動画12 ちょっ待てよ
「ゴミじゃな」
「そこを何とか婆さんもう一声」
「ただのゴミからちょっと質のいいゴミじゃな。買取、引き取り料マイナス100モルからおまけで0モルじゃ」
ぐはっと俺は崩れ落ちる。ここはギルドの横に併設された鑑定所。基本的にはエクスチェンジャーが鑑定してくれるがそこでできないものを持ってくる場所。そんなものはそうそう出ることがないので店は閑散としている。
それではやっていけないのでちょっと珍しい品揃えの雑貨店もやってるが割高なのでやっぱり閑古鳥。
主人は黒いローブを羽織った白髪のパーネ婆さん。カウンターで頬杖をついて不動。石像みたいな婆さんだ。
俺が追放されてこの町に流れついた時、ちょいとお世話になった。
「はぁ、マジかよー」
俺のルーティン何日分がパーになったのやら。計算したくもない。
「こっちの菓子はまだ売れたかも知れんのに何故開けてしもうたレアドロップの小僧」
開いた袋からチップスをとって放り込むパーネ婆さん。
「元から空いてたんだよ。ってか食うなよ」
絶対あの精霊食ってた奴。リコールしたいんだが。しかし、自然と手が伸びて食べてしまう。何だこの食べ物。
「後、レアドロップ持ちなの一応内緒にしてるんだから声に出さないでくれよ」
「何を言っておる。わしがお主を鑑定するまで存在すら知らなかった癖して」
そうそんなスキルを自分が持ってるなど無自覚に生きてきた。ここに来て初めて知ったのだ。何か人よりいいものが落ちる事が多いとは思ってたのだ。
「そのスキルを存分に振えば金に困ることないだろうに」
「嫌に決まってるだろ。実力ありゃまだしもC級頭打ちでこんなスキルの存在を周囲に広めて見ろ。危ないところに連れていかれて死んじまうのがオチさ。それにスキルとしては一番下の低なんだろ?所詮、確定ドロップのちょっといい方を引くってだけの力。こそこそ周回してる方が俺の身の丈にあってる」
「冒険者の癖に夢のない奴じゃ」
「夢だけで食える稼業じゃないだろ。御伽みたいなノリはそういう力を持ってねえと紡げねえの。後、俺籠り体質だし」
こんなのが冒険者とか世も末じゃと厳しい意見をスルーして俺はそういえばこれ鑑定してなかったとあの銀の板を取り出す。
「ところで婆さん、じゃあこいつは売れたりするか?」
「これはっ!?」
目を見開く婆さん。鼻に掛かった眼鏡を上げてその食いつきぶりに期待感を煽る。ゴクッと唾を呑み込んだ俺は──
「0モルじゃ」
ズコっとこけた。
「慌てるでない。レジェンダリー級、価値があり過ぎて買取ができぬという意味じゃ」
「マジかよ」
いや、正直それくらい凄いものじゃないかとは薄々察しがついていた。流石に最高位であるレジェンダリー級とは思ってなかったが。やれやれ遂に俺も億万長者か。
「じゃが売らぬ方がええじゃろう」
「何でだよっ」
「お主は魔物を飼う迷宮が人にとって明らかに有益としか思えない魔道具や武器が出土するその理由、理解しておるか?」
「人の遺品なんだっけか?」
「それだと正解は半分じゃ。実際、ほとんどが迷宮によって作られておる。何故なら迷宮は生きていて、贄を必要としておるからじゃ。冒険者という名の贄をな」
ニチャアっと歯抜けの口を披露してパーネ婆さんは言葉を続ける。歯医者行けよ。
「魔道具とは言わば誘き寄せる捲き餌。死肉となった冒険者の肉体と衣服は迷宮に溶かされ、残った魔道具は再利用されて再び冒険者の手に渡る。無駄の無い生存のメカニズム。付着した迷宮土から死亡推定日数を言い当てることができるのじゃ」
「ふむ」
成程──
「分かっておらん顔じゃの。まぁザクっと言うとじゃ。こいつの前の所持者は迷宮にレジェンダリー級を持ち込むような者であり、1週間以内に死亡したと思われる。つまりは超高確率で揉め事に巻き込まれるであろういわくつきの一品というわけじゃな」
「婆さんお世話になったからタダでこいつを預けようって思ってたんだ」
「老い先短いわしを巻き込もうとするのではないわ。ってなんじゃこの上級国民犬は。犬ならば残飯を貪らんか」
そうそう偶に前回見たやつが現れるんだよなって……
「ってか婆さんもそれが見えるんだな」
あれ?ミリーさん、そして婆さんと来たらもしかして単に女性しか見れないとか?でも、俺は見えてるし、ナタリアちゃんは音だけだったか。いや、待てジーク落ち着け。この婆さんを女子としてカウントしてよいのか?
「お主、全世界のおなごを敵に回すようなことを考えておるじゃろ。言っておくがどんな美女だろうが全てはわしになる。それも自然界のメカニズム」
萎えそう。
「何を考えておるのか手に取るように分かる。全く失礼な奴じゃ。それだから世の女子からそっぽを向かれ童貞なんじゃ」
「どっどど童貞ちゃうわ」
やれやれと肩を竦められた。何も言い返せない。ぐぬぬ。
「お前さんがアホのせいで話が逸れてしもうたが、極力それを外で出さんことじゃレアドロップの小僧。最近、魔道具を検めようとする輩がいる」
「魔道具の検め?」
「何かを探しておる。大方レジェンダリー級の魔道具。そやつらが元の持ち主を殺した可能性も高い。とはいえ元、その銀板の持ち主であった者もレジェンダリー級を迷宮へと持ち込んだ超弩級の虚け者」
それ俺にも当てはまらね?知らなかったからノーカンってことで。
「逆に言えば異常。尋常ならざる荒事とわしは見る。その銀板が件のブツである可能性は高い。努々、気を付けることじゃ」
これこっそり捨てたら大丈夫じゃね?とはいえだ。値段は聞いたが幾ら積まれても俺はもうこいつを手放す気はない。喋り相手のいないソロ冒険者にとって最強のお供なのだ。俺が取ろうとしたらパーネ婆がバンっと叩いて防いできた。
「ん?」
見ると上級国民犬からイケメン男性に変わってる。
「気が変わった。言い値で買い取ることにする」
「一応聞くけど何で心変わりした婆」
「運命じゃ。その者とわしの目が合った。ちょっ待てよとわしに言った」
「こっち向いてたら誰だって目が合うんだよこいつは。それに言葉分からねえだろ。糞、何で年寄なのに力強いんだよ」
「わしには分かる。鑑定士のわしには感覚で、その者はわしにちょっ待てよっと言ったんじゃ」
「幻聴だ。放してくれ、俺はアンタを荒事に巻き込むわけにはいかない」
「さっきと言ってることがあべこべではないか。せめてキスをさせておくれ」
「おい!止めろ汚い!そこ触って動かすところなんだよ!ふざけんな糞婆」
カウンター越しにやいのやいの。兎に角、これが鑑定屋パーネ婆さんである。