動画13 無言実況ゲーム動画 メタル 〇ア スニーキー
キス魔から銀板を守ることに必死になって、鑑定屋を訪れて結局こいつがどういうものなのか聞くの忘れるという大失態。
まぁ精霊界覗くだけのものだろう。ギルドの魔道具、エクスチェンジャーとリンクしたのは気になる部分だけど。
動画を見続けたことで精霊たちは自分の生活を映してそれを垂れ流してるってことが段々わかってきた。そんなことを行う理由は不明だが、精霊は楽しいことが好きで、これが彼らなりの遊びなんだということで納得してる。
後、そもそも精霊って何だよって質問は割と困る。俺達の魔法を使う際に手を貸してくれる存在と言われ詳しいことを一般人は知らない。
教科書のような専門書が出てるけど原理とかよく分からないまま庶民は使用している。まぁ、世の中そんなもんだろ。
もう俺はこの銀の板の向こう側が精霊界であると確信している。だって魔法としか思えない道具やら世界が広がっているのだ。
特にその凄さを実感するのは音楽。俺には音を聞きながら歩くという概念が無かった。こんな道具なんて存在しないのだから当然だ。
まさか、BGMがあるだけでこれだけ世界が変わるとは……。
「っと」
ゴブリンナイトの軍団を迷宮壁に隠れてやり過ごす。鑑定所の後、すぐに入ったのは街に隣接する俺お馴染みのダンジョン、オクトパの迷宮。親しんだ場所だが今俺がいるのはルーティーン化した10階層ボス部屋よりもずっと奥、中層15階であり、音楽でテンション舞い上がった結果がこれである。
そして現在俺の足は股をきゅっと締めたポージング。そう、こんな時に催してしまった。今世紀最大の大ピンチ。だが、壮大なBGMが俺を主人公にしてくれる。
デッデデン♪ デデデン♪タララー タラララーラ♪
何か輪郭がカクカクしている画面の精霊とリンクするように壁に張り付く。銀の板で学んだ通り、一匹になった瞬間を狙い。首を絞め一気にへし折る。
(よしっ)
普通にやっても勝てる相手だが、精霊界の戦闘術を学ぶ。今、自分の体とは思えない速度と力が出たような……音楽の力ってすげえ。
「ぐっ」
ただ振動が腹に来る。できるだけ隠密でいこう。拾ってササッと身を隠すと仲間がやられたことに気づいたゴブリンナイトたちが帰ってきた。俺はアイテムボックスからダンボールを取り出しその中に入って移動する。
絶対バレる気がするけど、銀の板を精霊界を信じろ。不思議そうにしていたがやがてゴブリンナイトたちが反対側を向いた。ザルだ。まさかここまでおバカだったとは。頭ゴブリンの敬称っぷりが見て取れるというもの。このあだ名を付けられる奴はよっぽどおバカさんなんだろう。よし、このまま通り抜ける。
”TEL 大佐 ここはダンボールを使う”
”正気か スニーキー 見つかったらただじゃ済まんぞ”
”大佐 煙草とダンボールは最高のスニーキングアイテっ”
”!? いたぞ!”
