動画14 サッカー動画 クラシコ
「あーしんど」
隣町で用を足した後、パトが心配で全力でキャンプ地まで帰ってきた。足が棒になってる。何か金稼ぐつもりなのにグダグダである。
ただ宿代は浮いているので貯まってはいる。
「あの魔法を纏わせるの駄目だな。武器ぶっ壊れちまった。なぁパト」
「バフッ」
パトも寂しかったのか噛まずに頭を撫でさせてくれる。ニンゲンが傍にいなければテイマーの魔物が襲われることは早々ないけど、やっぱ心配だった。
何か近くでそこそこの魔物の遺体が転がっていたけど、きっと魔物同士がぶつかった結果だろう。迷宮でも魔物沸きまくってたし、最近物騒で怖い怖い。
帰ってくるまでに一つ気づいたことがある。それはジャガイモのチップスの中身が無くなっても何故か補充されるってこと。どういうシステムか不明だが多分、無くなった金から見て数か月分買った事になっているんだと思う。
細かな事は考えるのをやめた。美味いし軽食に丁度いいし、パトにもあげたら喜んでバリバリと食べていた。魔物だし大丈夫だろ。餌代も浮く。
もし無くなったらまたあの動画を見れば追い購入できるんだろうか。ただ、このフィットネスカリバーとかいう鍛える棒はマジで一本でいいけど。
名前はパーネ婆さんの鑑定書に書いてあった。あの婆、何気に凄腕なのである。
さて、そんな俺は野晒しの中ベットに寝そべってチップスに舌鼓をうちながらパトの頭を撫でつつ勿体ないのでフィットネスカリバーを振り、立てかけた動画を見て楽しんでいる。
今、俺が嵌っているのは玉蹴りだ。玉蹴りといってもこっちの世界とは規模が違う。精霊の大群衆が見守る中で広大で煌めくようなフィールドの中、逞しい選手たちが球をけり合ってる。
何度か見ればルールくらいは分かる。数字が表記されてるのも有難い。
「あーそこで切り返せよ!ほら見ろ取られたーもう!」
これくらい興奮するくらいに楽しめていた。精霊界にはとかく、娯楽が多いらしい。見てるだけでもワクワクさせてくれるものが次々と出てくる。
まさに一般的な英雄道からドロップアウトし、安牌を行く俺の生き方と合致する。こうやって一人の時間を謳歌する──
「何してるの頭ボブゴブリン」
出たな。暇人、ミリーさん。また来たのかよ。
「見ての通り、体鍛えながらダラけてるんだよ」
「生きる矛盾生命体か何かなの貴方は」
当たり前のように俺の前に座るミリーさん。
「それで何用で?」
「薬届けにきてあげたのよ」
え?また?昨日の今日なんですが。
「昨日貰ったばっかだが?」
「騎士団、うちに来たわよ。ばかすか打ったんですって?大量に摂取したらどんな薬でも毒になるのよ。こんな事を教えないといけないなんてホント貴方って駄目駄目なんだから。もう拾い食いもしたら駄目だからね、はい薬」
「悪いが十分残ってるし、まだ必要っぐぅ!?」
また来た。慌てて薬を貰って胸にぶっ刺してふぅ……。スッと出してきた手に俺は金を乗せた。一生、外暮らしかも知れない。
◇◇◇
「なぁ結局これ何の病気なんだ俺?」
流石にヤバい病気に思えてきた。
「さあ、でも命には関わらないってカーネル先生がおっしゃっていたわ。気になるなら診察を受けなさい。といっても、暫くは無理だけど」
「何で?」
「患者が増え続けて、てんてこ舞いなの。私も知らないけど魔物が増えたらしくて怪我をする冒険者が長蛇の列よ」
成程、プチスタンピードに巻き込まれたのはどうやら俺だけじゃなかったようだ。
「そんな状態なのにミリーさんはここで道草くってて大丈夫なのか?」
「足りないのは医師。看護婦は数がいて却って邪魔になるのよ。オフでここに来て上げてるんだから感謝して欲しいわ。にしてもこれ美味しいわね。何よこれ」
当たり前のように手を伸ばしてくる。まぁいいけど。
「精霊の食い物。お菓子みたいなもんかな、多分だが」
「貴方っ精霊のものを召喚できるようになったの!?」
