自分写真館
「コレはワシが生まれた時の写真か。しかしまー猿みたいな顔しとるなー。」
ワシが目覚めた時、周りは木の壁に囲まれ人が1人通れるくらいの所にワシは倒れていた。すくっと立ち上がり、「こっちだな。」っと自信のある直感を頼りに歩き出したのだ。
木目の壁が続く道をひたすら真っ直ぐ歩くと少しだけ開けた場所に出た。そこにワシが今見ている産まれた頃の写真が金ピカの額縁に入れられ、飾ってあった。
「こりゃ懐かしい。当時お父とお母と住んでた家じゃ。しかし、ここは何処かの。確かワシは病院にいたはずじゃが。」
ワシはそんな事を考えながらまた続く道を歩き始めた。
木目の道脇には時々、割れ目がありそこから黄色キノコに赤色のキノコ。隅には白い花やピンクの花が小さく萎れる事なく永遠の命を楽しむかの様に咲いていた。
そんな小さな景色の違いを楽しんでいると、また少し開けた場所に着いた。そして、金色の額縁に写真が飾ってあった。
「こりゃ、ワシが13で奉公に向かう日の写真じゃ。この後お母とあった時はすっかり腰も曲がってシワシワになった頃じゃったな。お父もこの頃には戦争で亡くなっていたし。2人とも元気かのー。」
ワシは歩き疲れてその場であぐらをかき、少ないお母とお父の思い出を頭の中から探していた。
「そう言えば、さっきからヒリヒリと鼻が痛むな。」
ワシは指で穴をモゾモゾさすった。鼻に異物を入れられた変な感触。ワシはすぐ悟った。
「確か病院に入院して、鼻に管を通されていたんだ。今、その管が無いって事はワシは死んだんだな。」
納得いった。
死んだと気づかないくらいなのだから、苦しまずに死んだのだろうと、少し嬉しく思った。
「さてさて。これが黄泉の国への道かい。噂よりも殺風景なとこじゃ。」
もう一度重たい腰を上げ、先を急いだ。
久々に歩く感覚を味わいながら、一歩一歩と一本道を急いだ。
さっきまで真っ暗だった天井に光が差したと思ったら、また開けた場所に着いた。
「おやっ。こりゃフキちゃんと和義が赤ちゃんの時だな。フキちゃんは相変わらずべっぴんじゃの。それにしても和義の赤ん坊の時はワシと瓜二つじゃ。」
フキちゃんとは奉公先の乾物屋の親父さんから見合いを持ち込まれ出会ったのだ。ワシの一目惚れで、何度も何度も気持ちを伝えてやっと嫁に来て貰った。それからワシらは世帯を構えて和義が産まれた。
「2人とも目ん玉に入れても痛くないくらいかわええのー。」
ワシは目に焼き付ける様に2人の写真をジッと見て、瞼の裏に移した後また歩き始めた。
写真が見えなくなるまで後ろ向きで歩き、見えなくなるとまた前を向いて歩き出した。
「後ろ髪を引かれる思いってこの事なんじゃな。」
別にその場にずっと座り込むこともできるはずなのに、前に進まないといけないと言う使命感が湧いていた。
「おやっ。こりゃまた、次は初孫の時の写真じゃ。風花と秋人じゃ。まさかの双子でワシらは喜んだもんじゃの。フキちゃんも少し白髪が混じって和義もワシの若い時にそっくりじゃ。和義の嫁さんの小夜さんも良い人じゃたなー。」
小夜さんに抱かれた小さい命を見ている世代を越えた8個の目はそれはそれは涙で光る水晶の様だった。
「さてと行きますか。」
ワシは立ち上がると道の先に見える薄らとした、灯りを目指して歩き始めた。
さっきまでは、鉛筆の芯の様な光も段々と大きくなり、いつの間にか木目の壁は真っ白になり、一つの部屋にたどり着いた。
そこには病院でワシがにっこり笑って眠る横でフキちゃんが手を握って泣き、中年太りの和義とすらっとした、小夜さん。中学生になった風花と秋人が人目を憚らずワンワンと泣いている写真だった。
「そんな泣かんでも、ワシはこうピンピンしとるよ。泣きなすな。泣きなすな。ちょっと先に行くだけだろが。」
ワシは写真の額縁を右手でさすると、また歩き出した。
少しばかり歩くと目の前に扉が現れた。
「ほほー。ここがあの世かい。お父とお母にワシの話をしてやらねばならんね。」
ワシは扉を開けると後ろを向いて、
「良き人生じゃった。皆に出会えたからちっと自慢話してくるわ。ゆっくりでいいからお前らもこっちに来たら話を聞かせてくれ。先にいっとるけの。」
キーっとドアが軋み閉まっていく。
「あー。良い人生じゃった。」
おしまい。