3.
「それで?まこちゃんをどうするの?」
「どうするって、警察だろ」
ひとまず中断していた晩ごはんを再開させる。
晴奈の分はなかったが、まこの口にごはんを運んでいるだけでご満悦だったので玲は遠慮せず自分の分を食べることにした。
「まあそうだよね、親御さんが探してるだろうし」
「ただ、晴奈が見つけたってことにしてくれよ。俺が連れてくといろいろ面倒だろ」
「なるほど、それで一回おうちに連れ込んだんだ?」
「人聞きの悪い言い方はやめろ」
晴奈はニヤニヤしている。といっても意地の悪い笑い方ではなく、むしろ生暖かい目で蓮を見つめていた。
「うそうそ。君のそういう面倒見いいとこ、けっこう好きだよ」
「俺は晴奈のそういう過保護なとこ、あんまり好きじゃないけどな」
「ちょっとー!そんなこと言うなら警察には蓮が行ってよね?」
「げ、それは困る……」
くだらないやり取りをしていると、まこはきょとんとした顔で首を傾げた。
「けいさつ?ってなに?」
「警察っていうのはね、正義の味方でー、えっと……まこちゃんをお母さんのところに連れて行ってくれる人たちだよ」
「せいぎのみかた……」
まこはなぜか苦虫を噛み潰したような顔でうんうんうなり始めた。
「わたし、おかあさんいないからけいさついらない」
「そ、そうなの?ごめんね、じゃあお父さんに…」
「おとうさんもいない!」
「うそ、ごめんまこちゃん!私無神経だったね…」
「晴奈、ちょっと」
再び目玉焼きと格闘しはじめたまこを置いて、少し作戦会議をする。
「あいつ、育児放棄か…もしかしたら虐待されてるのかも」
「ぎゃっ……そ、そうなの?」
「ああ、さっき目玉焼きを素手で掴もうとしてたし……ちゃんと教育を受けてないのは間違いなさそうだ」
「そっか……守ってあげたいな。ただ警察に引き渡して終わりじゃなくて、ちゃんと大きくなるまで近くで見守ってあげたい」
「まあ、一度関わっちまったし中途半端に投げ出すのは目覚め悪いしな……」
2人は複雑な視線でまこを見るが、当の本人は目玉焼きをフォークで穴だらけにすることに集中していた。
「よし、なおさら警察に行こう、まこちゃん!それで、お家のこともちゃんと相談しよ?」
「けいさつ、いらない……」
「大丈夫!味方になってくれる大人の人もたくさんいるんだよ?怖くないよ」
「こわいんじゃなくて!」
「おいアンタ、わがまま言うなよ。自分じゃ気付いてないのかもしれないけど、辛い環境なら逃げてもいいんだぞ」
「そういうのでもなくて……ううん……」
二人がかりで説得しても、まこはうんうんうなる一方だった。
やがて諦めたようにひとつため息をついて、おもむろに立ち上がった。
「あのね、わたしはこのせかいのひとじゃないの!」
「ま、まこちゃん?」
「あー……そういうタイプか……」
玲も晴奈も、戸惑うような生暖かいような目でまこを見る。
幼い子にはよくある、自分は特別なんだという思い込み。誰にでもあるよね、といったその視線を感じ、まこは不機嫌に頬をふくらませた。
「かんちがいしないで、れい!これをみて」
まこが両手を胸元で握りしめ、広げると……その手のひらに炎が立ち昇った。
「う、うそ……」
「は……手品か?どんな仕掛けが……」
玲は信じられないといった顔で炎に手を伸ばす。
が、すぐ次の瞬間に後悔することになった。
「あっ、ばか」
「あっちい!」
日頃から自分で料理をしている玲にとって炎は身近なものだが、それを差し引いても火に指を突っ込むのは無謀な試みだった。
指先を押さえてキッチンに駆け寄る玲を呆れた目で見て、まこは炎を霧散させた。
「もう、これでわかった?わたしがいたせかいではこれくらいかんたんなことなの」
「いってえ……マジなやつじゃん」
「うわ、ふつーに火傷してる……」
玲は水で指先を冷やすが、すでに赤く腫れ上がってしまっている。
「もう、れいはしょーがないんだから」
「まこ?なにしてっ、いたっ、いたたたたた!」
まこが問答無用で玲の手を、というか火傷した指先を握りしめる。
はじめは痛みに喘いでいた玲だったが、数秒すると静かになった。
「はい、なおったでしょ」
「な、治ってる……」
「うそ!?ど、どうなってるの」
まこが玲の手を離すと、火傷した指先はすっかり完治していた。
「これでわかった?わたしはこのせかいのひとじゃないし、ほんとはこんなにちっちゃくもないんだから」
「わかった、信じるけど……」
「ちっちゃくないってどういうことなの?」
「まそがたりないからこうなってるだけで、せいなよりおねえさんなんだよ?わたし」
まこは偉そうにふんぞりかえるが、今度こそお姉さんぶる子どもにしか見えなかった。
それは未だにぶかぶかのシャツを着ているせいなのかもしれなかったが。
「そういえば、まこちゃんに着替えてもらうの忘れてた!」
「晴奈が変に騒いだからだろ。さっさと着替えて連れて帰ってくれ……」
「じゃあ玲は出てく!いいって言うまで入ってこないでね」
「わかったから押すな蹴るな!ここオレの部屋だぞ!」
口では文句を言いながらも、玲は素直に部屋を出ていく。
空はすっかり暗くなっていたが、いつの間にか雨は上がっていた。いや、晴奈が来たときからとっくに上がっていた気がするけれど、今ようやくそんなことを考える余裕ができたように思えた。






