SIDE ライエル ものの見事にジークとすれ違うライエル
「ちっ!むしゃくしゃしやがる」
ギルド、併設された酒場に荒れたライエルの姿があった。彼が苛立っていたのは順風だった冒険に釘を刺されてしまったから。ロメルタの迷宮を調子よく攻略し、名を上げようとしていた矢先、ルゼリア教会から急な邪魔だてが入ったのだ。
意味不明──思い出しただけでむかっ腹が立つとライエルはゴクゴクと酒を飲みほしドンっと叩く。その手を女の手が包み込む。
「もうライエルったらそう怒らないで」
魔法使いであり『フィストラル』のメンバーであるフィアはジークの代わりに入ったライエルハーレムの一人である。彼のお眼鏡に叶った美少女であり、ライエルの表情を一瞬緩めさせるがその美貌をもってしても今の彼を宥めることはできなかったようだ。
「抑えられるか。アリバイがあるってのに完全に犯人扱いしやがって。誰が死んだか知らねえが奴ら完全に疑い掛かっていやがった」
ライエル・ハーストンのプライドは高い。というより自尊心の塊のような男だった。教会連中の見下したような視線が彼を刺激していた。
「でも、こうやって自由が許されてるってことは疑いが晴れたってことでしょ?」
「どうだかな。ムカっ腹は立つが今は近づかねえ方がいい。権力を持ってる奴らは隙見せりゃどうとだって仕立て上げられるからな」
そして意外にも慎重さを兼ねていた。
「ってかアイツらは?」
他のメンバーが見えないとするとフィアが肩を竦めた。
「明日の準備の買い出し、全部パアになっちゃったから稼がないと」
「っあー糞がっ。ここの迷宮は攻略済みだろ?マジで意味がねえ」
「そんなに名誉求めてどうするのよ」
「決まってるだろ女にモテる」
「もう十分ハーレムじゃない」
ジト目で見てくるフィアに動じずライエルはエルフとしての端正な顔を歪めた。
「足りねえな。男で冒険者やってる奴なんてそれ目的だっつーの。まぁ極稀に枯れた爺みてえな奴もいる……」
「ライエル?」
そういえばそんな奴を数年前に追放した。ちょうど思い描いたからだろうか、ふと見た受付に並ぶ男の後ろ姿にその記憶の背中がピタリと重なった。
(あれはジーク?)
求めていたこのむしゃくしゃをぶつけられそうな相手。自然と口角が上がった。
立ち上がったライエルはジークと思しき男の元へ向かう。少し酔いが回っていて軽い浮遊感。周囲は彼が歩くだけでギョッとしエルフだと目を丸くする。そうだ。この視線、実に気分がいいとほくそ笑む。
対して追放した男はどうだろう。みすぼらしい衣服を身に纏い、よく分からないが犬にまで噛まれてるじゃないか。いや待て犬?まぁいいか。大方寂しさから奴が飼いでもしたのだろうとライエルは予想する。
仲間であったジークは荷持ちとして優秀かつ引き立て役として最高だった。でも、凡人らしくレベルが頭打ちとなって付いてこれなくなったためライエルが彼を捨てた。ジークの代わりとなるマジックバックを手に入れた事も大きかった。
ライエルはこれを酷いとは考えない。冒険者はとかく実力主義なのだ。足を引っ張る奴がいてはチームが勝てない。どころか生死に繋がる。
そういった奴を切るのがリーダーとしての役目なのだ。チーンとお決まりの音が鳴る。ギルド嬢の姿が見えない上での清算とは悲惨過ぎるとライエルは噴出した。
「よお、ジーク久しぶりだな」
無視。いや、恥ずかしくて顔を見せられないようだとライエルはやれやれと肩を竦めた。まるで気づいていないように装ってそのまま立ち去ろうとしたので──
「おいおい待てっ逃げ!?」
手を伸ばした瞬間、その腕が意思に反して止まりピクリともしない。どころか震えている。足元から放たれた狂気的な殺気をライエルは理解すらできなかった。
青ざめ軽い過呼吸に陥り、帰ってきた受付嬢ナタリアがエルフっとギョッとする。
「どうしました!!あっ勝手に清算をしてしまったんですね。次からはスタッフがいる時にお願い……」
ふぅ落ち着いた。一体何が起こったとじっと手を見つめるライエル前でナタリアが叫び目を白黒させる。
「めめ冥王っワイトキングダムッの腕えええ!?」
「へ?」
ざわっとギルドにどよめきが広がり、注目されてしまう。
「まっ魔王級の中でも別格と言われるワイトキングダムを貴方が倒されたのですか!」
尊敬の眼差し。可愛らしいナタリアはライエルの心を射止めた。周りのこともあってこれはもう引けない。結果、ライエルは嘘を付いた。
「まっまあな」
うおおおおっと歓声が起きる。酔いが醒めるほど高揚させる。ただ、疑問が沸く。
(俺の前の奴の仕業だとやったのはジークって事になるが……)
いやそれはあり得ないと心の中で首を振る。大方、その前の奴でおこぼれがないか手を突っ込んでいたのだろう。全くどうしうようもないほどさもしいやつだ。
しかしどうやら漸く俺にも運気ってやつが回ってきたようだ。自らの運気上昇をライエルは確信した。
◇◇◇
ライエル・ハーストンは焦っていた。フラグ回収。即落ち二コマである。強さ証明のためにレベル鑑定する羽目となった。嘘がバレる。
そして更にそれは揉めてるルゼリア教会の元へ行くことにも繋がるのだ。最悪だ。
(んでっこうなるんだよっ糞が)
「まさか私達が知らぬ間にそんな大物を仕留めていようとは、流石ライエル」
「凄いよご主人様」
彼のハーレムメンバーは全肯定でちょっとアホの子だ。だが、可愛いので全部許せえると軽く二人を抱き留める。
「強敵だったからな。怖がらせると思ってお前らには黙ってた許せ」
「ラッライエル人が見てる」
はぁ、何で女の子ってこんなに柔らかいんだ。もう全て忘れて……う”っと視線を感じて固まる。ジト目となったフィア。彼女はライエルハーレムの中でも頭が回る。流石におかしいと疑ったのだろう。
もはや逃げられない。やってから誤魔化すしかねえ。ライエルは考えることを止め女の子に甘えまくった。
順番が来た。覚悟を決めて踏み出した瞬間、出口からジークの姿が現れる。やっぱり見間違いじゃなかった。ってか何で見事にこっちがストーカーみてえなことに。
「おい」
「ライエル様、順番です」
ちぃっと思わずライエルは舌打ちしてしまう。教会連中はライエルが何か企んでるのではないかと疑って警戒していた。仕方ないと、水晶に手を触れると。
「れっレベルっ!?ひゃっ百二十九っ」
「へ?」
どよめきが満ちた。A級の者でも80が精々。129など正真正銘の怪物である。何が何やらさっぱりであるが……。
「ごめん、ライエル。私、誤解してた。貴方がそんなに凄い人だったなんて」
「解けてよかったぜ」
この状況を利用しない男ではない。動揺を押し殺しフィアの肩を抱いた。美男美女、抱き合う二人の姿は物語の一ページに見え──
エルフの英雄だ。誰かが言ったその言葉を皮切りに大騒ぎとなったのだった。




