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1話 怪人

興味を持って読んでいただきありがとうございます。

 人類と怪人との闘いが始まった。

 怪人は急にどこからか現れ、街を破壊し、人々の命を奪い始めた。

 警察、軍隊等の人類の持てる力を費やしても、怪人一人を倒すのに多くの人的犠牲や財産的な犠牲が払われた。

 人類が絶望に瀕した時、現れたのがヒーローだ。

 突如不思議な力を得た一般人が、姿を変え、『ヒーロー』となり怪人を殲滅していった。


 ヒーロー歴538年。

 ヒーローが最初に確認されてから538年目のことだ。

 多くのヒーローが怪人達を墓場に送り込むが、多くのヒーローもまた犠牲になった。

 人類はヒーローを敬い、ヒーローに変身した一般人たちの生活や住居の提供等し、ヒーローたちの活躍を広報するなどの鼓舞をした。しかし、一方で心無い一般人が動画投稿サイトでヒーローをネタにして笑いを取ったり、揚げ足とり、炎上をさせたりしていた。




 壁を叩くと2つ先の部屋まで音が響くボロいアパートの一室に鈴木一郎という男が住んでいた。

 彼は、いつか正社員に雇う、という言葉を信じながらスーパーでアルバイトをしている30歳をとうに越えた男だ。勤め先は家族経営のスーパーで、役員全てが家族親戚縁者で固められている。アルバイトから正社員にするなどという、そのようなことはその会社の前例的にあり得ないことを彼は知っていた。でも、彼は将来の不安を考えるくらいなら美味い飯でも食って全部忘れよう、というタイプのデブだ。言われた言葉を鵜呑みにして、『信じている』と自分を信じ込ませて、現実逃避をしていた。それに、正社員になると、合わせて役職も与えられて時間外手当が無くなるという罠もある。

 正直な話、彼はあまり人を信じていなかった。


 他人からすれば、大したことではないことなのだろうが、鈴木一郎は幼少期から不運な経験を重ねてきた。小学生の頃、同級生数人から何も悪いことをしていないのに喧嘩を吹っかけられてボコボコにされた。誰も助けてくれない、惨めな思いをした。中学生、高校生の頃、地元のヤンチャなやつに金をたかられた。容姿も相まって、よくターゲットにされた。もちろん誰も助けてくれない。だから、彼は18歳までの人生経験で人をあまり信じたり期待することをやめてしまった。

 それでも、彼が闇堕ちしなかったのは、単にヒーローのおかげだった。

 テレビなどに映し出された人類の危機を守るヒーローたちの姿に、彼は勇気をもらった。ヒーローに瓦礫から助け出された人たちを見て、俺もなんとかしなきゃ、と今すぐ何かできるわけではないけれど、彼は強くそう思った。瓦礫だらけの街が元の姿に戻り、普段の人通りや人々の顔に笑顔が戻ると、そこが街の人の大切な空間だったと気づき、大切にしなければいけないと思った。

 そして、子供の頃からの嫌な思い出がある彼は、怪人によってこんな刹那的に命を失うかもしれない世の中の子供を可哀想に思い、自分みたいな陰鬱な人間や自分に酷いことをしていった人間のようになってほしくない、と感じていた。 

 だから、彼は子供の頃の辛い経験から、他人が同じような思いをすることを望まず、子供たちに夢を与える仕事に就きたいという思いを抱いている。


 それで彼は子供に夢を与える仕事やみんなが楽しめることを提供できる仕事をしたいと思って、二十代前半の時からそれらに関わる会社に就職活動をしていた。

 しかし、ことごとく採用試験や面接で落とされ続けた。ゲーム会社や夢の国ランドのスタッフや映像制作会社など、ある特定分野に能力を必要とするスタッフを求める会社ばかり採用試験を受け続けた。しかし、圧倒的に能力が足りていなかったし、そもそも彼を雇うなら湯水のようあぶれている他の優秀な人材を雇うことの方が普通だった。

 それに彼には能力的にもルックス的な魅力もなく、採用担当者も彼を雇いたいという気持ちには傾きはしない。

 夢や希望を与える仕事をする前に、夢や希望を砕かれ続けた。現実を見て仕事を探すように彼の親に言われたことを思い出し、たまにむしゃくしゃするが正論すぎてぐうの音もでない。親からも周囲からも社会からも追い出されたような気がした。

