1.プロローグ
───雨は嫌いだ。
滴る雫は容赦なく体温を奪っていくし、濡れた服はまとわりついて気分的にも物理的にも重たいし。
雨依玲は、ずぶ濡れになりながらそんなことを考えていた。傘を忘れた高校からの帰り道で、かろうじて雨にあたらない路地裏で身を屈めている。
そこは狭い路地を妙に伸びたトタン屋根が覆っていて、絶好の雨宿り場所になっていた。
「……もう少し奥に行くか」
吹き込む風が冷たくて、少しでも暖を求めてより奥まった場所へと歩く。
少しの雨宿りくらいじゃ雨は止みそうにないけれど、今は濡れたまま歩いて帰る気力もなかった。
この路地の奥がどうなってるのかは知らない。それどころか、ここに誰か人が住んでいるのかすら曖昧でわからなかった。それくらい人気がなく落ち着ける場所で、雨が降った帰り道は決まってここで雨宿りをしている。
「ん……、雨漏り?」
突然首筋に冷たいものを感じて、上を見上げる。
雨宿りに絶好の場所といっても、こんなに古いトタン屋根なら雨漏りくらいしても不思議じゃない。
そう思ったのも束の間、バキバキと雨には不似合いな音と共に天井が崩れ落ちてきた。
砕けたトタン屋根、吹き込む雨風、そして──
「──女の子?」
反射的に受け止める。
落ちてきたトタン屋根の破片で頬を切ってしまうけれど、そんなことも気にならなかった。
目の前の少女が恐ろしいほど軽く、そして美しく透き通っていて、少しでも目を離したら消えてしまいそうな気さえしていた。
「お……おい、大丈夫かアンタ」
返事はない。
長いまつ毛を伏せて規則正しく呼吸をしている少女は、自分よりもひと回り小さく見えた。
ひとまず生きていることに安堵し、穴の空いた屋根を見上げる。
「ひとまず、暖かいところに行かないと……!」
雨に濡れて冷え切った少女を抱えて、玲は走る。
さっきまでの無気力な少年は、もうそこにはいなかった。