SIDE ヒトノアクと魔族のアク
SIDEライエル&フィア
「糞がっ糞が糞がっ!!」
冒険者達は行ってしまった。ハーレムメンバーと共にフェアリーケイブに残ったライエルは怒りを露わにして椅子を蹴り飛ばす。
何もかもが彼の癪に障った。あのヒガンという男も周囲の客の反応もそして何よりかつて自分が捨てたジークが羨むどころか見向きもしなかった事実が彼を苛立たせた。
自分の方が何もかも持っているはずなのに、ジークの方が満たされているように見えてしまった。
力も栄誉も女も自分の方が上。そう自信があるはずなのにライエルの心にドロリとした感情が溢れてくる。
「ねえ、ライエル。幾らなんでも貴方おかしいわよ。ここに来てからずっと」
ライエルのメンバー、フィアは言いようのない恐怖を感じていた。ライエルの様子がおかしいのもそうだがハーレムメンバーも人形のように反応が薄い。フェアリーケイブ、迷宮の中なのに信じられないほどリアルな木々が描かれ森のような場所。
綺麗な店だと思ったがこう誰もいなくなってみると不気味な空気が漂っている。壁紙だと思った木々もどういう理屈なのか動いていて、絵のはずなのに時々何かが通り過ぎたような気配をフィアは感じた。早く出たい。
そんな思いからライエルの裾を引っ張る。
「貴方はレベル129の勇者なんだから、凄さを証明すればいいじゃない」
「ああ、そうだな。フィア、お前の言う通りだ。思い知らせるべきだ。出るぞ」
やっぱり変。でもそんなこと今はどうだっていいと彼女は『転移鏡』に三人を押し入れる。最後は嫌だったが仕方がない。それでも逃げるようにして彼女は飛び込んだ。
瞬間、視線を感じて振り返る。テーブルの上に銀の板があった。
(板?)
右端に輝く赤光を見てフィアの意識は肉体と共に町へ飛ばされたのである。
◇◇◇
「キャッ」
振り向いたがために変な体勢での転移。見事、広場ですっころんだフィアは助け起こそうともしないライエルに少しムッとした。
ライエルに突っかかってきた男ヒガンが既に冒険者を振り分けているが、そこには目も暮れずライエルがじっと見ていたのはジークという男と彼の恋人であるミリーという女性。
何故彼を気に掛けそこまで関わろうとするのだろうかと心の中でフィアは首を捻る。実際、今の今まで追放し彼の事など忘れていたのに。急に執着しだした。
二人が別れたのを見て確かにライエルは口角を上げた。ライエルのことは好きだ。性格に難は認めるが優しいところもあるのだ。でも、その邪な視線を向ける彼を見るのは嫌だった。
「お前ら向こうにある教会に行くぞ。俺の力を知らしめるべきだ。教会の奴らも含めてな」
例え嫌われても仕方がない。もし犯罪行為を行うつもりなら止める。全てを受け入れることが愛じゃない。フィアはそう決意した。
SIDE 魔王マスタード
オクトパの迷宮最奥にて魔王マスタードはじっと目を閉じていた。見ているのは使い魔である蝙蝠の視界。残念ながらキーはあれ以来連絡が付かなくなり死んでしまったようで代わりのヴァンパイアバット、クーを使って様子を探る。
「ふっ人間どもが慌てふためいておるわ」
入り込んだ魔物達が街を破壊し人を脅かしている。泣き叫ぶ彼らを見ると興奮する。だが同時に何て原始的な感情かと評する自分もいると息を吐く。
態々仕掛ける必要はない。潜伏して力を蓄え続ければいい。例え復讐者がいたとしてもそいつだけを轢きづりだせばよいのだ。何故、私は街に大攻勢を仕掛けてしまったのか。
マスタードの脳裏にお馬鹿な仲間達の背中が過る。まるで破滅に向う猪のよう。告げている。その本質は”突進”であると。
「まさか……そう”なっている”のか?」
自分の掌をじっと見たマスタードはしかし踏み込んだ以上はと握り込む。
「仇は取るぞ。必ずだ」
赤い瞳を光らせる彼はまごうこと無きヴァンパイアだった。