”スニーキー大丈夫か? スニーキー スニーキーぃいい”
「あっ」
知らぬ間に近づかれた一体にカポッと持ち上げれ、目と目が合って・・・と間をおいてカポっとまた嵌め直してくれた。良かった。流石、頭ゴブリン──
「ギィイイイ」
「だよな。ヤべッ」
ちょっと調子に乗り過ぎたかも。仲間を呼ばれ、その余りの数にこれは拙いと逃げ出したのだ。え?銀の板迷宮に持ってきたら駄目なんじゃなかったっけだって?まあ、腹に隠してるから大丈夫さ。
◇◇◇
迷宮マナーその一、トレインは絶対禁止。トレインというのは魔物を引き連れて逃げる行いのこと。一匹なら許されるが多数運ぶと敵対行為と見なされる。
そもそも別PTに近づくこと自体がバットマナー。魔力探知を使用して緊急事態以外近づかないようにするのが暗黙のルール。
迷宮が複雑で無数に枝分かれしていて、取ろうとすれば幾らでも迂回ルートがとれるというのもそのお約束事の背中を押してる。後、冒険者であれば誰もがそこそこ魔力感知を使えるのが大きい。
だから悪意がないと基本的には搗ち合わない。でも、例外がある。向こうもトレイン状態という極めて稀なパターン。列車事故──通称、トレインストライクだ。
「マジかよ」
まずお目に掛かれないはずなのに向こう側からもトレイン反応を感知し、追われる俺はダンボールを脱ぐことなく決死に走り続ける。
数がヤバいっ。一体どうなってると右に逸れるが反対側の奴らも右に来た。終わったこれはぶつかる。せめて顔は隠そうとダンボールに手を添える。
”スニーキー 応答しろっ スニーキーぃいいいい”
さっきからずっと叫んでる銀の板の精霊は何やってんだが、いやこんな時に聞いてる俺もあれだが。
しかし、向こう側の溢れを合わせるとスタンピード級だ。こんな事今の一度も無かったが一体何が起きているというのか。
広場に出た。同タイミング、逆サイド側からも人が。ローブを纏った二人組。線の細さから二人とも女性だと分かるが怪しい奴らだ。その一人が剣を抜いて俺に向ける。凛とした声が鳴る。会話のために既に耳のアレは外してある。
「怪しい奴、何者だ」
「そいつはお互い様だろ」
「馬鹿を言え、迷宮でダンボールを被る者より如何わしい存在がこの世にいるものか。一体何なのだお前は」
それはそう。マジでそう。
「話は後!来るわ」
もう一人の少し背の低い女の子が叫ぶ。確かに夥しい数のゴブリンがやってくる。奇しくも共闘。相手が連れてきた方を向いて、背中を預けた形となる。
「っち一匹でも抜かれてみろ。貴様がお嬢様殺害を企てトレインを引き寄せた暗殺者だと見做す」
お嬢様?暗殺者?不味いこいつら貴族か何かか……。そしてやばマジで漏らしそう。もし致してしまった時の事を考え、このダンボールは外せない。
この広さがあるならゴブリン相手なら片手でも何とかなるだろう。狭さが問題だったのだ。ってかあちら側の方がゴブリンナイトで強いんだが良かったんだろうか。
何も言ってこないのでこのまま向こうが吊ったゴブリンと戦っちゃうけど。
そうだっ!丁度、試したいことがあったと俺は使い捨てのロングソードを取り出した。それに小さい方の人が反応した。
「アイテムボックスっ」
あっやべ見られたか。まぁ別にこれはそこまで隠しているもんじゃないからいいけど。
「お嬢様今は集中を。幾ら私でも数でこられれば貴方を守り切る自信はない」
「わっ分かっています」
注目されてる気配が消えたので、改めて剣に魔力を込める。こいつは”纏い”という武器に魔力を纏わせる技。炎なら火炎剣、氷なら氷結の効果を斬撃に与えるっていう魔法が使える前衛の十八番である。
当然、帯びさせたのはメルト玉。魔力切れで気絶したであろう失敗を活かし、極薄で量を調整する。
「おおっ」
相手がゴブリンとはいえ、片手で振るっただけで消滅した。バッタバッタと切り飛ばし、全滅。俺だってC級、ゴブリンには苦戦なんてしない。ゴブリンナイトはこれより一回り強いのでちょいと申し訳ないと振り返る。
(やるな)
一目で俺より強いと分かる。男勝りっぽい背の高い人は難なくぶっ倒していき、小さい人も聖魔法の力でなぎ倒している。俺が助太刀すればかえってこれは邪魔となるだろう。
迷宮マナーその2、他人の獲物は横取らない。それでもピンチを招いた原因でもあるので一応、声掛けは行う。
「なぁ、そっちへの加勢は必要か?」
「必要ない!貴様は貴様の闘いに集中しろ!一切漏らすな」
背を向けて言う彼女に少し恥ずかしさを覚える。まさか催していることに気づかれていたとは。俺は感謝を送り、再びイヤホンを付けてBGMの世界に浸ってその場を後にする。主人公になった心地となってトイレを目指す。
”大佐、少し煙草休憩をしたい”
”待てスニーキー!そこは火災報知器がある。スニーキー スニーキー スニーキーぃいい”
板の精霊、マジでずっと騒いでるけど何してんだろ。早く帰って動画を見たい。やっぱり俺は冒険活劇よりも家でゴロゴロやりたい派の冒険者なのである。