「召還つうか買ったっていうか。ボタン押したらエクスチェンジャーから出てきたんだ。この鍛える奴と一緒に。おい、本当だぞ」
「信じてあげる。じゃあ、このベットも?何でキャンプなのにベットがあるのって不思議に思ってたけど」
「ん?こいつは自前だぞ。俺、神経質だしボックス持ちだから家財持ち運んでんだ。宿によっては眩暈するレベルで汚いところあるし」
「ふーん、貴方アイテムボックスまで持ってるんだ」
何だ?今、一瞬ゾワッとした。まるで獲物になった気分に。ミリーさんが真横にストっと座る。
「何で隣に座るんだよ」
「また精霊界を見せて貰おうと思って、いいでしょ?」
上目遣いに男ジークは敗北した。
◇◇◇
肩がピトっとくっつく。やましい思いは一切ない。仕方がない行為なのだがドキドキして集中できない。
「ほら!そこよ!いけ!あー何で相手を蹴り倒さないのよ」
何かミリーさんの方が盛り上がってる。
「ルールー違反なんだろ。ほら、黄色が警告、赤が退場だな」
「分かるの?」
「観察してりゃそれくらいは」
実はアホほど見てることは内緒。
「私達の世界よりずっと平和そうで楽しそうね皆」
「魔物とかいないだろうしな。っつってもそんな世の中だと俺ら冒険者の出番が無くなっちまうけど」
クスっと笑われた。
「貴方が精霊ならきっとニートの精霊ね」
「一応、働いてはいるからな俺。家ないってだけで。それこそ冒険者なら宿暮らしが当たり前だろ。そりゃ上級冒険者なら持ち家くらい当たり前なんだろうけど」
ボールをネットにぶち込んで大騒ぎしている。流石にそこまで盛り上がれしないけど応援してる方が優勢になるだけでも嬉しい。
「ジークは一人でいるのが好きなの?」
「何で?」
「だって貴方ってソロ冒険者だし、パトのためって言っても外暮らしも慣れてるっていうか随分と楽しそうじゃない」
否定はできないが、そういう訳じゃない。
「PTが苦手なだけだな。後、頭打ちしたってからもある。同業者からは枯れたって罵られるかもだが、俺は安全に怪我無く暮らせる方がいい」
「でもそれだと一生独り身じゃない?彼女とかは?」
チラっと見ればサラっとした金髪を流す碧眼の瞳が伺ってる。吸い込まれそうだ。自然と無意識にその言葉を口から出していた。
「いや、相手がな。ミリーさんが付き合ってくれるとかなら大歓迎なんだが。なんつってハハ」
「いいわよ」
時が止まった。じっと見つめ合ってしまう。
”ゴォール ゴォール!ゴォール スッシがドリブルから強引にシュート 信じられない角度から決めたぁ!この秒数で決めますか!今のどうですか解説の松岡さん”
”いやあ、やはり打たなきゃ入りませんよ。私もかみさんを射止めるためにもう狂うほどにメールを出したんです。まぁ、ストーカーで通報され”
”では皆さま、松岡さんの解説を忘れリプレイをご覧ください”
「へ?」
聞き間違いと思ったが真っ赤になって立ち上がった彼女の姿に俺も恥ずかしくなった。恋人になるって、もっとこう告白とか考えて備えてやらないとできないものだと思ってた。
「おっお試しよお試し。貴方から言ったんだから撤回とかなしよ」
コクコクと頷く。
「じゃ私帰るから」
「待った送ってく」
動こうとしたが手で止められてしまった。
「いいわよ。貴方の足、筋肉疲労起こしてる。これでも治療院の所属なんだから言う事聞いて安静にしておきなさい。じゃ、またね頭ボブゴブリン」
「えっと、また」
やや呆けたままの俺を残し彼女は去っていった。パトを撫でながらボフっと枕に頭を乗せる。ミリーさんは美人だと思うけど彼女の事好きかって言われると分からない。当たり前だ。患者と看護婦の関係で詳しく知らないんだから。
このまま流されるように付き合っちゃっていいんだろうか。いやっいいとか悪いとかの話じゃない。ここを逃せば一生彼女ができない気がする。
モテない男が四の五の言ってる場合じゃないのだ。いい男になるため全力を尽くそう。無論、明日からだ。




