SIDE 聖騎士エルザと聖女 視点 後編
「まだそのルートは見つかってない。というか隠されているけど、一部の遺品がこっちにまで流れている。迷宮の法則上、遺品となった魔道具の転移は同迷宮でしか起こらないから確定ね」
「ちょっちょっと待ってください!その話が本当なら広まっていなければ……隠されてる?」
何に?っと首を捻る私にマリアベール様は肩を竦めた。
「オクトパという名の由来はこの迷宮が8つの入り口があり、中央が最奥という特殊な迷宮構造からきてる。入口は各街に点在し、他国にも及んでいる。もしそのルートが王都に繋がっているとしたら?」
「っ侵攻ルートとなりえる」
「でも、封鎖はできない。何故なら迷宮は莫大な利益を齎すから。まあ兎に角、通じているってことで逃がすとすれば一番遠いここかなって。勘だよ」
「マリアベール様は勇者を探し出してどうなさるおつもりですか」
「命乞いかな。ごめんなさいして私の大事な人たちを助けてくれるならこの身を捧げてもいいって旨を伝える」
「なっ!そんなの駄目です!いけません絶対」
「言ってられなくなるかもよ?そこまでして神が送りこむってことはそれだけ訪れる闇は濃いってことだから」
ハッとする。悪の気配が膨れ上がった。油断した?いや、違う。いきなりポップしたのだ。
「マリアベール様……後ろに」
庇い立った私はその正体を見て目を見開く。ハイグレーのゴブリン。あれはA級ゴブリンオーガ。っ!?それが集団だとっ!あり得ない。
「ほら、見て!ゴブリンオーガがこんな場所にきっと厄災が近づいている影響よ」
「言ってる場合ですかっ!逃げますよマリアベール様っ!早く」
あれは無理。本来はA級PTで戦う相手。加えてあの数、A級でもソロでは嬲り殺しにあうだけだ。幸い、足は化け物じみてないのは幸いか。A級の集団など軍に報告しなければならない相手。
しかし、何故このタイミング?聖女様が狙われた?
◇◇◇
私はマリアベール様の手を引いて駆ける。追ってくるゴブリンオーガの気配に思わず歯ぎしりを起こす。やはり危険だった。無理やりにでもお止めするべきだった。だが、後悔してももう遅い。
それにこれは暗殺計画なのではないか。そんな疑問が私の脳裏に過り、前方の反応に的中したと進む速度を緩める。
「どうしたの」
「マリアベール様、前方にも敵の集団が。タイミングからして恐らくは賊かと」
「そう、狙われる理由はないと思ってたけど聖女じゃなくても価値があるってことか。エルザ、最悪私を囮にして」
「できぬ相談です。お嬢様」
強く意思表示すると折れたように首を縦に振った。フードを被らせて正体を見せないようにする。もう少しで広場に出る。どうにかそこで魔物どもを引き付けて逃がすことはできれば……。
(何だあれはっ)
そんな思考は現れた者によって吹っ飛んだ。ゴブリンナイトを率いてやってきたのはダンボールを被った人間。いや、足が付いてるから人間なはず。魔物だと思いたいくらい狂ってるけど、連れているのがゴブリンナイトなのが救いだ。
しかし、向こうも追われている?暗殺者ではなく普通の冒険者であれば彼には悪いがチャンスだ。私は剣を抜き放ちその足を止めさせた。
「怪しい奴、何者だ」
「そいつはお互い様だろ」
男の声。こいつ自分の姿を理解して言っているのか。ただ、暗殺者の雰囲気はなくホッとする。
「馬鹿を言え、迷宮でダンボールを被る者より如何わしい存在がこの世にいるものか。何だお前は」
図星とばかりに俯くダンボール星人。いや、姿隠したいにせよもっと他にあっただろう。頭ゴブリンかこいつは。
「話は後!来るわ」