 そんなわけで、彼、鈴木一郎は世の中に緩やかな絶望を感じつつも、現在の生活に甘んじている。

 彼もまた、そんなその他大勢の1人だ。


 その日、鈴木一郎は大きな本屋の中で立ち読みをしていた。

 ヒーロー特集コーナーの中ある、ヒーロー名鑑という過去の素晴らしい活躍をしたヒーローに的を絞って紹介されている本だ。

 彼はそれを読みながら、俺もヒーローになってみんなのためになりたい、いや褒め称えられたい、などと今の見窄らしい自己からの逃避をしていた。

 ページを開いていくと15歳くらいの少女の特集ページが目に飛び込んだ。彼女は日本で5本の指に入る優秀なヒーローだ。能力や戦いっぷりもそうだが、容姿もとびきりに良い。ヒーローじゃなかったらモデルかアイドルでやっていける子だ。

 小さい子供、特に女の子、そして大きなお友達から絶大な人気がある。

 鈴木一郎も、この美少女ヒーローのことはよくテレビやネットで見ていた。しかし、性的な魅力に惹かれて、というよりも尊い存在として眺め敬うような感じであった。

 こんなヒーローになれたならなあ、と思って次のページをめくった。

 そんな時、チカチカと店内の明かりが点滅し、そして消えた。

 其処彼処(そこかしこ)の人たちの携帯電話から緊急避難情報を知らせるアラームが鳴り響き、


   『怪人が現れたました。至急、この場から離れてください』


という音声が聞こえた。


 今すぐ逃げないと大変なことになる、と彼は思って、立ち読みしていた本を戻し、走って店を飛び出した。

 札幌市中央区北5条西5丁目、大型の本屋の紀伊國屋書店やホテル、高層ビルが建ち並ぶ場所だ。彼は紀伊國屋の2階のスターバックスから札幌駅や大丸デパートをボケーっと眺めながら飲むコーヒーはとても旨く感じるのだが、そんなことができる場面ではない。

 とにかくこの場から逃げなければならない、と悲鳴の反対方向を走る。

 すると、人混みや人の流れに弾かれた子供がいて泣き喚いていた。4、5才の男の子だ。幼稚園の制服と黄色い帽子が可愛らしい。きっと、母親と繋いだ手が離れてしまい、人の流れで取り残されたのだろう。

 泣きじゃくる男の子をなだめながら、周囲に母親か父親がいないか見渡すが、それらしき人は見当たらない。

 仕方ない、抱えてどこかの交番に駆け込もう、そう決心して、子供の体を掴もうとした。

 すると、周囲の音が止んでいることに気がついた。

 そして、コツン、コツンと誰も通らなくなった道を歩く足音に気がついた。

 それは、とても不気味で、背筋が凍りつくような寒気を感じ、鈴木一郎は子供に伸ばした手を止めて後ろを振り向いた。

 背中にカラスのような翼を生やした全身黒ずくめの者が立っていた。泣き笑いした顔に口が裂け、それでも壊れたように笑っていた。

 怪人だ。

 そう思ったけれど、だから何をする、ということはない。目の前に怪人がいる時点で詰みだ。逃げても追いかけられて殺される。拳を振り上げて戦おうとすれば瞬殺される。子供を囮にすれば……そう考えて、鈴木一郎は横に顔を振った。

