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4.

「もういいよー?」


部屋の中から声が聞こえる。

空を見上げるのをやめ、部屋に戻るとまこは玲も通っていた中学の制服姿になっていた。


「にあう?」

「いいんじゃねーか。結局サイズ合ってねーけどな」


晴奈の中学の制服は、まこには少し大きかったらしく手は袖で隠れ服に着られている感が隠せていなかった。


「こんなふくはじめて」

「まこちゃんの居たところには制服なかったの?」

「うん、もっとまきつけるだけだった」


だから落ちてきたときは裸同然の格好だったんだろうか。

というか、なぜ別の世界とやらからこの世界に来たのだろうか。

玲の頭の中は疑問でいっぱいだったが、不思議そうに制服のあちこちをひっぱるまこと、その一挙一動に悶えている晴奈を見るとどうでもいいような気がしてきた。


「で、結局これからどうする?警察に行っても別の世界のことはわかんないよね」

「なあアンタ、そもそも元の世界に戻りたいか?」


玲がそう尋ねると、まこは複雑な表情になった。


「んー……べつにいいかも」

「そもそも戻り方もわかんないもんね」

「まあ、どっちでもいいけどな。じゃあ晴奈、そいつのことよろしくな」


あとは晴奈に任せたとばかりに食器を片付け始める玲を、晴奈はなんともいえない目で見つめる。

そしていいことを思いついたとばかりに手を打った。


「いやー、うちで預かりたいのはやまやまなんだけど……ちょっと難しいかも」

「は?」

「ほら、うちの親、アレだし……ねえ、このまま玲が預かりなよ」

「いやっ、それは……問題だろ、いろいろ」

「大丈夫大丈夫、玲はそういう奴じゃないって知ってるもん。ね、まこちゃん?」

「え、うん?」


突然の問いかけに、制服のリボンをぐちゃぐちゃにしていたまこは反射的に頷いた。


「よし、決まりっ!まこちゃんのことよろしくね、玲。困ったことがあったら呼んでいいから、あとこれは1週間分の着替えと……」

「いやまてまてまて!おいアンタ、この部屋でオレと一緒に暮らすなんて嫌だろ?」

「べつにいーよ?」

「いやアンタが良くても世間とオレがよくない……!」


玲はひとり頭を抱えるが、晴奈は気にせず着替えをまこに渡していた。


「たしかお布団は2枚あったよね、パジャマの代わりにこの体操着とジャージ使ってね。あとは……」

「おい晴奈、本気かよ?」


玲が半ば諦め気味に問いかけると、晴奈は真剣な顔で頷いた。


「うん、本気。前から君には、もっと幸せになって欲しいなって思ってたの。これはその第一歩だよ」

「は?幸せ……?」

「……そのうちわかるよ。まこちゃんのこと、本当によろしくね」

「はあ…くそ、わかんねーけどわかったよ。なんかあったら遠慮なく呼びつけるからな」

「もちろん!それじゃあまたね、まこちゃん」

「せいな、ばいばい」


手を振るまこにひとしきり悶えた後、晴奈は帰っていった。

嵐のような賑やかさが去り、残された玲とまこは顔を見合わせた。


「まあ、なんつーか……ひとまずよろしくな」

「うん、よろしくしてあげる」

「へーへーありがたきしあわせ」


玲はまこの言うことを流し2枚目の布団を出し始めた。


「つーかあれだな、あの炎があればガス代がだいぶ浮くんじゃねーか?」

「さっきのはそうなんかいもできないよ」

「そうなのか」


力なくふるふると首を振るまこに、玲は儚さを垣間見る。


「このせかいにはまそがないもん。これいじょうわたしのまそをつかったらきえちゃうかも」

「き、消えるのか!?」

「わかんない。まそがないせかいなんて、はじめてだもん」

「そもそも、その"まそ"って何だよ?」

「まそはまそだよ。なんていうか……さっきなら、ほのおをだすえねるぎーってかんじ」

「エネルギー……」


魔法のように炎を出すエネルギー。

つまり魔素ってことなのか?