仇を討つためにやるべきことは分断だ。相手はレベル129の勇者。ヴァンパイアとて一筋縄ではいけない相手。増援を送れない状況に追いやらなくてはならない。
つまり、この侵攻だけでは足りない。混乱を引き起こす必要があるとクーを治療院へと向かわせた彼は予め仕掛けておいた者達がいないかを探る。
いた。教会の騎士、甘噛みしておいた者だとマスタードの口角があがる。彼は命令を下した。
”暴れろ。薬を壊し 医師を殺せ”
治療院に共に入ってから付き添っていた女の悲鳴が聞こえ、満足気に頷いたマスタードはクーを飛び上がらせる
”お前も魔物なら覚えておけ、クーよ。ニンゲンと闘うのであればまず物資を焼き払うことだ。奴らは薬を使い ゾンビのように立ち上がってくる。彼奴等の要は道具だ”
”クー”
”ん?良くやった。いたか勇者”
見つけたと合図が送られ、ライエル・ハーストンの姿が浮かび上がった。
”英雄色を好むというがこんな状況下で女の尻を追い駆けるとは呆れる。が、余裕の表れともいえるか。邪魔な結界を張っている教会に向っているな、よしもう一体の眷属を使う。奴の元へ行けクーよ”
バサバサと飛び降り立ったのはルゼリア教会の一室。騎士団長ロアードの部屋に降り立った。彼は怒りに打ち震え、自室で暴れていた。敵ながら見事なまでの無能である。
「何故だっ何故この私を勇者と認めない。それどころかあんな餓鬼の下につけだとっ。上は一体何を考えている。神の言葉と神の剣を手に入れたのはこの私だというのに」
”不満なら消してしまえばよい。私が手伝ってやろう”
「なっ!?」
声に驚き振り返ったロアードの目から光がスッと消えてゆく。欲に溺れた人の心を操るのは容易いものだとマスタードは鼻を鳴らす。
”勇者の女を攫え。全員と言いたいがその身では無理だな”
変われっと唱えた直後、ロアード団長の鎧が弾け人狼ウェアフルフに至った。その隆々とした肩にクーが飛び乗る。
”道中何人殺しても構わん。教会、ライエル・ハーストンの元へ迎え”
「GGAAAAAAA!」
人外の声を放ったロアードは壁を突き破り、四つ足となって石畳を駆ける。騎士や冒険者をなぎ倒し、丘にある教会に辿り着けば忌々しい聖の光を放つ老女をロアードの瞳越しに捉え、向こうも気づいたと目を見開いた。
「何という禍々しい魔力っ……。その鎧っまさかお主、教会の者か?」
”殺れ。枯木だが低級どもの壁となっている。あれはお前を阻むものだロアード”
「いや、違うのう。中に何かが潜んでっ!」
まさに神速、踏み込みから放たれた強烈な右拳が老婆の体を九の字に折り曲げ吹き飛ばす。その容赦の無さぶりは操られていたとしてもロアードが魔に落ちたことを証明してみせた。パーネ婆さんは壁に激突し、絶命した。
「お祖母ちゃん!!」
「なっ何だお前は」
勇者であり仇であるライエル・ハーストンとその仲間達。情けなくも膝を揺らし、へっぴり腰で剣を抜く姿はお世辞にも強者には見えないが……。
(前大魔王シャドウ・ガウル様を屠ったのも強者にも見えぬ女であったか。送り込む神とやらも戯れが過ぎる。ロアードよ。女どもを気絶させよ)
「ガァアアアアアア!!!!!」
死の咆哮。劈くような殺気が放たれ、その場にいた全ての者が耐えきれず倒れ込んだ。無論、例外なくライエルも含めて。
「……」
”……”
泡を吹いて倒れた勇者に思わず口を閉ざしてしまうロアードとマスタード。
”ん?”
え?あれっ?勇者気絶したんだがとマスタードは困惑する。軽く蹴らせてもぐったりしているので演技ではなさそうだが……。殺しますかとロアードからの念波。
”いっいや、捕縛できたなら好都合。これは復讐なのだ。私が心臓に刃を突き立てる。だが、その女共も連れてこい。私が友を失ったように目の前で大事なものを奪ってやる。ふっふっふーはーっはっはっはっは”
念話なのでマスタードの高らかな一人笑いが最下層にて響いたのだった。




