SIDE ある侵入者に戦慄するエルフ達 後編
魔王級に右足を噛ませて運んでいる。狂気の沙汰という言葉すらも生ぬるい。
「……嘘でしょ」
「だったら良かったんだけどね。それにテイマーが使用する従魔の首輪すら巻いてない。ただの印、つまりは放し飼いだ。彼が弱者ならとっくに食い殺されてる。加えて彼にとっては未知の領域であるはずなのに心音が乱れていない。驚くほどリラックスしているよ。まるで観劇の曲に聞きほれる聴衆のように」
確かにあのニンゲンはこの惨状で鼻歌を口ずさんでいる。そう思うと途端、恐ろしい存在に思えてきた。駄目だ、魔王級を飼いならす者が正義であるわけがない。このニンゲンは生かしてはおけない。
ニンゲンは周囲を観察しながらブツブツ何かを一人で話し始めた。不気味だが、真っ直ぐオークキングの元へ向かう。今なら狙えるとシーラは矢を取り出しその細腕に力を込める。
「シーラ!?」
大丈夫、気づかれることなく殺る。エルフは暗殺こそが真髄。とはいえ、魔物は感知能力が高い。よって狙うは──上!っとシーラは矢に透明化の魔法を掛けて音も無く射出した。
完璧だった。上空から脳天へと突き刺さる絶対不可避の一撃。だが、ピタッと男が止まった。
(避わされたッ!偶然?ならもう一発ッ!?)
しかし、それは叶わない。シーラの手からポロリと矢が滑り落ちる。振り返った男から放たれた強烈な殺気。腑抜けた顔なのが逆に彼らの恐怖を駆り立てる。
余裕は消失し、実はパトが行った威圧をニンゲン(ジーク)によるものとエルフ達は誤認した。ヤルルはシーラを止めたが、彼女の攻撃を合図ととってしまった部下二名が左右から二矢を時間差で射出。
だが、それをニンゲンは難なく抜き放った剣で叩き落してみせた。完全にエルフの秘術(透明化)を見切るほどの腕前と確定。二人は殺されると戦々恐々としたが──
「パト帰るぞ」
殺気がふっと消えて安堵からドサッと身を崩す。その横を通り過ぎる。
よく分からないが助かったと息をつくヤルルの横でシーラが立ち上がった。里の場所を知られた以上、命を賭しても確かめなければならないと。
「待てニンゲン、お前は我らの敵か?答えねば撃つ」
手が震えて照準が定まらないとシーラは苦虫を嚙み潰す。聞こえているはずだが、ピクリとも反応しない。ニンゲンは叫ぶシーラなど意に返さないと言わんばかりにガン無視し低級風魔法を起こした。放とうとするシーラの弓をヤルルの手が抑えた。
「駄目だシーラ。彼はただ自分の獲物を仕留めたかを確認しにきただけだ。それ以外には興味が無いんだ。あれはタガが外れてる。人の皮を被った怪物だよ」
「里の場所を知られた。里は簡単には移動できない」
「分かってる。でも堪えるんだ。どうせ勝てやしない。それどころか悪戯に刺激するだけだ。もうこれは僕らが決める領分じゃない」
相も変わらず魔王級を引きずるというカオスぶりを披露する男。理性的な行動を取ったヤルルですらも本当にあれが勇者なのかと眉間に皺を寄せたのだった。
◇◇◇
帰還した二人は里長の元へ呼び出された。長寿である里長はエルフを滅ぼさんとした勇者がいた時代を記憶する生き証人。
彼も気になるのようでオークキングの話は直ぐに打ち切られ、勇者と疑われる男の話となった。座敷──ヤルルとシーラに対面して正座する里長が口を開いた。
「それで勇者と出会ったというのは誠か」
今だ恐怖が抜けない女戦士シーラに代わってヤルルが答える。
「分かりません。ですが只者ではありませんでした。オークキングを一発の魔法で沈め、我らエルフの技を容易く打ち破り、魔王級を従えておりました」
「魔王級を……。間違いないな。その滅茶苦茶ぶり勇者であろう」
「にっ逃げましょう里長。この地を離れることが難しいことは理解しています。ですがあれと闘ってはなりません」
率先して矢を構えていた彼女だったがあれは気を動転していたが故だったようだ。ふむっと里長は息をついた。
「勇者は異界人、故に白紙」
「里長それは?」
「言い伝えだよ。といっても私が父から直接聞いたものだがね。彼らは異界人であるからこそ如何様にも染まる。勇者の到来は災厄の訪れの証。エルフよ決して恨まず協力を結べ。さすれば救世主とならん、何故なら白紙なのだから」
異世界人、だからこそあの特異な魔法かと考え込むヤルルに里長は続けた。
「お前たちは勇者と思しき者の姿を見ている。里のため、いやエルフのために見極める役買ってはくれないか?」
「それは僕らに里を出ろと」
「そういうことになる」
「やります!里のために身命を賭すのが戦士ですから」
「はぁシーラが行くというのなら僕も行くしかない。ただあくまでそう思われるという話であってあの男が勇者であるのはまるで見当違いという可能性も」
「確かめる方法は一つ。彼らは必ず異界の道具を持っていると言われている」
ヤルルとシーラ、彼らは人に化けあの男を探して街を駆けまわることとなる。だが、その探し人ジークがまさか浮浪者のような生活を送っているとは彼らも想像していなかったのだった。