「それがこの世界にはなくて、アンタがいた世界にはありふれてたのか?」

「うん。くうきみたいに、まそがいっぱいあったの」

「へー……」


ということはあれか。酸素だの窒素だのに加えて魔素とやらがある世界ってことか。

玲は納得したようなそうでもないような顔をして、ひとまず指が燃やされたことは事実なので飲み込むことにした。


「ん?そういえばさっき、魔素としんそがどうとか言ってたけど"しんそ"ってのも同じ感じのやつなのか?」


ふと思い出した単語。

まこが目覚めてすぐに、玲の匂いを嗅いでまそとしんその匂いがどうとか言ってたはずだ。

そう聞くとまこはばつの悪い顔をした。


「しらない」

「いや知らないってことはないだろ、名前も似てるし、しんそもすごいことができたり……」

「しらないったらしらない!」


まこは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

玲には何が何だかわからなかったが、まこにとってあまり良くないことがあるのかもしれない。


「わかったわかった、もう遅い時間だからあんま大きな声出すなって。つーかそろそろ風呂入るか」


時計を見ると、いつもならとっくにお風呂から上がって寝る準備をしているような時間だった。


「?ふろってなに」

「え、まさか風呂知らないのか」

「しらない」


まこはさっきとは違い本当に何のことかわかっていないような顔をしていた。


「風呂ってのはあれだ、お湯をいっぱいためてそこにつかるやつ……?」


お風呂には毎日入っているが、いざ説明しろと言われると曖昧になってしまう。

案の定まこにもしっくりきていないようだ。


「みずあび?」

「いや水じゃなくてお湯な」

「ねっとう?」

「熱湯……間違いではねーのか……?まあいいや、とにかくそれに全身浸かるんだよ」

「ふうん、へんなの」


とにかくお風呂を沸かして、バスタオルと着替えを用意するが、まこは服を着たままお風呂に入ろうとしてしまう。


「わー待て待て!服は脱ぐんだよ」

「そうなの?」

「いや待ったここで脱ぐな!」


指摘した瞬間にすぐさま服を脱ごうとするまこを抑えて、慌てて晴奈に連絡する。


「おい晴奈、こいつ風呂のこと知らなくて危なっかしいんだけど何とかしてくれ」

『そうなんだ、もしかしてまこちゃんの世界にはお風呂がないとか?』

「そうなんだよ、みずあび?とか言いだす始末だ」

『うーん、向こうの世界はずいぶんと原始的というか野生的だね……?じゃあ、そうだなあ……ちょっと待ってて』


晴奈に言われるまま、まこの着替えとタオルを用意しているうちにほんの十数分で晴奈は再び玲の家にやってきた。


「さっきぶりだね、まこちゃん!」

「せいな、またきたの?」

「オレが呼んだんだよ」


晴奈は桶を小脇に抱えていて、その中にはまこが持っているのと同じように着替えやタオルが入っていた。


「それじゃ、駅前の銭湯にまこちゃんを連れて行くね」

「ああ、頼んだ」

「?せんとうってなに」

「銭湯っていうのはねー、おっきいお風呂なんだよ!おっきいからみんなで入れるの」

「みずうみみたいな……?」

「あはは、そんな感じかもね」


晴奈はまこを連れて銭湯に向かった。

普段はシャワーですますことの多い玲だが、まこが入ると思いお湯を溜めてしまったので久しぶりにお風呂に浸かることにする。


「しっかし別の世界に、魔素ね……」


すでに完治している右手を見つめ、さっきの出来事を思い出す。

普通なら絶対に信じないような話だが、指先を襲った炎の熱はごまかすことができない。そして、その火傷が治ったことも。


「……アイツも、なーんか訳アリだよな」


親がいないという発言。

てづかみで食べようとした食事。

元の世界に帰りたくないなんて、普通ならありえない。


「ま、オレが言えたことじゃないか」


玲は、もう3年も住んでいるこの場所を思い返してひとりごちる。

初めてひとりで住むことになったとき、あんなに広く感じた部屋も今では手狭だ。

それは、今日はまこと晴奈がいて賑やかな夕食だったからかもしれなかったけれど。

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