5.
「れーいー!!」
蓮がお風呂から上がり寝る準備を済ませたあたりで、玄関が勢いよく開いた。
「おふろ?せんとう?すごかった!」
「はいはい。帰ってきたらまず"ただいま"な」
「えっと、ただいま?」
「うん、おかえり。んで、どう凄かったんだよ」
まこはおかえりと言われたことに何か感じるものがあったようで、少し放心したような表情になった。
向こうの世界とやらでも、そんなやりとりをする相手はいなかったのだろうか。
蓮が感傷に浸っているうちに、まこは銭湯の良かったところを10も20も語っていた。
「それでね、どのおふろもすごかったんだけどね、おはながういてるおふろがあって!」
「わかったわかった。後で聞くからまず晴奈を帰してやれ」
「あはは、まこちゃんが銭湯を気に入ってくれたみたいで何よりだよ〜」
「せいな、ありがとう!またつれていってくれる……?」
まこが上目遣いで見上げてくる姿に晴奈はひとしきり悶絶し、よろよろと立ち上がって親指を立てた。
「もちろんだよ、まこちゃん。また明日ね」
「え、あしたもおふろにはいっていいの!?」
「風呂ってのは毎日入るもんなんだよ」
「やったあ!」
まこは嬉しそうにぴょんぴょんとび跳ねた。
床が抜けたら困るからヤメロと言いたかったが、満面の笑みを見たら玲は何も言えなくなってしまった。
「おら、もう遅いから寝るぞ」
「はーい」
まこは返事をすると、床に転がって丸くなった。
「待て待て、布団敷いたからこっちで寝ろ」
「?ふとんってなーに」
「ああ、またそこからかよ…もうとにかくこっちこい」
首をかしげながら近寄るまこを布団の中に放り込み、電気を消す。
「ん、おやすみ」
「お、おやすみ…?」
まこは恐る恐るといった様子で枕に頭をのせる。
何度か柔らかさを確かめてから、ようやく枕に体重を預けた。
「これが、ふとん…」
「ついでに言うと、その頭のっけてるのは枕だ」
「まくら……やわらかくて、あったかい」
「そりゃーよかった」
あっという間にまぶたが重くなりまばたきを繰り返すまこを見て、玲はなんともいえない感情を抱いていた。
(こいつの目、野生の獣みたいに鋭いくせしてやけにさびしそうなんだよな。親をなくした獣って感じで…)
「ねえ、れい……」
「なんだよ」
「あのね、もし…もし、わたしが…」
「おまえが?」
「……なんでもないっ」
まこは頭から布団を被って黙り込んでしまう。
その寸前、まこの目から読み取れたのは…罪悪感?
「いや、気のせいか……」
少し待ってから丸まった布団の端をめくると、まこはすやすやと寝息を立てて眠っていた。
息がしやすいように布団をずらして、玲は自分の布団に戻る。
今日はいろいろあって疲れたからか、ものの数秒でまぶたが重くなる。こんなに早く眠れたのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
翌朝。
「れい…おなかすいた」
「まこ……?うわ、今何時だ」
飛び起きるほどではないけれど、慌てて時計を見る。
学校はとっくに始まっている時間で、思わず脱力する。
「あー……まあいいか、今日はバイトで…」
「ばいと?」
「気にすんな、とりあえず何か食べるか」
「うん!」
意気揚々と冷蔵庫を開けた玲は、中にほとんど何も入っていないのを見て固まる。
「うわ、昨日ほとんど使ったんだっけか」
「ごはん、ないの…?」
こいつけっこう食いしん坊だな、と思いながら玲はご飯を炊きお湯を沸かした。
「無いわけじゃねーけど、簡単なやつで勘弁してくれ」
「これ、なに?」
「これは急須。んで、これから作るのはお茶漬け」
「おちゃづけ」
急須でお茶を淹れ、お茶碗によそったご飯に注ぐ。
鮮やかな緑が湯気を立てているところに海苔を軽くふりかけ、まこにはスプーンを渡した。
「それなら食べやすいだろ。火傷に気をつけて食べろよ」
「やけどしたのはれいのほうでしょー!」
「はいはい、治してくれてありがとな」
そんな会話をしながらも、まこはほぼノータイムでお茶漬けを口に運んだ。
玲は慌てて氷を取りに行こうとするが、なんともない顔でまこはスプーンを往復させている。
「熱くないのかよ?」
「へいきだよ。きのうのほのおだって、わたしはやけどしてないでしょ」
「あーなるほど……なるほど?」
わかったようなわからないような。
とにもかくにも魔素とやらには常識が通じないらしいことだけはわかった。