 そんなことをして生き延びても格好悪すぎる。それに、逃げ切れるわけがない。

 子供なんて、何か興味のあるものの話題をすれば……そうだ、子供に人気の仮面をつけたコスチュームのヒーローのキーホルダーがあった。自分の家の鍵付きのやつだ。

 どうせ、帰ることはできない、と思い子供の前にブラブラと見せつける。


「このキーホルダー欲しい?」


 泣きじゃくる子供はキーホルダーの仮面野郎に目が釘付けだ。


「おじさんの大事なものなんだ。これあげるから、あっちに行った君のお母さんに持っていきな。きっと、お母さん喜ぶよ」


 子供は、うん、と頷いて、人の流れが向かった先に走り出した。さっきまで泣いていたのに、物をあげた途端、にこにこの笑顔。手の平をひっくり返したように心変わりする。

 でも、それでいい。

 少しでも時間を稼がねば、と彼は怪人の方を振り返る。

 奴は笑っているんだか泣いているんだかわからない声を叫んだ。窓ガラスがバリバリと共振して、耳がとても痛く感じた。

 あーやっぱり、格好つけるんじゃなかった、と強がってため息をした鈴木一郎は思った。

 あまりの寒さに体の芯から冷えた時のどうにもならないような震えが、体の中を走る。心臓の鼓動は高まり、息が詰まる。

 必死に死なないように、何か術はないかと考える。

 体を守ったり、武器になるような物なんてない。

 担いでいたリュックサックを片手で持ち、柄の無いモーニングスターと見立てて振り回す。

 こちらからは近づかない。近づいたら即終わりの無理ゲー、即死ゲーだからだ。大体の怪人は指一本で一般人をひき肉にする程度の力があるのだ。

 怪人は少しずつ鈴木との間を詰めてくる。獲物をとらえる、というよりも、おもちゃを見つけて飛びかかろうとするのを我慢するようにも見える。

 死の影が近づいてくる。距離を少しずつ詰められながらも、後退り、少しでも時間を稼ぐ。しかし、それは唐突に終わりとなる。背中に壁がぶつかり、振り回していたリュックサックも勢いが止まった。

 壁に気を取られ、慌てて目の前にいた怪人に目を向けると、怪人はすでにもう鈴木一郎の数歩前にいた。

 鈴木一郎は、あっ、これ死ぬやつ、みたいに思い、急いで片手に持っていたリュックサックを怪人に投げつける。

 リュックサックは怪人の腕に弾かれ、回転しながらバラバラになっていった。

 リュックサックには買ったばかりの薄い聖書(エロ同人誌)が入っていたが、それがばら撒かれることはなく、むしろ紙吹雪となって散っていった。

 怪人の腕の一振りの威力に震えが止まらなくなる。

 しかし、どうせここで走って逃げても何も変わらない。

 あの子供は安全なところに逃げられただろうか。

 まだ時間を稼がなければ、そう思いながら鈴木は怪人に目を向けたまま、横に移動し円を描くように距離を取るように動こうと思った。

 シュッ、という音が聞こえたような気がした。怪人の一撃に鈴木は気づくことはなく、そのまま吹き飛ばされ壁に当たって、地面に転がっていった。

 気がつくと仰向けに転がっており、至る所から出血し、片足が本来曲がらない方向に曲がっていて、左腕は上腕辺りからなかった。

 全身を打ちつけたような痛みが走り、肺が息を吸い方を忘れたような感じで、息を吸っても吸っても息が苦しいままだ。

 足音が聞こえる。怪人の足音だろう。

 しかし、もうできることは何もない。

 怪人が鈴木一郎の頭の側に立った。そして、彼を見下ろし、顔を近づけケラケラと笑い出した。煽っているのだろう。

 ふざけんな、お前みたいな世の中のクズみたいなやつは見飽きてんだ。いつか正社員にするよ、給料上げるよみたいなことを言って一向に待遇が変わらない会社の経営陣とか、自分で腐らせた物を持って来てはお前のところで今日買った品物が腐っていたと吠えるクズ野郎、笑顔で対応していたら笑顔が気持ち悪いと常習のクレームを入れるババア。高校、中学時代は陰鬱な性格が原因で先輩や同級生から呼び出されて一方的に殴られたり、金も取られた。そいつら今では真面目に子供育てますウェーイなんていってSNSで子供の顔写真を載せている。

 怪人は鈴木の顔に自身の顔を近づけ、ニヤニヤと汚く笑い出した。

 鈴木は息を吸い込み、唾を吐き出して、怪人の顔に浴びせた。


 俺は、人の命や尊厳を踏み躙る奴が大っ嫌いなんだ!


 怪人の顔が歪む。

 鈴木はきっと自分に降りかかるろくでもない最後を覚悟し、逃した名前も知らない子供が無事誰かに保護されること祈った。

感想などあればぜひよろしくお願いします!

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