SIDE 泥棒ゴッソとリー
「ホントに見間違いじゃねえんだろうな兄弟」
悪漢ゴッソが睨みつけたのはまるでゴブリンのような見た目である鷲鼻の人間リー。灰色ローブを被った彼は媚びるように手を擦り合わせた。
二人合わせてゴッソ・リ―。彼らは冒険者であるが燻り、人の懐を狙う悪だった。
「へっへい!間違いねえですよ。ゴッソの兄貴!俺らぁ確かに見たんでさ。その冒険者がたんまりと金貨を懐に仕舞うところをバッチリと。隣にいたんでぇ絶対あれは金貨だった」
髭を撫でまるで海賊のような顔を歪めるゴッソ。
「だがエクスチェンジャーでそれだけの金貨に変えたっつうことは相応の敵を倒したって話。そのジークって男、強いんじゃねえか?返り討ちにあっちゃ溜まらねえ」
「強いって噂は聞きませんが実力を隠している可能性はゼロじゃありません。ただ、あいつはこのラギア平原に拠点を構え、何でも浮浪者のようにここで寝泊まりしているらしいのでさ」
「何でまた?」
「大の犬好き。処分予定の魔物をテイマーでもないのに引き取ったようで、資格がねえ奴は従魔の証取得に時間が掛かるとかなんとか。証のねえ魔物が事を起こせば大事になりやすから」
「かっ冒険者の癖に酔狂な野郎だ。魔物なんてぶち殺しちまえばいい。しかし、一声にラギア平原といっても広え、どうやって探す?」
「勿論、もうスキルを使ってまさぁ。いつでも辿れますよ兄貴」
わざとらしく鷲鼻をスンスンさせたリーにゴッソはニヤッと口角をあげた。
「流石は兄弟。話が早い。お前の鼻は使い勝手がいい」
ゲハハっと下卑た笑いをし、二人はリーのスキルを使ってジークのキャンプ地に難なく辿り着いてしまった。
茂みに隠れじっと気配を探る。
「いねえな。罠は」
「ありやせん」
「っち、金になるものはねえかも知れねえな。バック持ちじゃねえなら拠点に数枚は忍ばせておくもんだが」
「あっジークの野郎はボックス持ちでさあ。いでっ!?」
「それを先に言えこの馬鹿野郎がっ。そりゃそこに仕舞い込んでるに決まってる。が、ボックス持ちの大金持ちか……あのスキルを持ってる野郎は溜め込んでる奴が多いからな。リスクと賭けても襲っちまうのもありかもしれねえ」
「酷えよ兄貴」
先に行くゴッソに殴られた箇所を撫でるリーが続く。生活痕があるキャンプ地、ホントにこんな場所で生活してやがるとゴッソは顎髭を撫でる。
その横で鍋のスープを啜るリーを見て再びぶん殴った。
「馬鹿野郎がっ兄弟。足が付くような真似してんじゃねえ」
「すっすいやせん。ですが、とんでもねえいい匂いで、味も!俺ぁこんな美味え食い物初めて食べたでさ」
スキルは役に立つが頭がいけねえとゴッソは軽く舌打ちする。やはり目ぼしいものは無かった。苛立ちからペットの寝具だろうものをゴッソは蹴り壊す。完全に足が付く行為だが誤魔化すように鼻を啜った。
「やっぱ襲うしかねえか」
「しかし強いかもしれませんぜ」
「何、寝込みを襲えばどんな野郎でもイチコロよ。姿隠して匂いも消す。虎の子の魔道具を使うことになるが切りどころだ。ところでお前何持ってる」
変な棒を持っていたリーが軽くそれを掲げる。みよよーんと揺れた。
「これですかい?そこにあったものでさ。売れそうにありやせんが捨てますか」
「いや、奪っとけ。得体が知れんが武器かも知れん。よし、潜むぞ。長丁場になる。もうどの道だ俺も一口貰う」
「かっ間接キスですね、兄貴っいっだ!?」
二人はゴッソ・リー、完全に悪人だがどこか憎めない奴らだった。
◇◇◇
「来たぞ」
日が落ち欠ける夕闇、寝息を立てていたリーを小突いて起こすと息を潜める。まず犬が駆けてきた。話ではF級の魔物マナガルムと聞いていたがあんなに大きかったか?とゴッソの頭に疑問が沸く。
が、そんな事はどうだっていい。見なきゃいけない相手はコイツだと冒険者ジークの姿を盗み見る。
ふむっとゴッソは眉間に皺を寄せる。凡だ。到底、強者には見えないが見た目で強さを計れるものではない。が、マジでその辺にいそうな男だ。
やれそうだが、念には念を入れ──っ!?
