倒せているが、それは相性とか、場所の利があったりしただけとヒーロー課では解されている。
格上は絶対に倒せない、ということでは無いが、仮にFランク怪人が遠距離攻撃を持ち合わせていればそれだけでも近距離攻撃しかない鈴木は苦戦する可能性が高い。それが今のヒーロー課の鈴木に対する評価なのだ。
Aランクの怪人にFランクのヒーローが戦いを挑むというのは無謀極まりない。
「逃げよう」
ヒーローにも変身してない一般人にしか見えない太ったおっさんの鈴木は即断した。
踵を返し、俺は何も見てない、知らないと呟きながら歩き始める。
サスケ稲荷の暴れる範囲は、稲荷神社の側からゆっくりと広がる。この場から逃げ切れば、後からやってくるAランク以上のヒーローに対処されて、安全に帰ることができるのだ。
しかし、怪人のテリトリーは鈴木が思ったより広がっていたようだ。先程から歩いても歩いても藻岩山の近くから離れられない。
さっき見たはずの鳥居が、さっき見た販売所が、視界にまた広がる。
もう、この場から逃げ切ることはできなくなっていた。
もう隠れ潜むしか、生き残る方法はない、と鈴木は確信した。
鈴木は、戦わないにせよ生き残る確率を高めるため物陰に隠れて美少女ヒーローに変身した。周りからヒーローと思われないように安物の黒いジャケットを羽織り、物陰から物陰に移動して周囲を見渡す。
怪人にはまだバレてはいないだろう、と思いながら一息ついた。
怪人が倒されるまでこのまま隠れていよう、そう鈴木は思い、携帯電話を見て時間を潰すことにした。
検索エンジンで稲荷神社、怪人、現在、などと書いて検索すると、ツブヤイターの中に鈴木のいる神社で怪人が現れたと出ていたり、助けて、出られない、などと書かれた書き込みも見られた。
こんな状況で、自分が助けに行けるか?
無理だろう。鈴木はため息を吐いた。基本的に、ヒーロー課は格上相手への参戦は勧めていないし、むしろやめてほしいと広報している。勝てない相手に無駄に貴重なヒーローという人材資源を失うわけにいかないからだ。
そんな中であえて戦うならば、それは蛮勇という名の自己責任だ。
鈴木は隠れ潜みながら携帯ゲームアプリでもやろうかと、携帯電話を操作しようとしていると、子供の悲鳴が聞こえた。
男の子か女の子かわからないような年齢の子だろう。
一瞬、体が動きそうになって、自分を押し留めた。
そんな子供なら、親が一緒にいるはずだ。きっと、怪人が隠れている弱いヒーローを誘き出そうとしているに違いない、そう鈴木は思う。
しかし、その悲痛な泣き声は耳の奥底を突くように響き、良心をえぐる。
もしかしたら、逃げた親とはぐれた子供かも。
親はすでに殺された後かも。
親が命をかけて逃した子供かもしれない。
だめだ、耐えられない。
鈴木はガリっと歯を噛み、隠れた物陰から飛び出した。狐の仮面を被った普段着姿の者たちに囲まれた子供の元へ走り、子供を抱えると物陰から物陰へ移動する。
鈴木は自分の持っていた携帯電話を子供に渡し、
「おれ、ゴフッ、お姉さんが、戻ってくるまで、貸してあげる。ほら、このパズルゲームやったことある?」
お淑やかな言動でなかったため、鈴木は少し吐血し、袖で口をぬぐい、パズルゲームを子供に勧めた。
子供はそのゲームをやったことがあったようで、説明なしでも操作できた。
「お姉さんが帰って来るまでここにいてね」
そう言った頃には、子供はゲームに集中していて、今まで怪人に襲われていたなんて思ってもいない。
おっさん美少女ヒーローから笑みがこぼれ、そして、意を決して物陰から飛び出した。
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