確かにお嬢様の言う通り、ゴブリンオーガが背後に迫る。
(すまん)
「っち一匹でも抜かれてみろ。貴様がお嬢様殺害を企てトレインを引き寄せた暗殺者だと見做す」
そう言ってマリアベール様の手をもって自然と入れ替わる。ゴブリンオーガは一部の者しか知らない。これで揉めることなく死兵役に回ってくれる。マリアベール様が私の裾を持った。
「待って!エルザ、まさか彼を囮にするつもり」
「これが最善なのです。彼はゴブリンナイトと対峙し逃げることを選択した。よくてC級レベルであればどちらにせよ死ぬ。なれば彼に時間を稼いで貰い。一瞬でこちらを屠って退路を作る他ありません」
コクっと頷くマリアベール様にズキっとする。私は嘘を付いた。ゴブリンオーガを相手取り彼が生きていられると思えない。だが、トレインを引き起こした時点で殺されても文句は言えない。恨むなら私だけを恨めダンボール星人。
マリアベール様は気になるらしく、チラチラと振り返ってしまう。
「アイテムボックスっ」
別に珍しいものじゃない。少ないが持ってる人は持ってるし、マジックバッグで代用できるスキルに過ぎない。物見高いのはマリアベール様の悪い癖。
「お嬢様今は集中を。幾ら私でも数でこられれば貴方を守り切る自信はない(彼を助けたくば集中し全力で)」
「わっ分かっています」
聖騎士である私は聖属性の魔法を武器に纏わせて切りかかり、聖女であるマリアベール様も聖属性魔法で蹴散らしてゆく。ゴブリンナイトはB級だが、手強く本来はPTで相手どる敵だ。
負けはしないがタフ。それでも1分1秒でも早く倒すために決死の覚悟で挑む。だからこそ──
「なぁ、そっちへの加勢は必要か?」
「必要ないっ!貴様は貴様の闘いに集中しろっ!一切漏らすな」
緊張感の欠片もない男の声にイラっとした。それどころではないというのに。
「エルザっ」
後4体、これなら無理にでも突っ切れるか?
「エルザっ!」
声に反応し首を向けるとマリアベール様がまた振り返ってしまっていた。
「マリアベール様っ!余所見してる場合では」
あっ、つい名前言ってしまった。だが少し様子がおかしい。
「後ろ……後ろを見て」
攻撃を弾き返し、私もその言葉に従い絶句した。
(なっ)
ゴブリンオーガが全滅していたのだ。立っているのはダンボールを被ったあの男。その周囲には削り取ったように一部を消失させた魔物の遺体が散らかっている。
(馬鹿な)
A級PTで掛かるという相手をそれも複数体をたった一人で倒した?そんなことはあり得ない。だったらあれは何だ。理解不能。男は使い物にならなくなったと壊れた剣をポイ捨てした。
本当に彼が?ぐっ!?
「エルザっ!?」
しまった。余所見をしたせいでゴブリンナイトの攻撃を喰らった。蹴り飛ばして距離を取るが足に傷を負った。不覚。
「待ってください!冒険者の方助けて下さい!」
マリアベール様の声をもう聞こえてないとばかりにダンボール男は進む。まるで潜入でもしてると言わんばかりに壁に張り付いたかと思えば、中腰となってダンボールの中に潜んだままカサカサカサと恐ろしい速度で駆けて行った。
(何だあれは……魔物なんじゃないか?)
私の脳があれが人であることを否定する。化け物より化け物である。ゴブリンオーガよりなお恐ろしい。
「追いましょう。勇者である可能性があるわ」
正気ですか!マリアベール様。ですが、兎に角目の前の敵を倒さなくては。ゴブリンナイトを倒した私達は直ぐに後を追ったが会えず仕舞いに終わった。
でも、この町のどこかにいるのではないか。マリアベール様は拠点をここへ移し、私達はあのダンボール男を探すことになったのだった。