「ッ」
突如、放たれた濃密な死の香り。呼吸ができない。魔道具を持っていられないほど震えが起こり力が抜ける。
「ひっ」
決死の思いで悲鳴を上げそうになったリーの口を塞ぐ。
音を立てちゃいけない。わかっちゃいるがカチカチと歯が鳴った。あれがF級マナガルムだとっふざけている。魔王級じゃあないか。並大抵の者でなければ動くことすら許されない。そのはずなのにとゴッソは目を剥いた。
平然とその嵐の中を歩む凡顔冒険者。自然と恐れる素振りもなく、本当にペットが怒ってやれやれと言わんばかりに。
(嘘だろ……)
主人にだけ向けてない殺気。そんな事はあり得ない。あの犬コロはプッツンしていて全方位に怒りを振りまいている。
寧ろ、そこへ平然と自然体で近づけるジークにゴッソは答えようのない恐怖を感じた。そして彼は肩に止まった存在に気づく。
(あれはっ!?間違いねえ。ヴァンパイアバットじゃねえか)
怪物じみた強さを誇る種と呼ばれるヴァンパイア、その者達が好んで使うとされる使い魔がヴァンパイアバットである。
あの愛くるしい姿に騙されてはならない。人語を理解するほどに知能が高く、その小柄な体で縦横無尽に空を飛ぶため捉える事は困難だ。
風魔法を操り、牙を立てられれば麻痺して動けなくなる厄介者。B級相当であり、あれも立派な化け物だ。
合点がいったとギリっと歯を鳴らす。
(奴はヴァンパイア。そりゃ町にいられねえわけだ。魔王級を飼うヴァンパイアなんぞ絶対に手出しちゃいけねえ相手だっ)
音を立てずに下がれ、合図したら走れっとゴッソは伝え、リーはコクコクと頷いた。後退するだけで精神が削れるよう、彼らは命からがら逃げだすことに成功したのだった。
駆ける、駆ける、駆ける。心臓が破裂しそうでも走り続けたが、遂に町に辿りついたところで息切れし中腰となる。追ってきてないことにゴッソはホッとした。
「あっ兄貴!」
「喋んな、このまま街を出るっ」
「アイツの事知らせねえんですかい!?」
「馬鹿がっ俺達は化け物の巣を荒らしたんだぞ。怒りを買った。見つかりゃぶっ殺される。ヴァンパイアっていえば国一個平気で滅ぼすような連中だ。元はと言えばてめえがっ」
「うぅごめんよ兄貴」
「兎に角、逃げるぞ」
「どこに逃げるというのだ犯罪者ども」
背後から掛かった声にギョッと振り返れば白銀の鎧を身に着けた大男。ルゼリア騎士団、団長ロアードの姿に最悪だとゴッソは悪態をつく。
「教会の団長様が俺達、冒険者に何の用で?」
「しらばっくれるな。強盗、暴行、詐欺、手配書が回っておるぞこの小悪党めが。しかし、俺の元に駆けこんでくるとは運の悪い者達だ」
「っひぃいいい」
こんな時に何ビビってるっとリーに怒りが沸いたゴッソもバサバサという羽音に気づき、ヒュっと背筋が凍った。
(嘘だろっ)
ヴァンパイアバットがそこにいた。
「うああああああ殺されるっ!」
「待って!置いてかないでくれよぉ兄貴いいっ」
悪漢達の余りの取り乱し様に呆けてしまったロアード団長は、去ってゆく背を見てハッとする。
「おっお前たち奴らを追え」
「「は」」
子飼いの騎士に命令を下したロアードは何たる失態と唸るが、自分の名がここまで轟いていようとはと自慢気な笑みを浮かべる。
「ん?何だこの得体の知れない代物は」
どうやら先の悪党が落としていったものらしいとロアードは拾い上げる。一振りしたロアードに電流が走った。
「なっ私の筋肉が歓喜の雄叫びをあげている」
大剣を何百回と振ろうともこの感触は味わえなかった。トレーニングオタクであるロアードには分かった。これは途轍もない至高の筋トレ・アイテムだと。
「まさかっ」
ゴクッと喉を鳴らした彼は教会関係者だけが持つ鑑定アイテムを取り出し、使用する。出た名前はフィットネスカリバー。聖剣の名はイカスカリバー。
「くっくっく勇者とは人に非ず。この異界の品を手にした者こそ本物なのだ。転がりくるとは奇跡、いや私こそが神に選ばれし者なのだ」
更にトドメとシリアス崩壊スイッチを押した。
”味噌汁ぷしー”
「そして、神の祝詞も私の元にふーっはっはっはっは!」
「ママ―あれ」
「見ちゃいけません」
ルゼリア騎士団団長ロアード、最高潮に興奮していたためジークと共に変人として名を馳せる。




